第286話 君を危険な目に遭わせたくなかった2
僕はレリーナちゃんに対し、『秘策』を使った。
秘策――『君を危険な目に遭わせたくなかった』を使い、旅に出ることをレリーナちゃんに説明した。
……逆に言うと、秘策まで使ったのに『旅に出る』ということしか説明できていない。旅の期間や同行者のことは、これから説明しなければいけない。
いやはや、なかなか厳しい状況だ。
秘策を使い切った状態でそれらの説明をするのは、ちょっとばかし荷が重い。
「あれ? それでお兄ちゃんは、人界まで旅に出るんだよね」
「そうだね」
「それはわかったけど、それでなんで船に乗れないの? 夏になったら出発するってこと?」
「ん?」
あ、そうか、『夏に船が完成しても、一緒に乗れない』ってところから、話を切り出したんだっけか。
「えぇと……出発は一週間後だね」
「一週間後……?」
少し前にジスレアさんと話して、正式にそう決まったのだ。出発は、今日からちょうど一週間後。
「それで、エルフ界に戻ってくるのは――早くて二年後」
「にねんご……?」
どうやらそんなもんらしい。そのくらい旅するとのことだ。
早くて二年。ひょっとしたらもう少し伸びるかもしれないが、とりあえず二年くらい旅したら、一度戻ってくる予定だそうだ。
「そういうわけでレリーナちゃんと一緒に船に乗るのは、しばらく先のことになるかと…………え? あの、レリーナちゃん?」
「…………」
「れ、レリーナちゃーん!」
僕の話を聞いたレリーナちゃんが――いきなり白目を剥いてぶっ倒れてしまった。
どうやらあまりのショックに、気絶してしまったようだ……。
まぁそうだよね。突然二年の旅に出ると聞けば、そりゃあビックリするよね……。
かくいう僕も、突然白目を剥いたレリーナちゃんに、かなりビックリさせられてしまったけど……。
なんか一瞬、レリーナちゃんの新たな怒れる表情かと
◇
気絶してしまったレリーナちゃんは、ひとまず目を閉じさせてからベッドに運んだ。
それから僕は
そうしてしばらく時が過ぎて――
「ん……」
「あ、レリーナちゃん」
「え、あ、お兄ちゃん……」
「大丈夫? とりあえずお茶を入れてきたんだけど、飲める? ――あ、それとも水の方がよかったかな?」
レリーナちゃんのために、ハーブティー――ミリアムスペシャル754を入れたのだけど、普通のお水の方がよかっただろうか?
ハーブティーだし、もしかしたらリラックス効果みたいなものもあるかなって思ったんだけど。
「ううん、頂戴? ありがとうお兄ちゃん」
「いいよいいよ」
レリーナちゃんがベッドから起きてテーブルについたので、僕はミリアムスペシャルを差し出した。
レリーナちゃんはカップに注がれたミリアムスペシャルをこくりこくりと飲んでから、「ふぅ」と息をついた。
「ありがとうお兄ちゃん、少し落ち着いた」
「それはよかった」
落ち着いたらしい。なるほどなるほど、それは
やはりミリアムスペシャルには、リラックス効果があるのだろうか?
「寝ちゃってた……のかな?」
「あー、うん。そうみたい」
「なんだか怖い夢を見たの。お兄ちゃんが二年も私から離れるとか、そんな夢」
「あ、いや……それは夢じゃなくて、現実のことなんだけど……」
「現実?」
「現実」
「二年?」
「二年。――ヒッ」
レリーナちゃんの瞳から、ハイライトがスッと消えた。こわい、こわいよレリーナちゃん。
「二年て……二年もだなんて……。なんでそんな……」
「いや、えっと、十五歳にも満たない年齢でワイルドボアを倒せる優秀なエルフは、若いうちから外の世界をしっかり知っておくべきだとか、そんな
自分で自分のことを『優秀なエルフ』などと説明するのは気が進まないし、そもそも自分のことをそこまで優秀なエルフだとも思っていないのだけど、とりあえずそんな掟なのだ。
「なんで? 誰が決めたの? そのふざけた掟は、いったい誰が決めたの?」
「誰がっていうか……」
「……世界樹? 世界樹が決めた掟なの?」
「ちが、違うよレリーナちゃん。落ち着いて? ハーブティーを飲もう? ね、レリーナちゃん、ハーブティーだよ?」
何故かレリーナちゃんが自分のマジックバッグに手を伸ばしかけたので、僕はその手を押し留め、代わりにミリアムスペシャルを勧めた。
「世界樹じゃないなら、誰が決めたの? ……村長?」
「ち、違うよ。別にユグドラシルさんでも父でもなくて、昔のエルフ達が決めたことらしいんだ。それよりハーブティーを……」
僕はレリーナちゃんのマジックバッグを本人から遠ざけ、必死にミリスペを勧める。
「そんな奴らのせいで、私とお兄ちゃんが二年も引き離されるだなんて……」
「一応は僕達のご先祖様だから、あんまり『そんな奴ら』とか言わない方が……」
「お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ、なんで言ってくれなかったの? 早く言ってくれたら、私もすぐにイノシシを殺しにいったのに……」
「で、でも僕は――レリーナちゃんを危険な目に遭わせたくなかったから」
「そうは言うけど……」
あぁ、やはり二回目では効果が薄い。
さしもの秘策『君を危険な目に遭わせたくなかった』も、二回目では効果半減だ。サラリと流されてしまった。
「そもそも危険すぎるよ、お兄ちゃん一人で人界を二年も旅するだなんて」
「あっ……」
「え?」
「その、僕一人で旅をするわけじゃないんだ。実は……同行者がいるんだ」
「……同行者?」
「ジスレアさんが、同行してくれるって……」
正直、伝えるのはかなり怖かったのだけど、言わないわけにもいかないだろう。
僕がおそるおそるジスレアさんのことを伝えると――
「れ、レリーナちゃん……?」
「…………」
「レリーナちゃーん!」
レリーナちゃんは、再び白目を剥いてぶっ倒れてしまった。
next chapter:君を危険な目に遭わせたくなかった3
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます