第285話 君を危険な目に遭わせたくなかった


 ディアナちゃんのお誕生日会が無事に終わり、その翌々日。

 いよいよレリーナちゃんに、世界旅行を報告する時がやってきた。


「え、今日ここでレリーナ様に伝えるのですか?」


「そうだけど……。どうしたのナナさん?」


 このあと自室にて、レリーナちゃんに旅のことを伝えるつもりだ。

 それで、とりあえずレリーナちゃんには僕の部屋まで来てもらうようお願いしたのだけど……。


「室内は、どうなのでしょう」


「どうって?」


「もう少し、人目がある場所の方がよいのでは?」


 どういう意味よ……。


「人目がなかったら、なんだっていうのよ……」


「それは確かにレリーナ様ならば、人目があろうがなかろうが関係ないのかもしれませんが……」


 そういうことを言ったつもりでもないんだけどな……。


「マスターは少し危機感が足りないのではないですか? 『しばらくジスレアさんと二人っきりで旅行してくるわー』と伝えるわけですよね? 刺されないと思う方がどうかしています」


「基本刺されるものだと考えておいた方がいいのか……」


 というか、僕だってそんな伝え方はしない。さすがにもうちょっと言葉は選ぶ。そんなあおるような言い方はしない。


「大丈夫だよ、僕だっていろいろ考えているから」


「そうなのですか……?」


「まぁ『秘策』ってほどでもないけど、一応はちゃんと考えているから大丈夫」


「……やはり心配です。マスターが『秘策』とか言い出したので、より心配です」


 なんでよ……。

 いや、まぁナナさんも心配してくれているみたいだし、それ自体はありがたいことなのかもしれないけど……。


「――ときにマスター」


「うん?」


「4-1湖エリアに船を浮かべる計画ですが、あれはどうなりましたか? 確か今年の夏までには、船と桟橋さんばしを完成させたいとおっしゃっていましたが」


「あぁうん。一年掛けてフルールさんとちょこちょこやってきたから、大丈夫だと思うよ?」


 桟橋はすでに完成しているし、船も小舟だからね、問題なく完成するはずだ。

 というか、実際に何そうかは完成している。


「夏までには、結構な数を揃えられるんじゃないかな?」


「ほうほう、なるほど」


「まぁ僕はもうすぐ旅へ出発しなきゃだから、後はフルールさん一人に任せることになっちゃって、そこは心残りだけどね」


 仕方がないこととはいえ、さすがに申し訳ない。

 夏まではあと二ヶ月ほど、できたら最後まで手伝いたかった。

 それに、僕も自分の目で多くの船が湖に浮かぶ風景を見たかった。


「それはそうと、なんで急にそんな話を?」


「いえ別に、なんとなくです」


「ふーん?」


「とりあえずあれですね、良い船が浮かぶといいですね――――良い船が」


「え……? う、うん……」


 なんだろう……。なんかちょっと不吉なことを言われた気がする……。



 ◇



「そっかー。船かー」


「そうなんだよ、船なんだよレリーナちゃん」


 というわけで、約束通り部屋に来てくれたレリーナちゃんと雑談を交わす僕。

 やっぱり少し切り出しづらくて、なんだかんだで一時間くらい雑談を交わしている。


 いやはや、どうにも尻込みしてしまうな……。

 今は普通にのほほんと会話しているレリーナちゃんだけど、いざ切り出したら、いったいどんな反応を示すのだろうか……。


「じゃあ夏になって船が完成したら、一緒に乗りに行こうねお兄ちゃん」


「そうだね、夏になったら――あ、いや、僕もそうしたいところなんだけど」


「ん? どうしたの?」


 ……ここか? うん、ここだな。ここだろう。このタイミングだ。

 よし、行こう。そろそろ行かねば。頑張れ僕。


「実は、レリーナちゃんに大事な話があるんだ」


「大事な話?」


「うん。その……今度ね、僕は旅に出なければいけないんだ。……人界まで」


「人界まで旅……? え、なんで? 危ないよお兄ちゃん。なんでそんなことを……」


「僕も自分から進んで行きたがったわけでもなくてね、話すと長いんだけど……」


「どういうこと……?」


 さて、いよいよレリーナちゃんの説得パート開始だ。

 それじゃあ順を追って話を進めていこうか。慎重に慎重に、細心の注意を払って進めていこう。


「前にみんなでワイルドボアを倒したでしょう? 瘴魔しょうまの刻に」


「瘴魔の刻……? あ、うん。私を逃すために、お兄ちゃんが体を張ってくれたときのことだね?」


「……え?」


 なんか軽く捏造ねつぞうが入っているな……。

 正確には、『ジェレッド君を助けるために、レリーナちゃんには逃げてもらった』が正しいんだけど……いや、まぁそこはいいか。


「えぇと、そんなようなことがあって、結果的に僕はワイルドボアを討伐したよね? それで、どうやら『ワイルドボアを倒したエルフは、外の世界を旅してくる』って決まりがあるらしいんだ」


「えー、そんな決まりがあるの……? 私は? 私は付いていっちゃダメなの?」


「うん……。ワイルドボアを倒したのは僕だけって判断がされたみたいで……」


「えー、じゃあ…………私も今からそれをやればいいのかな?」


 おぉう。やっぱりか、やっぱりすぐさまそんな発想に至るのか。

 なんかちょっとレリーナちゃんのトーンが変わった感じがして、少し怖い。『ば』のニュアンスが、少し不穏。


「実は……このおきてが適用されるのは、十五歳未満のエルフだけなんだ」


「え、じゃあ今から倒しても、私は付いていけないの?」


「ごめんねレリーナちゃん……」


「えー、なんで教えてくれなかったの?」


 そう言って、プンスコ怒るレリーナちゃん。

 まぁそれも仕方がない。今までレリーナちゃんをあざむいてきたのだ。レリーナちゃんが怒るのも道理。

 とはいえ、とはいえだ――


「やっぱり実際に戦ってみて、ワイルドボアはとても強敵だったから……。僕に付き添うため、レリーナちゃんがワイルドボアと戦う――そんなことが起きてほしくなかったんだ」


「お兄ちゃん……」


「僕は、レリーナちゃんを危険な目に遭わせたくなかった。僕のためにレリーナちゃんが傷付くなんて、そんなの耐えられない! もしもレリーナちゃんに何かあったら、僕は――!」


「お兄ちゃん……!」


 僕がレリーナちゃんと真正面から向き合い気持ちを伝えると、レリーナちゃんは頬に手を当てうっとりしている。


 ……よしよし。いい感じで説得できている。

 これが僕の考えていた秘策――『君を危険な目に遭わせたくなかった』である。


 いや、もちろんこれは僕の本心だ。レリーナちゃんを言いくるめるための嘘八百というわけではない。

 レリーナちゃんが一人でワイルドボアを探し回ったり、単騎で突撃なんて危険な真似は、さすがにしてほしくない。そんなことはやめてほしいという、僕の偽らざる本心である。


 ただまぁ、こう伝えればレリーナちゃんもある程度は許してくれそうかなーって、そんなことも思ったりして……。


 しかしながら、なんだかずいぶん早い段階で秘策を使ってしまった気もする……。

 まだ世界旅行についての詳細をほとんど話していない段階だというのに、もう切り札を使い切ってしまった。これから旅の期間とか、同行者の説明もしなければいけないというのに……。


 どうしよう。この後大丈夫かな……。もうすでに、万策尽きちゃったんだけど……。





 next chapter:君を危険な目に遭わせたくなかった2

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