第292話 世界旅行
「ありがとうジェレッド君。じゃあまた二年後に」
「おう。またな。元気でな」
感謝しつつ、別れを惜しみつつ、僕は村に戻っていく親友に手を振った。
「……ごめんアレク」
「いえ、僕が勝手に出ていっちゃっただけですから……」
というわけで、どうにかジスレアさんと合流できた。ジェレッド君のお陰である。
うっかり一人で村を出てきてしまい、途方に暮れていた僕のもとに――親友のジェレッド君がやって来てくれたのだ。
別れの挨拶をせずに旅立ってしまった僕を気にして、ちょっと外まで出てきたらしい。
ちなみにジェレッド君もちゃんと会場に――会場? まぁ会場か。送別会の会場にいたようなのだけど、僕はスルーしてしまったらしい。申し訳ない。
そんなわけで追いかけてきてくれたジェレッド君とも別れの挨拶を済ませた後、ジェレッド君にジスレアさんを探してきてくれないかお願いした。
僕のお願いを快く引き受けてくれたジェレッド君がジスレアさんを捜索したところ――ジスレアさんは我が家にいたらしい。
僕が盛大に送別会を開催していたため、とりあえず終わるまで待とうと考え、我が家で待機していたという。そこで母やナナさんやユグドラシルさんと、のんびりトランプをしていたそうだ。
ジェレッド君は、そんなジスレアさんを無事に発見して、ここまで連れてきてくれたのだ。
いやはや、ジェレッド君には感謝しかない。本当にありがとうジェレッド君。
……せっかくだし、もうちょっとジェレッド君と絡めばよかったかな。なんか久しぶりだったし。
「ではジスレアさん。改めてこれからよろしくお願いします」
「うん。よろしく」
さてさて、始まる前から若干グダってしまったが、ようやく世界旅行に出発だ。
「それで、確か最初に向かうのが――」
「カーク村」
カーク村。ここから北東にあるという、人族の村だ。
――人族の村なのである!
いやぁ、緊張するね。
人族かー、人族の村かー。どんな感じなのだろう? うまくコミュニケーションが取れるだろうか?
自分の村と隣村にしか行ったことのない僕が、しっかり異文化交流できるかどうか、今から少しドキドキしてしまう。
「じゃあさっそく進もう」
「はい。あ、それでは大ネズミのヘズラト君を呼びますね?」
ジスレアさんに断ってから、僕はヘズラト君の召喚を始めた。
これから移動はヘズラト君任せだ。ヘズラト君が僕の足になってくれる。
「『召喚:大ネズミ』」
「キー」
「長い旅だけど、これからよろしくねヘズラト君」
「キー」
ヘズラト君にも改めて挨拶をしてから、ほっぺた辺りをわしわしする。
「キー」
「あ、僕が付けるよ」
ヘズラト君が自分のマジックバッグから取り出した
「よし、じゃあ失礼して」
「キー」
鞍の持ち手を掴んでから、サッとヘズラト君に騎乗。
おそらくこれから何度も行う騎乗シーンだ。そのうちに、
……まぁヘズラト君が大ネズミである以上、正直格好良さには限界があるような気もするけど。
「進んでも大丈夫?」
「はい。お待たせしました、行きましょう」
「うん」
――こうして、僕とジスレアさんとヘズラト君の旅が始まった。
これから僕達には、数多くの試練や困難が待ち受けていることだろう。
でも大丈夫。この三人なら、きっとすべて乗り越えられるさ。
さぁ冒険を始めよう。
――僕達の冒険は、これからだ!
◇
「今日はここまでにしようか」
「はい」
しばらく森を進んだところで、ジスレアさんがそんな宣言をした。
なんだか妙に気合を入れて出発してしまったが、今のところは特別何も起こっていない。いつもの散歩と大して変わらない。
とりあえず今日の移動はここまで――ここをキャンプ地とするらしい。
「よっと、ありがとうヘズラト君。お疲れ様」
「キー」
今まで僕を乗っけてくれたヘズラト君から降りて、お礼を言った。ついでに首元辺りをわしわしする。
「それじゃあテントを建てる」
「あ、はい。見ていていいですか?」
「いいよ?」
僕がヘズラト君を
下にシートを敷き、ポールを並べ、何やら鉄の
「ペグ!? ペグですね!?」
「……え? あ、うん。そう」
「なるほど、ペグ」
ペグ。僕はテントとか詳しくないんだけど、それだけは知っている。その名前だけは知っている。
なんか名前が可愛いよね。ペグ。
そんなわけでテント本体から伸びたロープをペグで固定していくと、あっという間にテントが完成した。
おそらくは十分も掛かっていないだろう。さすが旅慣れていると噂のジスレアさんだ。
「こんな感じ」
「はー、なるほど」
ちょっと自慢げなジスレアさん。
ふと気が付いたのだけど、僕の隣に居たヘズラト君も、ジスレアさんのテント建設を真剣な目で見つめていた。たぶんテントの建て方を学ぼうとしていたのだろう。
さすがは勤勉なヘズラト君だ。せっかくだし、明日は僕とヘズラト君でテントを建てさせてもらおうかね。
「後でシャワールームも作ろう」
「へぇ? そんなものまで?」
「
「ほー」
自宅のシャワールームも頭上にお湯が出る魔道具が取り付けられているだけだし、そう考えると野外とはいえ、そこまで再現するのは難しいことでもないのかな?
