第318話 第四回世界旅行
――魔剣カラドボルグ。
それが、僕が新たに作った剣の名前である。
……うん。まぁ実際にはただの木剣なんだけど、そんな名前の剣を作った。
第二回世界旅行でジスレアさんと剣術稽古をするようになって、僕は毎朝コテンパンにされていた。
そこら辺で拾った棒切れにコテンパンだ。僕のちっぽけなプライドも、毎日コテンパンである。
その状況をなんとか変えたいと思った僕は、新たに木剣を作って、ジスレアさんへプレゼントすることを決めた。
コテンパンなのは変わらないだろうが、ちゃんとした木剣にコテンパンなら、僕のプライドもそこまでコテンパンにはならないはずだ。
そんなわけで第二回世界旅行から戻った後、久しぶりの木剣作りに勤しみ、完成した木剣に『魔剣カラドボルグ』という名を付けた。
……なんとなく『へし切長谷部』という名前も候補に上がったが、そんな名前の剣に毎回打たれると思うと、少しぞっとしない。却下である。
さておき、そういった経緯で木剣を作製し、格好良い名前も付けた。
そして第三回世界旅行二日目の朝、早速カラドボルグをジスレアさんに渡し、早朝訓練に挑もうとしたところで――
「まさか家に忘れるとは……」
「こればかりは仕方がない。忘れ物は誰にでもある」
「はぁ……」
マジックバッグの中をあさってもあさっても見つからず……うっかりカラドボルグを家に忘れてきてしまったことに気が付いた。
普段はマジックバッグに入れないようにしていたから、それが原因だろう。
時々バルムンクと間違えそうになるんだよね……。どっちもただの木剣なわけで、マジックバッグから引っ張り出したらカラドボルグでした――ってなことが、よくあった。
一応はプレゼント用だし、渡す前に使うのはよくない――そう思ってバッグではなく自宅で保管していたのだが、それがよくなかったらしい。
「すみません。僕のせいで戻ることになってしまい」
「仕方ない。忘れ物は誰にでもある」
「はぁ……」
僕としては、仕方ないので旅の最中にもう一本木剣を作ろうかと考えていたのだけど……ジスレアさんの勧めもあり、メイユ村に戻ることになった。
こうして、第三回世界旅行は終わった。第一回世界旅行と同様に、たった二日で終わってしまった……。
僕はこそこそと村に戻ってきて、家族から生暖かい視線を向けられながら自宅で一泊。
そしてその翌日、うっかり村の人に見つかって送別会が開かれないように、こそりこそりと世界旅行に再出発した。
――というわけで、第四回世界旅行の始まりである。
実はすでに再出発している最中なのである。
「これで四回目の世界旅行出発ですね。ご迷惑お掛けしました」
「忘れ物は誰にでもある」
「はぁ……」
ジスレアさんが、ニコニコしながら『忘れ物は誰にでもある』と繰り返してくる。
……たぶんあれだな。自分が弓を忘れた第一回世界旅行のことを思い出しているのだろう。
わりとそのことを気にしていた様子のジスレアさんだったが、僕も同じ失敗をしたことで、少し気が楽になったらしい。
まぁ、それならいいかな……。情けなさや申し訳なさはあるが、これでジスレアさんが健やかに旅をできるのなら、そう悪いことでもなかったのだろう……。
「ではジスレアさん、これから最初に向かうのが――」
「カーク村」
カーク村。ここから北東にあるという人族の村だ。
……このセリフももう四回目か。
こうも繰り返していると、何やらループにハマってしまったようで、そら恐ろしくある。
◇
第四回世界旅行は、おおよそ順調に進んでいる。
あまり進行速度が上がっていないという点を除けば、おおよそ順調。
進行速度は、残念ながら上がっていない。
大ネズミのヘズラト君がレベルアップして、『素早さ』が上がったにもかかわらず、ペースは上がっていないわけだが……まぁこれは仕方ないだろう。
季節が冬に近付き、日の出はより遅く、日の入りがより早くなったためだ。
日照時間が短くなったため、自ずと移動の時間も減ってしまった。
それ以外は順調に……あぁ、あとあれだ、もうひとつ問題があった。
毎朝ジスレアさんに魔剣カラドボルグで叩かれるのが、なかなか大変だという問題もあった。
そこら辺に落ちていた棒切れでペシペシ叩かれるよりも、ちゃんと作った木剣でぶっ叩かれる方がすごく痛いってことに気付かされた。
……というか、何故僕は叩かれるまで気付かなかったのか。普通に考えたら、そりゃあ痛いに決まっている。
まぁジスレアさんも手加減してくれるし、すぐに治してもらえるし、ちゃんとした木剣だと、稽古に身が入るような気がしないでもないし、そういう意味では悪くない現状だとは思うけど……。
なんだか新しい世界に目覚めてしまわないか、少し心配。
……振り返って考えると、あんまり順調な旅ともいえないような気がしてきたね。
なんかもう、二日で帰宅とかしていないってだけで、順調な旅だと錯覚してしまう僕がいる……。
「どうかした?」
「え?」
「なんだかぼーっとしていたから」
「あぁ、そうでしたか」
テントの中で本を読んでいたジスレアさんから話しかけられた。
日が落ちてきたのでテントを建てて中に入ったのだが、やはりまだ寝るには早い時間なため、ジスレアさんは読書、僕は木工作業をしていたのだ。
ぼんやり考え事をしていたら、いつの間にか手が止まっていたらしい。
「ちょっと考え事をしていました」
「考え事?」
「なんというか今回の旅は……そうですね、やっぱり順調なのかな? トータルで考えると、順調な旅なのかなって」
「そう?」
「そんな気がします」
いろいろと細かい問題は発生したけれど、総合的に考えると順調だろう。
なんといっても、もう出発してから一週間が経過した。もう一週間も旅をしているのだ。歴代二位の記録である。
「それはそうと、刃物を持ったまま他のことを考えるのは危ない」
「あ、そうですね。ありがとうございます。気をつけます」
「まぁアレクはスキルを持っているし、怪我することなんてないのかもしれないけど」
「……ふむ」
そういえば木工作業中、怪我をしたことなんかないな。
ほぼ毎日木材をカリカリ削っているというのに、手を削ったことは皆無だ。十年以上木工をしていて皆無。……もはや異常と言ってもいいレベルだ。
「でも、気を付けた方がいいのは確かですよね。今削っているのは、ただでさえ扱いが難しい木ですから」
「それは、世界樹様の?」
「そうです。世界樹様の枝です」
今僕がカリカリしているのは、ユグドラシルさんから貰った世界樹の枝。非常に硬く、加工が難しい素材である。ある意味、暇つぶしにはもってこいの素材だ。
「……そういえば以前、この枝についてジスレアさんにも相談しましたね。『世界樹の
「……あぁ、杖で魔法がどうのっていう?」
「はい。杖が魔法スキルの補助をしてくれるはずだっていう……」
前世からのイメージで、杖にはそんな効果があると思い込んでいた。
母やジスレアさんが止めてくれなければ、この枝は世界樹の杖になっていたはずだ。なんの効果もない、ただの杖に……。
「あのときは驚いた。アレクが何を言っているのか、全然わからなかった」
「はぁ……」
なんだろう。今回の件以外でも、『アレクが何を言っているか全然わからない』ってセリフは、案外よく言われるセリフな気もする……。
さておき、そういえばディアナちゃんからも、『意味わかんない』って言われたっけ。
やはり『魔法の杖』という発想は、それほどまでに
……ふむ。意味がわからなくて、理解できなくて、荒唐無稽か。
「改めてお伺いしたいのですが……試したことってあります?」
「試す?」
「魔法を使うときに、杖を使ったことってないですか?」
「ないけど……」
ふむ。試したことすらない……。
まぁそれはそうだろう。みんな魔法と杖に関連性があるとは考えない。荒唐無稽すぎて、試したこともない。
「ちょっと……作ってみようかな」
「え……?」
魔法の杖、作ってみようか……。
さすがに世界樹の枝を使うことはしないけど、良い木を使って、なんとなく魔法の威力が上がりそうな、それっぽい雰囲気の杖を作ってみようか。
イメージとかが大事な気がする。製作段階から、魔法の威力が上がるようにイメージしながら作ってみよう。
今までは、そんなことを考えながら杖を作った人はいなかった。そして、そんな杖を用いて魔法を使った人もいなかった。
あるいは……ひょっとして、ひょっとするか……?
今まで誰も試したことがなかっただけで、ひょっとして……。
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