第287話 君を危険な目に遭わせたくなかった3
僕がジスレアさんと二人で世界旅行へ出発すると伝えたところ、レリーナちゃんは再び白目を剥いて気絶してしまった。
とりあえず僕はレリーナちゃんの目を再び閉じさせてから、ベッドに運んだ。
そして水を張った
その後、
「ヒッ」
「…………」
「だ、大丈夫レリーナちゃん……?」
「…………」
「は、ハーブティー飲む……?」
「…………」
いつの間にか、レリーナちゃんが目を覚ましていたことに気が付いた。
というか、起きているんだよね……? なんだか人間味を感じない瞳で、ずっとこちらを見つめているけど……。
「夢を見たの」
「あ、いや、たぶんそれは夢では……」
ごめんレリーナちゃん……。ジスレアさんが同行してくれるのは、夢ではなくて現実なんだ……。
「お兄ちゃんが、あの勘違い女を旅行に誘っている夢」
「それは夢だよ!?」
僕じゃない! 別に僕が誘ったわけじゃない!
「なんでなのお兄ちゃん、なんであの女を……」
「待ってレリーナちゃん、誤解だよ!」
「別にあの女じゃなくても、例えば村長とかでもいいじゃない。別に村長でも……」
「いや、だけど村長は村長だから……」
村長だし、やっぱり村にいないといけないんじゃないかな……。
というかその言い方は、だいぶ村長を
「なんでよりによって、あんな勘違い女と……。それなら私を頼ってくれたらよかったのに……」
「だ、だけど僕は、レリーナちゃんを危険な目に遭わせたくなか――」
「それはもういいよお兄ちゃん」
「そう……」
なんてことだ。秘策『君を危険な目に遭わせたくなかった』が、全然効いていない。もはや言い切る前に途中で止められてしまう始末だ。
やはり使い所を間違えてしまったのだろうか。なんせもう三回目だしな……。
「ああもう、お兄ちゃんが二年もあの勘違い女と一緒だなんて。二年もお兄ちゃんを独り占めだなんて……」
「別に独り占めにしているわけでは……」
「二年あったら……もう、どうにでもできるのに……」
「そうなんだ……」
どうにでもできるんだ……。
というか、何をどうするつもりなんだ……。
「とにかく落ち着いてレリーナちゃん。とりあえずハーブティーだよ。ハーブティーを飲もうよ」
「それはもういいよお兄ちゃん」
「そう……」
なんてことだ。ミリスペも飲んでくれない。もしかしたら僕の新たな秘策となりえるかと期待していたミリスペだが、飲んでくれなければ意味がない。
困った。もう打つ手がない。またしても万策尽きてしまった。
「……今になって思い返せば、あれはそういう意味だったんだね」
「ん? あれ? あれとは?」
「前にお兄ちゃんが反応していた、『十五歳』『ワイルドボア』『討伐達成』『ジスレアさん』『森』『外に出る』って言葉のこと」
「あー……」
僕がおかしな反応を見せていたというキーワードのことか。よく覚えているなぁレリーナちゃん……。
「ん? あれ? じゃあ『水着』『女医』『修道女』『泳ぐ』はいったい……?」
「…………」
それも確か、僕が反応していたというキーワードだったか……。
なんだったのかと聞かれても、僕にもわからない。
それだけ聞くと、『水着の女医さんや修道女さんと泳ぎたい』って文章になってしまう気もするけど……いやいや、僕はそんな……。
「とにかく、あのときからお兄ちゃんは、ずっと私を
「だ、騙すだなんて! 僕はただ、レリーナちゃんを危険な目に――待って待って!」
もはや聞く気すらないのか、レリーナちゃんは僕の秘策を完全に無視した。
そしてベッドから体を起こし、何故か自分のマジックバッグへ視線を移したので、慌てて止めた。
「私を騙していたのもそうだし、あの勘違い女を誘って旅行なんて、そんなの許せない」
「ちょ、ちょっと待って、だから別に僕が誘ったわけじゃなくて――」
「じゃあ誰が決めたの?」
「え?」
「誰があの勘違い女を同行者に選んだの?」
「誰が……?」
えっと、誰なんだろう……?
