第309話 森の勇者2


『旅の間で、一番驚いたことは?』


 旅の土産話を話している最中、ナナさんからそんな質問を投げかけられた。

 

 一番驚いたこと……。

 少しだけ考えたけれど、やはり一番というとあれだろう。あれには僕も驚かされた。


 僕が一番驚いたこと、それは――


「森の勇者?」


「そうらしいよ?」


 というわけで、父が『森の勇者』なんて呼ばれていたことをナナさんにも伝えた。


「お祖父様が、森の勇者……」


「うん」


「ではお祖母様は、森の賢者……?」


「え? あぁ、まぁ――」


「ゴリラじゃないですか」


「やめなさい」


 いきなりなんてことを言うんだナナさん。

 確かにゴリラはそんなふうに呼ばれることもあるみたいだけど、ゴリラと母をイコールで結ぶんじゃない。


「しかし、森の勇者ですか……」


「森の勇者セルジャンらしいねぇ」


「なんかちょっと笑ってしまいますね」


「んー……」


 まぁ気持ちはわかるけれども……。


「……あれ? というかこれって、話してよかったんだっけか」


「何かまずいのですか?」


「いや、父はそう呼ばれるのを恥ずかしがっていたみたいだから……」


 恥ずかしがって隠している節があった。それをナナさんにバラすのは、あんまりよくないことな気がする……。

 なんかジスレアさんがサラッと教えてくれたもんだから、つい僕もナナさんにサラッと教えてしまった。


「ごめんナナさん。今言ったことは忘れて?」


「無茶を言いますね……。まぁ、善処します」


「ありがとうナナさん」


 微妙に期待できなさそうなナナさんの台詞ではあるが、できる限り頑張って善処してほしい。


「それにしても、それが旅の間で一番驚いたことですか」


「そうだね。一番の衝撃だったよ」


「……よくよく考えると、マスターの世界旅行とは関係のない事柄ですけどね」


「まぁねぇ……」


 逆に言えば、僕の旅はそれほどまでに何もない旅だったのさ……。


「とりあえず今回の旅のあらましは、こんなところかな」


「なるほど……。それで、次回の出発はいつになりますか?」


「次回は……どうだろうね。僕の顔面対策が終わってからになるけど、それがいつになるか……」


 というか、このまま対策をジスレアさんに任せていいものかという心配もあったりして……。


「あ、もしかしてマスターは、そのときまで引きこもるおつもりですか?」


「え? あー……いや、今回は別にいいかな」


 確かに前回はそんなことを考えていた。再出発まで引きこもろうと計画していた記憶がある。

 でもまぁ、今回はいいや。普通に外へ出よう。


「数日は引きこもる予定だけど、その後は普通に行動しようかと思う」


「それでも一応数日は引きこもるのですね……。ですがマスター、二度見はいいのですか?」


「うーん。まぁ今回は帰ってきたときも、あんまり二度見されなかったしさ……」


 昨日帰ってきたとき、やはり僕を二度見する人もそれなりにいたが、そこまで多くはなかった。

 わりと普通に、『おー、帰ってきたのか』くらいのリアクションを取る人も多かった。


「全員に二度見されるのもつらかったけど、平然とされるのも、それはそれで寂しいものがあるよね……」


 そんな複雑な乙女心……。別に乙女ではないが、なんかそんな乙女心っぽいやつ。


「まぁ村の人達も、どう反応していいかわかりませんよ。元々は二年の予定だったのに、一日だったり一ヶ月だったりで、ほいほい帰ってきているのですから」


「それもそうね……」


 ほいほいって言い方はあれだけれども……。


「それでもマスターが帰ってきたことを喜ぶ人達も大勢いると思いますよ? 旅の最中、寂しがっていた人も多かったですから」


「ほほう?」


 それは聞きたい。その話は是非とも聞きたい。

 やっぱりあれなの? 僕がいなくなって、村の中は火が消えたような雰囲気だっりしたのかな?


「私達家族はもちろん、マスターのご友人も、大層寂しがっておられました」


「ふんふん」


「他にもお遊戯会を楽しみにしている方々や、普段マスターがお金をばら撒いている方々も、マスターの帰還を心から願っていましたとも」


「…………」


 その言い方だと、僕がいなくなったことよりも、お金を貰えないことを寂しがっているふうに聞こえるのだけど?


「まぁ引きこもり期間が明けたら、またお金をばら撒きに行こうかね……。久々に鑑定もしたいし」


「旅の成果が出ているといいですね」


「そうねぇ」


 ついでにユグドラシルさんにも『通話』で帰宅を知らせておこうかな。


 僕がナナさんにDメールで帰宅を知らせてから今までの間、ユグドラシルさんは我が家に来ていないそうなので、僕の帰宅をユグドラシルさんはまだ知らない。

 引きこもりが終わってもまだ来ないようなら、こちらから連絡して一応知らせておこうか。家に来てから知るってのも、なんかちょっと悪いしさ。


 他の友人知人にも、一応帰宅を知らせたいところではあるけれど……。

 まぁいいか。そのうちみんな勝手に知るだろう。なんせエルフの口コミはすごいから、たぶん明日にはルクミーヌ村にまで知れ渡っているはずだ。……否が応でも知れ渡っているはずだ。


 なんてことをぼんやり考えていると――


「アレクー」


「ん? 開いてるよー」


「ちょっとお邪魔するよー。あぁ、ナナさんもいたのか」


「どうしたの父?」


 呼びかけに応え、部屋への入室を許可すると――森の勇者が入ってきた。


「あ、もちろん特に用事がなくても構わないよ? なにせ一ヶ月ぶりの再会だしさ、ここで親子の絆を確かめ合うのも、僕はやぶさかではないよ?」


「あぁうん、そうだね。僕もいろいろ話したいし、旅の様子なんかも聞きたいな」


 そう言って、嬉しそうな表情を見せる森の勇者セルジャン。


「それはそうと…………なんかアレクは様子が変わった?」


「んん? 何それ? ……あ、もしかして旅をしてきたことで少し大人になったとか、そういうこと?」


「いや、そういうんじゃなくて、なんだか僕を見る様子がおかしいというか……何か含みがあるような雰囲気が……」


「ふむ……」


「変にニヤニヤしている雰囲気が……」


「…………」


 どうやら僕が心の中で『森の勇者』と呼んでいることに、父は気が付いてしまったらしい。

 勘が鋭いな父……。


「というか、ナナさんも様子が変だよ……?」


「おや? いえ、そんなそんな、私は別に……」


 どうやらナナさんも、心の中で父のことを『森の勇者』と呼んでいたらしい……。


 ……いや、だけどこれはよくないな。

 陰でコソコソ笑い物にするとか、それはよくないことだと思う。


 これはやっぱり……話そうか?

 そうだな。ここは正直にすべて話そう。ナナさんにバラしてしまったことも含めて、全部話そう。


 打ち明けて謝罪した上で……まぁ軽くいじったりなんかしようか。


「んー、実はね――」


「セルジャン様が森の勇者であることを、アレク坊ちゃんが笑い者にしていたのです」


「あ、ずるい!」


 ずるい! それはずるいよナナさん! なんてひどい抜け駆けだ!


 いや、もはや抜け駆けどころじゃない。僕を犠牲にして、自分だけ助かろうって算段だ!

 あろうことか、僕を生贄いけにえに捧げやがった! ずるいぞナナさん!


「父! 違うんだ、別に僕は笑っていたわけじゃないんだ! というかナナさんも笑っていたし! それにナナさんなんて、母のことをゴリラだと…………父?」


「…………」


 父が遠い目をしている……。部屋の中なのに、遠い目を……。


「あの……」


「それは、ジスレアさんかな……?」


「あ、うん。なんか旅の最中に教えてくれて……」


「そっか……。いや、別に僕も隠していたわけじゃないんだけどね……」


「…………」


 いやいやいや、それは嘘でしょ。絶対隠していたでしょ。

 息子の僕がここまでずっと知らなかったんだから、絶対内緒にしていたでしょ。


「けど、ごめんね父。うっかりナナさんに、父の恥ずかしい過去を暴露してしまって……」


「恥ずかしい過去……」


「あ、いや、違った。『恥ずかしい過去』じゃなくて、『父が恥ずかしがっている過去』。うん。別に恥ずかしくはない。恥ずかしいことじゃない」


「いや、いいんだけどね……。だけどその呼び方にはあんまりいい思い出がなくてさ……。それに『森の勇者』って、なんかね……。なんか響きが間抜けっぽい気がして……」


「あ、やっぱり父もそう思っていたんだ」


「…………」


「あ、違くて、違くて」


 いかん。僕の迂闊うかつな発言の数々が、父をどんどん傷つけてしまっている。


「とりあえず、あんまりそのことは触れないでくれると嬉しいかな」


「うん、ごめんね父……」


「ナナさんも、できたらお願いね?」


「もちろんです」


 なんという調子のいい返事だ……。さっきのことは、わりと根に持つぞナナさん……。


「――そんなことより。そんなことよりね、アレクに話があったんだよ」


「あぁうん、何かな?」


「アレクにお客さんだよ?」


「お客さん……?」


 このタイミングでお客さんか……。

 何やらデジャブを感じるが、果たして……。


「うん、さっきレリーナちゃ――おふ」


「お兄ちゃーん!」


 父の紹介を待たずして、レリーナちゃんが部屋に飛び込んできた。


 突然の登場に驚く暇もなく、レリーナちゃんは僕に強烈なタックルを浴びせ、押し倒された僕はそのまま後頭部を強かに打ち付けた。


「おぉぉ……痛ったい……」


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


「痛い……」


 僕の様子には目もくれず、僕の胸で泣き崩れるレリーナちゃん。


 やはり父の言うお客さんとは、レリーナちゃんのことだったらしい。

 僕を訪ねてきてくれたようだが、僕と父との話が少し長引いて、我慢できなくなったレリーナちゃんは部屋まで突撃してきたのだろう。


 そして部屋まで来たレリーナちゃんは、父の隣をすり抜け、僕のもとまで――あ、すり抜けてもいないのかな?

 脇腹を押さえて苦笑いしている父の様子を見るに、レリーナちゃんは入室する際、父に軽くこすってしまったようだ。


 そしてそんな父を押しのけて、室外に退避しようとするナナさんの姿が目に入った。

 ……今日のナナさんは、何かとムーブがひどいな。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


「あぁ、うん。ただいまレリーナちゃん」


「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……」


 なんかbotっぽくなっているレリーナちゃんが若干怖いが、それだけ僕のことを心配してくれて、寂しがってくれていたのだろう。レリーナちゃんはさめざめと泣いている。


「あぁ、お兄ちゃんがここにいる……。お兄ちゃんの匂いがする……」


「う、うん……」


「――あの勘違い女の匂いもする」


「…………」


 さっきまで泣いていたレリーナちゃんが、もう能面。

 なんかもう、喜怒哀楽がすごいなレリーナちゃん。





 next chapter:『パリイ』

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