第294話 約束


 いろいろと気が重い再会で、少しばかりグズっていた僕だったけど、父とナナさんに説得され、渋々リビングまでやってきた。


 するとそこには――レリーナちゃんと、レリーナママがいた。


「どうもー」


「やぁアレクちゃん。久しぶり……でもないね」


「…………」


 なんの気なしに放ったレリーナママの言葉が、僕の胸に突き刺さる。


 まぁね……。本当なら二年ぶりなはずで、久しぶりの再会になるはずだったんだけどね……。


「ええまぁ。なんというか……たった二日で帰ってきてしまいまして……」


「アタシも噂を聞いて驚いたよ。まさかそんなことはないだろうって思ってねぇ」


「ええまぁ、ええまぁ……」


 僕だって驚いたさ。僕自身、こんなことになるとは思っていなかった。


 というか、噂? こんなことが噂になっているの……?

 いやもう、エルフの口コミってやつは本当に……。


「それであの、今日はいったい……? いえ、そもそもですね、レリーナちゃんはどうしたんですか……?」


「ムー! ムー!」


 この声を聞いてわかるように、レリーナちゃんはまたしても簀巻すまきにされており、口には猿ぐつわが噛まされていた。


「……え、まさか、あのときからずっとこの状態なんですか?」


 あの送別会のときから、ずっと簀巻き状態なの……?


 確かにここへ来てレリーナちゃんを見たとき、『あ、まだ解き放たれてはいないのか』って、少しホッとしてしまった僕がいる。とはいえ、ずっと簀巻きはさすがに可哀想すぎやしないだろうか……。


「いやいや、そうじゃないんだよ。そりゃあ確かにアレクちゃんはすぐに帰ってきたけど、アレクちゃんが旅に出ている間、ずっとこの状態ってわけでもないんだよ」


「…………」


 なんの気なしの言葉が、僕を傷付ける……。


「そもそもさ、今レリーナは外出禁止だろう?」


「ムー……」


「でもアレクちゃんが旅立つ日、特別にアタシはレリーナを外に連れ出したわけさ」


「ムームー」


「そしたら今度はね、『お兄ちゃんが旅から帰ってきた特別な日なんだから、今日も外に出ていいはず』なんてことをレリーナが言い出してさ……」


「ムー! ムー!」


 なるほど、そんなやり取りがあったのか……。


 それはそうと、レリーナちゃんの主張が激しいな。

 『ムー』しか言えないレリーナちゃんだけど、『ムー』だけですごい主張してくる。


「アタシは『大して旅もしてないんだから、それはダメだろう?』って言ったんだけど、なんだか暴れちゃってね……」


 なんの気なしの言葉が、僕を傷付け――いや、これはもうはっきり罵倒ばとうされてない? 『大して旅もしてない』は、普通に罵倒されちゃってない?


「結局アタシが根負けしちゃってね、仕方なく今日連れてきたのさ」


「えぇと、それでなんで簀巻き状態に……?」


「旅立ちのときは簀巻きだったんだから、戻ってきたときも簀巻きだろう?」


「はぁ……」


 よくわかんないな……。納得できるようなできないような……。


 とりあえず、僕に『ろくでもないこと』をしようと企んでいたから簀巻きにしたわけでもないのかな? もう企んでいないのかな? それだとありがたいのだけど……。


「ムー」


「うん?」


「ムームー」


「うん。えぇと……リザベルトさん、レリーナちゃんはなんて言っているんですか?」


「わかんないよ」


「えぇ……」


 わかんないのか……。

 普段僕が大ネズミのレモンちゃんの言葉を通訳しているように、レリーナママにもレリーナちゃんの言葉を通訳してもらおうとしたのだけど、残念ながらわからないらしい。


「たぶん『約束を守ってほしい』みたいなことを言っているんじゃないかね?」


「約束……?」


「…………」


「あ、いや、うん。覚えているよ?」


 僕が『約束とはなんだろう?』と考えていると、レリーナちゃんが軽く能面のうめんになってしまった。普通にムームー言って抗議されるよりも怖いな……。


 さておき、約束とはなんだ? なんのことだ? 出発前に僕は何か約束をしていたっけか?


 ふーむ……。パッと思い付く約束といえば、ディアナちゃんの『二年で帰ってきなさいよね』ってのと、ローデットさんの『できるだけ早く帰ってきてくださいねー』ってやつだけど……。

 まぁ、たぶんそのことじゃないだろう。おそらく今それを言ったら、レリーナちゃんは普通にブチ切れると思う。


 それにしても……結果的にローデットさんとの約束は、びっくりするくらい忠実に守ることができたよね……。


「…………」


「あ、うん。あの約束だよね? 覚えてる覚えてる」


 レリーナちゃんを放って、ディアナちゃんやローデットさんとの約束を思い出していたら、レリーナちゃんから大変強力なプレッシャーを受けた。


 そしてその横で、レリーナママは軽くニマニマしながら僕を見ている。

 僕がちゃんと約束を覚えているか試しているっぽい。どうやら、助け舟を出すつもりはなさそうだ……。


 ……ん? 助け舟? あ、船か。


「一緒に船に乗ろうとか、あの約束かな?」


「ムー」


 あっていたみたいだ。プレッシャーも止んで、能面も解かれた。よかった。


「そうなんだよ。レリーナはそう言っているんだけど、アレクちゃんはそんな約束をしていたのかい?」


「ええまぁ……」


 旅から帰ってきたら一緒に船に乗ろうって、確かにレリーナちゃんと約束していた。


 ……そうか、それじゃあ乗りに行こうか? ……まぁ『大して旅もしてない』のだけど、約束は約束だ。

 正直僕としてはあんまり外に出たくもないし、そもそもこのタイミングでレリーナちゃんと船とか、どことなく危険な香りがするけど……それでも約束だ。


 すでにダンジョンの湖エリアには桟橋も完成しているし、完成済みの小舟もいくつかある。再出発前にレリーナちゃんと乗ってこよう。


「それじゃあレリーナちゃん、いつ行こうか?」


「ムー」


 ムーって言われてもな……。


「えっと……」


「わかんないよ」


 困ってレリーナママを見たけど、やっぱりわからないらしい。どうしろというのだ。


「というかね、今じゃないみたいなんだよ」


「はい? 今じゃない?」


「なんか夏になったら船に乗るって約束らしいんだけど?」


「夏?」


「夏だってさ」


 …………夏?





 next chapter:木工シリーズ第六十六弾『バランスボール』

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