第293話  すぐにまた、田舎でのんびりスローライフを


 ――ゴロゴロしていた。


 二日前に、『次にこのベッドで寝るのは二年後か』なんてことを考えていた自室のベッドで、僕はゴロゴロしていた。

 二日前に、『いつかまた、田舎でのんびりスローライフを』なんてことを考えていた僕は――すぐにまた、田舎でのんびりスローライフを送る羽目になっていた。


「アレク坊っちゃん、いいですか?」


「いーよー……」


 部屋の外からナナさんの声が聞こえてきたので、入室を許可した。


「失礼します。……いや、ずいぶんだらけていますね」


「もう何もやる気が起きない」


「おぉ……。だいぶメンタルがやられているようで……」


 そりゃあそうさ。あれだけ派手に見送られ、張り切って出発したというのに、まさかその翌日に帰ってくることになろうとは……。

 もう僕はどうしたらいいかわからない。そりゃあメンタルもボロボロさ。


「まぁまぁ、元気を出してくださいよマスター。それよりも、私に話をお聞かせください」


「話? なんの?」


「世界旅行の話を――」


「イヤミか貴様ッッ!」


「おぉう……。荒ぶっておられる……」


 何が世界旅行の話だ! たった二日でのこのこ帰ってきた僕に、何を話せというんだ!


「落ち着いてくださいマスター。イヤミだなんて、そんなつもりはありません」


「本当に……?」


「本当ですとも。確かにマスターが出発したのが一昨日の昼過ぎで、帰宅が昨日の昼前という、二十四時間にも満たない世界旅行ではありましたが――」


 イヤミにしか聞こえないんだけど……?


「それでも旅へ出発したことには変わりはないわけで、何かしらの経験を得たのではないですか?」


「そんなの得たのかな……?」


 もしかしてジスレアさんなら『忘れ物に気を付けよう』なんて教訓を得たかもしれないけど、僕としては別に何も……。


「うーん……。一日キャンプして帰ってきただけだし……というかそのキャンプ地も、すっごい近場だったよ?」


 たぶん大人のエルフとかだったら、村から一時間もかからずに行けると思う。そのくらいの距離だった。


「というかあの辺りなら、僕だって今までに行ったことあるしね。普通に散歩で行ける距離だよ?」


「だいぶ近いですね……」


 送別会で出発が遅れたし、そもそも移動スピードが遅いからなぁ……。


 大ネズミのフリードリッヒ君は、残念ながらあんまり速くない。

 現状では僕より『素早さ』が低いくらいだし、エルフ固有の能力である『森歩き』ももっていない。

 その上、僕もフリードリッヒ君も『騎乗』スキルを未取得なのだから、そりゃあスピードが出るはずもない。


「まぁ場所はともかく、森の中で一泊してきたわけですよね? それは今までになかったことかと思いますが?」


「あー、そうだね。ジスレアさんと一緒にテントで一泊してきたよ」


「ほうほう。――ゆうべはお楽しみでしたね?」


「…………」


 ゲスいなナナさん……。


「楽しむも何も、僕はそれどころじゃなかったよ」


「そうなのですか?」


「どのツラ下げて村に戻ったらいいのかって、それしか頭になかったよ」


「あぁ……。それは確かに悩みますね……」


 そればっかり考えていた。すぐ隣でジスレアさんが寝ているというのに、ドキドキしている余裕もなかった。


「それで、実際どんな感じで帰ってきたんですか?」


「んー……。悩んだ結果、普通に帰ってきたね」


「普通に?」


「素知らぬ顔をして、平然と帰ってみた」


「……平然と帰れましたか?」


「途中で会った人達、全員に二度見されたよ」


「それはまた……」


 全員だよ全員。100パーセントの確率で、みんなから二度見されたよ。


 やっぱり失敗だったかねぇ……。隠れながら、こそこそ帰った方がよかったのかなぁ……。


「まぁあれだけ盛大に送別会を開いた翌日に、平然と帰ってこられたらそれは――あ、そういえばマスター、その節は申し訳ありませんでした」


「うん?」


「送別会が終わって、マスターは私にDメールを送ってきたじゃないですか」


「あぁ、そういえば送ったね」


 ジスレアさんを置いて一人で出発してしまったとき、ジェレッド君が来てくれて難を逃れた僕だったけど……実はあのとき、ナナさんにDメールを送っていたのだ。


 あのとき僕は、ナナさんに――


『ジスレアさんがどこかにいないか、探してくれないかな……? もし見つけたら、村を出てすぐのところに行くように伝えてほしいんだ……』


 ――といった内容のDメールを送信していた。

 なかなかどうして恥ずかしいメールを送ってしまったものだ。旅行一発目のメールがこんな内容になるとは、僕も想像もしていなかった。


 ……まぁ旅行二発目のメールが、『明日帰るわ』なんていう、一発目が吹き飛ぶくらいに恥ずかしい内容だったりもしたのだけど。


「ちょうどそのときジスレアさんとトランプしていたんだっけ? じゃあメールに気付けないのも仕方ないよ」


「申し訳ありません。やはりDメールは、すぐ着信に気付けないのが弱点ですね」


「そうだねぇ。唯一にして、最大の弱点だ」


 あ、だけど唯一でもないかな? 記号が使えないとか、語尾に『ダンジョン』が付くという弱点もあったか。


「あるいはマスターがやっていたように、ずっとメニューを開きっぱなしにしておき、壁に貼り付けておけば気が付けたのかもしれませんが」


「あー、そういえば前にそんなこともしていたっけ」


「まぁ突然『ジスレアさんどこ?』やら、『明日帰ります』なんて文面が壁に出現したら、きっと私は笑ってしまうでしょうけど」


 笑うなや……。


「さておき、それで再出発は一週間後ですか?」


「うん。そうみたい」


「ずいぶん時間が空きますね」


「そうねぇ……。いや、実はジスレアさんも結構落ち込んじゃったみたいでさ、次は万全を期すとかなんとか……」


 自分のミスでこんなことになってしまって、責任を感じているっぽい。

 次は失敗しないように、しっかりと荷物を確認して――なんなら予行演習をしてくると言っていた。


 一週間、一人で旅に出て、何か手抜かりがないかチェックするつもりだとか……。

 さすがにそこまではしなくていいと、僕も言ったんだけどね……。


「ですが、一週間後なんですよね……?」


「一週間後だけど?」


「一週間後となると……レリーナ様が解き放たれますよ?」


「…………」


 まぁね……。そこはちょっと気になるよね……。


 ナナさんの言う通り、一週間後にはレリーナちゃんの外出禁止処分も解除されてしまう。

 そうなるとどうなるのか……。もしかしたらレリーナママの言っていた――『レリーナちゃんのろくでもない、いろいろな準備』が役立ってしまうかもしれない……。

 確かにそこはちょっと気掛かりだ。いやはや、どうしたものか……。


 改めてナナさんから指摘され、僕がそんなことを悩んでいると――


「アレクー」


「ん? 開いてるよー?」


 父だ。部屋の外から父の呼び掛けが聞こえてきたので、入ってもらうよう言葉を返した。


「どうしたの父?」


「うん。アレクにお客さんだよ?」


「……僕はいないって伝えてくれるかな?」


 正直今は、誰とも会いたくない……。

 いや、ナナさんみたいに僕を笑い者にしたりはしないだろうけど、それでも人と会いたくない。


「できたら――『アレクは今、世界を見る旅に出ている』って伝えてくれない?」


「いや、もう帰ってきたって知っているみたいだけど……」


「チッ……」


 もう知ってんのかい。くそう、やっぱり誰にも知られないように、こっそり帰ってきたらよかったか。

 いやけど、それも結構難易度が高そうだったし、バレたときの恥ずかしさを考えると、どうにも……。


「人に会いたくないといっても、アレク坊っちゃんは一週間村に留まるわけで、誰とも会わないわけにはいかないでしょうに……」


「僕は一週間自宅に引きこもるつもりだ」


「えぇ……」


「もう僕は、二度と二度見されたくない」


「二度見がそんなにつらかったのですか……」


 軽くトラウマだとも。


「……まぁ昨日の今日で急遽きゅうきょ駆け付けてくれたお客様ですし、あるいはアレク坊っちゃんの心の傷を癒してくれるかもしれませんよ? ――セルジャン様、お客様とは誰なのでしょう?」


「あぁ、えぇと……レリーナちゃんだね」


「レリーナ様……?」


 レリーナちゃん……? そうなんだ、レリーナちゃんか……。


「なるほど。どうやら……すでに解き放たれていたようですね」


「…………」





 next chapter:約束

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