第275話 鞍
今回僕は、
ナイフやらなんやらいろいろあったが、鞍のためにここまで来たのだ。
「鞍? そりゃああれか? 大ネズミの――ジェイドだったか? ジェイドの鞍か?」
「あー、そうですね、ジェイド君の鞍です」
ジェレッド親子は、僕のフリードリッヒ君を『ジェイド』と呼ぶ。まぁここは、僕も合わせてそう呼ぼうか。
それでそのジェイド君の鞍だが、以前本人とも話して、やっぱりあった方がいいんじゃないかという話になった。
本人は若干遠慮している様子だったが、たぶん乗せる方も乗る方も、あった方が楽だろう。
「そういやぁナナの嬢ちゃんが、よく乗ってんのを見掛けるな」
「そうですね。それで鞍があったらもっと乗りやすいかなと」
「なるほどなぁ」
「あ……。そういえばこの間は、またナナさんがご迷惑をお掛けしたようで……」
「あぁ……。あの嬢ちゃんは本当になぁ……」
一週間ほど前、ナナさんはミコトさんに村を案内していたのだが……何やらこのお店で騒動を起こして、つまみ出される事態になったらしい。
すっかり忘れてしまっていたな……。なにせその後に、もっと大きな騒動が起こってしまったもので……。
「その、いろいろと申し訳ありませんでした」
「まぁ構わねぇよ、いつものことだ」
「いつものこと……」
つまみ出されるのがいつものことってのは、あんまり好ましい状態ではない気がするけど……。
「あ、あとですね、そのときナナさんの他に女性が来たと思うのですが、どんな感じでした?」
「おう。確か、ミコトだったか? そんな名前の嬢ちゃんがいたな」
「嬢ちゃん……」
たぶんミコトさんは、ジェレッドパパよりだいぶ年上だと思われるのだけど……うん、まぁいいか。
「あの嬢ちゃんも、なんか変わってたな」
「おや、そうでしたか?」
父はミコトさんのことを、『どことなく神々しい』と言っていた。
もしかしたらジェレッドパパも、そんなふうに感じたのだろうか?
「俺のことをいきなり、『ジェレッドパパさん』とか呼び出してよう……」
「…………」
ここでもかミコトさん。ここでも引っ張られたか……。
「ありゃあなんだ? 誰のせいだ? 坊主のせいか? それともナナの嬢ちゃんのせいか?」
「いや、どうですかね……」
「つうかな、最近じゃあジェレッドが生まれる前からの知り合いにも『ジェレッドパパ』って呼ばれんだけどよ……それはおかしいだろうが……」
「そんなことが……」
いつの間にか、僕の呼び方がそこまで広まってしまったのか……。
「まぁ、えぇと……そんなわけで鞍が欲しいんです」
「お前……まぁいいけどよ」
僕が露骨に話題をそらしたところ、ジェレッドパパもそのまま流してくれた。さすがジェレッドパパ、大人だ。
「で、なんだ? 鞍も坊主が自分で作るか?」
「え、それはさすがに……」
なんかジェレッドパパが、いろいろ僕に作らせようとしてくる……。
いやしかし、さすがに鞍はちょっと……。
「下手なものを作ってナナさんが落馬なんかしたら――落馬? 落鼠? まぁそんな感じになっても困るので、ちゃんとした物をジェレッドパパさんに作ってほしいです」
「そりゃ確かにな。じゃあそうだな……一回ジェイドのサイズを測りてぇんだけど、今出せるか?」
「大丈夫です。では――『召喚:大ネズミ』」
「キー」
というわけで僕はジェイド君を召喚した。
ジェイド君はいつものように床からにゅっと現れ、それからジェレッドパパに気付くと、ペコリと頭を下げた。
相変わらず、とても礼儀正しい子だ。
……ナナさんもジェイド君を連れてきていれば、つまみ出されることもなかったかもしれない。
「さてジェイド君。以前話したように鞍を作ろうと思うんだけど、ジェレッドパパさんがジェイド君を採寸したいそうなんだ」
「キー」
「『わかりました。よろしくお願いします』と言っています」
「おう、任せとけ」
さぁいよいよ鞍作りだ。どんなんがいいかな? とりあえず希望は伝えるだけ伝えてみよう。
「やはりですね、できるだけ軽くて丈夫で装着が簡単で、乗り心地も乗せ心地も良い物を希望します。デザインもクールな感じでお願いします」
「ずいぶん欲張ったなおい」
「まぁできるだけで構わないので。――あ、あとですね、鞍から落ちないように、鞍に取っ手がほしいです」
馬とかなら、制御するために口や頭に掛かる
「それと、輪っかを付けてほしいんですよね」
「輪っか?」
「こう、鞍の両サイドからぶら下げる感じで、足を乗せる輪っかが欲しいのですよ」
いわゆる――
「あぁ、鐙か」
「……え?」
「鐙だろ?」
「え、いや……。そうですね、鐙なんですが……」
あれ? そうなの? 鐙って、もうこの世界にも普通にあるの?
……なんだそうか。僕と来たら、ちょっとばかし知識チートを解禁したような雰囲気を出してしまった。
……まぁいいさ、知っているのなら話は早い。
「そういうわけで、是非とも鐙をお願いします」
「おう」
「鐙は凄いんですよ? 鐙があることで馬のパワーを下半身から吸収して、騎乗で戦うことができるんです」
「お、おう。そうなのか?」
そんな話を、前世で聞いたことがある気がするのだ。
「よくわかんねぇけど、それじゃあちょっとジェイドを測るぜ? なんか服着てっけど、めくっていいか?」
「はい。……あれ? 素手ですか? 道具とか使わないんですか?」
「まぁいらねぇな」
「はえー」
ジェレッドパパが素手でジェイド君の胴体辺りをモフモフしている。メジャーとかも別にいらないらしい。何気にすごいな。
「……なんか妙に触り心地がいいなこいつ」
「ふふふ、大したものでしょう?」
自慢の毛並みだ。この毛並みをアピールするためにも、もう服とかやめようかなって思っているくらい、自慢の毛並みなのだ。
「サイズがこんなもんで……。ちょっと走るときの姿勢をとってみてくれるか?」
「キー」
「なるほどな……。よし、こいつのサイズは大体わかった」
「はー。あっという間ですねぇ」
軽くモフっただけで、もうわかったらしい。さすがジェレッドパパ。さすがメイユで一番の職人さん。
ジェレッドパパがいれば、メイユ村はあと二百年は安泰だ。
……あれ? いや、というかこの鞍はナナさんが座るための鞍なんだけど、ナナさんの採寸も必要なんじゃないの?
ナナさんの座る部分を採寸? それでいて、ジェレッドパパは素手で採寸するんでしょ……?
ってことは、つまり――
「いやいやいや……。さすがにそれは容認できませんよ? それはダメですよ? そういうのうちはやってないんですよ」
「何がだよ」
「何がって……。それはちょっと、僕の口からはとても……」
「何言ってんだお前……」
next chapter:神樹様の贈り物
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