いやしかし、毎日シャワーを浴びられるのは嬉しいね。
「じゃあアレク、次は夕ごはんだ」
「はーい」
うん。なんか楽しくなってきた。
今のところ、まるっきりただのキャンプ感覚ではあるが、そのせいか、ただ単純に楽しい。
◇
食事も楽しかった。
なんせキャンプだし、なんせジスレアさんと一緒だし、楽しかった。
そんな楽しい食事が終わり、シャワーも終わり、寝る時間となった。
てっきり僕は、どちらかがテントの外で見張りをするものだと思っていたのだけど――一緒に寝るらしい。
ジスレアさん
というわけで、一緒にテントで寝るらしい。――一緒に寝るらしい!
ちなみにそのことを聞いた直後、ヘズラト君が送還を希望してきた。
ヘズラト君曰く『送還していただき、待機状態でいた方が体力の回復もできますので、明日に向けて送還していただけるとありがたいです』とのことだそうだ。
……一応は納得できる理由だと思う。
ただ、もしかしていつものように空気を読んでくれた結果、そんな提案をしてきたんじゃないかと、ついつい僕は思ってしまうのだけど……。
そんなことがあり、僕はテント内に置いた枕に頭をあずけ、毛布に包まって、なんだかドキドキしていた。無駄にドキドキしていた。
それで肝心のジスレアさんの方はといえば……特別僕を気にした様子もなく、先ほどからマジックバッグをごそごそとあさっている。
「えぇと、どうかしたんですか?」
なんとなく沈黙に耐えられなくなって、話し掛けてみた。
「ん? うん。弓の準備。寝ている間にモンスターが来てもいいように」
「あぁ、なるほど。弓というと――」
「世界樹の弓」
――世界樹の弓。僕とジェレッドパパの共同開発によって生み出された、世界樹の枝で作った弓。
僕用の弓なのに弦が硬くて僕が引けないという、ある意味開発失敗だったのではないかと噂されている弓である。
その後、世界樹の弓は母が使っていたわけだが、この度ジスレアさんに貸し出された。
母からは、『特別に私の弓を貸すわね。これでアレクを守ってちょうだい』なんて言葉を掛けられたそうだ。
僕のことを心配した母からの、ありがたく嬉しい言葉と行動。
……だがしかし、その弓は僕の弓だ。貸しているだけなんだ。なんかもう普通に自分の物っぽく扱っているけど、僕の弓なんだ。
「それが……ないんだ」
「え? はい? 何がですか?」
「弓を……忘れてしまったらしい」
「忘れて……?」
「どうやら家に忘れてしまったらしい。出発前に弓の整備をしていて、たぶんそのまま……」
「はぁ……」
なんかずーっとマジックバッグをごそごそあさっていたと思ったけど、弓を探していたようだ。
それで……弓がないらしい。家に忘れてしまったらしい。
出発前は、『弓一本持ってくればいい。あとは私に任せて』なんてことを言っていたジスレアさんだったけど、自分が肝心の弓を忘れてしまったそうだ……。
「えぇと……。どうします? 僕はスペアの弓を持ってきていますけど、さすがにそれを使うのも微妙ですよね?」
「うん……」
まぁ僕の力でも引けるように設計された弓だしね……。ある意味子供用とも呼べる弓だ。ジスレアさんが使うにはちょっと微妙だろう。
「えっと、じゃあ……」
「一回村に帰ろう」
「…………」
そうか、やっぱりそうなるか……。
「ごめんアレク」
「い、いえ、大丈夫です。早くに気付けてよかったですよ。この距離なら、明日のお昼には村に戻れます」
……うん。まぁ全然大丈夫じゃないけどね? ジスレアさんを気遣ってそう言っただけで、全然まったく大丈夫ではないけどね?
あれだけ盛大な送別会を開いてもらい、あれだけの観衆の前で
なんてことだ……。僕はいったいどんな顔をして村に戻ればいいんだ……。
……いや、ここはジスレアさんにだけ戻ってもらったらどうだろう?
僕は村の外で待機していて、ササッとジスレアさんに弓だけ回収してきてもらえば――
「本当にごめん。次はこんなことがないようにする」
「いえいえ、お気になさらず――」
「村に戻ったら、もう一度荷物をしっかり確認しようと思う。再出発は、一週間後あたりにしよう」
「おぉう……」
どうやら、がっつり村に滞在することになりそうだ……。
今回の世界旅行は、本当に明日で終了……。
二年の予定だった僕の世界旅行は……二日で終わるらしい。
next chapter:すぐにまた、田舎でのんびりスローライフを
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