そういえば詳しくは聞いていなかったな。確か突然父に呼ばれて、そしたらジスレアさんがいて、一緒に旅をするようにって聞かされて……あ、そこで父が『ずいぶん悩んで話し合った』みたいなことを言っていたっけ?
じゃあやっぱり父が決めたのかな? 話し合ったということは、ジスレアさん本人とも相談して、それで決まった感じ?
「誰? 村長? 勘違い女本人?」
「え、いや、それは……」
「両方? 両方なんだ……。あいつらが
僕の表情から、そうだと判断されてしまったらしい。というか結託て。
しかし、これはあんまり良くない
矛先が僕からズレたのは少しありがたいけど、あんまり喜べる事態でもなさそうだ……。
「その、やっぱりジスレアさんはお医者さんだからさ、旅の最中に何かあっても安心でしょ? それにジスレアさんは、旅にも慣れているらしくて……」
「…………」
「そういった理由から、ジスレアさんが選ばれたらしいんだ。とても論理的で合理的な判断がなされたんじゃないかと、僕は思うんだけど……」
僕はレリーナちゃんにそう伝え、説得する。
よくよく考えれば、みんな納得できる妥当な人選だと思うんだ。
というわけで、レリーナちゃんも少し冷静になって考えてみてほしい。というか、なんでもいいからとにかく冷静になってほしい。
「ずいぶんあの二人を
「い、いや、そういうわけでも……」
だって庇わないと、レリーナちゃんは今すぐにでもマジックバッグを抱えて飛び出して行っちゃいそうだったから……。
「…………ふぅ」
「レリーナちゃん……?」
「お兄ちゃん、ハーブティーを頂戴?」
「え? あ、うん、飲もう飲もう」
僕の説得が効いたのか効かなかったのか、何やら突然穏やかな表情を見せたレリーナちゃん。
とりあえずミリスペを飲む気になってくれたらしいので、これを飲んで少しでも落ち着いてくれるといいのだけど……。
「あ、そのままベッドで飲む? それとも起きられそう?」
僕がミリスペを用意してから、ベッドのレリーナちゃんに視線を戻すと――
「あれ?」
いない……。
今の今までベッドにいたはずなのに、レリーナちゃんは
「えぇ……。いったいどこに……うん?」
突然の事態に戸惑っていると、部屋の扉がひとりでに開いて……そして閉まった。
「なにこれ……」
なんかいきなり僕の部屋で怪奇現象が巻き起こっているんだけど……。
いったい何がどうなっているんだ。いきなりレリーナちゃんが消えて、扉が開いて、閉まった。なんだこれは……。
「……あ、そうか、それがそのまま答えか」
おそらくこれは――『隠密』スキルだ。
レリーナちゃんが消えて、扉が開いて、閉まった。
きっとレリーナちゃんが『隠密』スキルを発動させ、姿を消して、扉を開いて、閉めたのだろう。
「『隠密』スキルってこんな感じなんだね、全然わかんなかった」
扉の開け閉めをしていたであろうレリーナちゃんのことを、全く認識できなかった。すごいな『隠密』スキル。
気付けばレリーナちゃんのマジックバッグもなくなっている。姿を消して、マジックバッグを回収してから外へ出たのだろう。
「え、というかこれって……もしかしてレリーナちゃんは、父かジスレアさんのところへ向かったの……?」
そのことに気付いた僕は、慌ててレリーナちゃんを追うように部屋を飛び出した。
「待ってレリーナちゃん! 早まらないで!」
姿が見えないだけで、もしかしたら近くにいるかもしれないレリーナちゃんに向けて叫びながら、僕は家の外へ向かう。
ジスレアさんが無事なことを祈りつつ、それから隠密状態のレリーナちゃんに僕が刺されなかったことに少しだけホッとしつつ、僕はジスレア診療所へ向かって駆け出した。
急がねば。なんとしてもレリーナちゃんより先に診療所へ……いや、それはちょっと無理かもしれないけど、とりあえず急ごう!
このままでは――ジスレアさんが危険な目に遭ってしまうかもしれない!
あ、いや、もしかしたら父の方かもしれないけど…………ごめん父! 父は自分で頑張って!
next chapter:愛されキャラのアレク君
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