第251話 そろそろ行こう
だいぶ夏の暑さも落ち着いた、ある日の午後。
僕は木材を眺めながら考え込んでいた。
「何を作ろう」
この木材――世界樹の枝を前にして、僕は悩んでいた。
とても貴重で優れた素材である世界樹の枝。この枝を使って作りたい物はたくさんある。
しかし、そのすべては作れない。さてさて、僕は何を作ろうか。
やはり武器だろうか? 今まで世界樹の剣、世界樹の弓ときたので、次は世界樹の槌か? 結構な太さもあるので、おそらくハンマーのヘッドにも使えると思う。
「とはいえ、世界樹の槌はどうにもな……」
どうしても少し
やっぱり僕としては、ジェレッドパパのお店のハンマーを使いたいという気持ちがある。あの感慨深いハンマー。未だに持ち上がらないあのハンマー。あれをいつか使いたいって気持ちがある。
たぶん世界樹の槌なんてものを作ったら、僕があの感慨深いハンマーを使う未来はなくなってしまうだろう。それはなんだか少し微妙。
「どうしたもんかな。それじゃあやっぱり人形を作ろうか?」
この枝でユグドラシル神像を作ったら、それはもうユグドラシルさんな気がする。
ユグドラシルさん本人にそう伝えたところ、『意味がわからん』と返されたが、やっぱりユグドラシルさんだと僕は思う。
真・ユグドラシル神像、作ってしまおうか。
「あるいは、戦闘用の防具なんてのもいいな」
武器じゃなくて防具。防具もありだと思う。なにせ軽くて硬いからね。
上手いこと『ニス塗布』と組み合わせて、世界樹の鎧とか出来んもんかな。
「あとは何かな……矢とか作ってみても面白いかな?」
ちっちゃく切って尖らせて、矢じりにするのもありかもしれない。
たぶん、結構な破壊力をもつ矢になると思う。……実際僕も、世界樹の木片で死にかけたことがあるし。
「うーん、悩ましい。やっぱり戦闘用の武器やアイテムなのかな? ゆくゆくは世界旅行に出発しなければいけない身だし、それまでに戦力の底上げを狙いたいって気持ちも――」
「アレクー」
「うん? はーい、今開けまーす」
世界樹の枝を眺めながら悩んだり妄想したりしていたところ、部屋の外から僕を呼ぶ声が聞こえた。
声に返事をしてから僕は立ち上がり、扉を開けにいく。
扉の向こうには――
「やぁ」
「こんにちはジスレアさん」
ジスレアさんだ。特に約束はしていなかったと思うけど、もしかしてまた『修行』だろうか? 最近はこうして唐突にジスレアさんが現れることも多い。
「今日はどうしたんですか?」
「うん。ちょっとアレクに話があって」
「話ですか? えぇと、とりあえず中へどうぞ」
話? 修行じゃないのかな? 今日は特に予定もないし、二人で修行に出掛けるのも全然構わないのだけど? むしろ望むところなのだけど?
いや、別にのんびりお喋りに興じるのも悪くはない。それもまた望むところだ。
「アレクは何をしてたの?」
「ああはい。これで何を作るか考えていました」
「それは?」
「世界樹の枝です。ユグドラシルさんから貰ったんですよ。
世界旅行を控える僕に、ユグドラシルさんがプレゼントしてくれたのだ。
餞別として何がいいか迷ったらしいが、とりあえず僕には枝を与えておけば喜ぶと判断したらしい。
ちなみに、その日はちょうどユグドラシルさんごめんなさいリストを消化する日で、僕はユグドラシルさんに二代目さんの
床に
「これで旅に役立つ道具でも作ろうかと考えていまして」
「へー」
「あ、ジスレアさんはどう思います? 旅に向けて、何があったら便利だと思います?」
「その枝で? そうだな……」
『うーん……』と、真剣に考え込むジスレアさん。旅慣れているらしいジスレアさんからは、何か良いアイデアが出てくるかもしれない。
ちょっと期待して僕が待っていると――
「
「背負子?」
背負子ってのは……あれかな? 荷物を背負って運搬するときに使うあれかな?
え? いるかな? マジックバッグがあるんだし、別にいらないような気がするんだけど。
「それは、マジックバッグじゃダメなんですか?」
「マジックバッグに、人は入らないから」
「人? え、それはどういう――」
あっ……。
……うん。ジスレアさんが何を背負って移動しようとしていたのか、ようやく理解した。
ジスレアさんが背負子に載せようとしたものは――僕だ。
僕を背負って移動したら、いろいろ
そのために、背負子があったらいいと思ったのだろう……。
「その、できたら僕も自分の足で歩きたいのですが……?」
「そう?」
「はい……。いえ、むしろそれでジスレアさんにご迷惑を掛けてしまうかもしれませんが、できたら自分の足で……」
「そっか。うん。わかった」
「お願いします……」
さすがに背負子で運ばれて世界旅行は、ちょっとイヤだ……。
それなら台車とかの方がまだ――いや、やっていることは変わらんか。
「ところでアレク、今日はその旅のことで来た」
「旅のことで? えぇと、なんでしょう?」
「そろそろ行こう」
「はい?」
「そろそろ旅に出発しよう」
「え?」
そろそろ出発? ……え、もう!? もう出発なの!?
僕の考えでは、あと四年くらい村に引きこもるつもりだったんだけど……。
「も、もうですか……?」
「アレクがワイルドボアを倒してから、もう一年経った」
「え? あぁ、あれからもう一年も経ちますか……」
「この一年で、アレクは十分修行を積んだと私は思う」
……正直、僕はあんまり思わない。
確かにジスレアさんとはいろんなところへ出掛けたけど、修行って感覚もほとんどなかったし……。
でもジスレアさんもこう言ってるし、案外僕は成長しているんだろうか? 実感はあんまりないけれど……。
「そもそもアレクは、一年前の時点で十分実力があったと思う」
「そうなんでしょうか?」
「ワイルドボアを倒せたのだから、実力はある」
「あー……」
あれはまぁ、回復薬のおかげなのですが……。
「特にアレクの『パラライズアロー』。ワイルドボアを封殺できるのはすごい」
「封殺……」
一発につき、三秒しか封じられなかったのですが……。
「というわけで、出発しよう」
「はぁ……。えぇと、いつ頃から……?」
「明日とか?」
「明日!?」
「ダメなら明後日とか」
いや、明日も明後日も大して変わらん。
「さ、さすがにそれは急すぎやしませんか? その、できたらもう少し
「どのくらい?」
「え? えぇと、そうですね……」
僕としては、あと二回チートルーレットを回してから出発したかった。
なので、あと三年か四年はほしいのだけど……この雰囲気だと、さすがにそこまでは待ってくれない気がする。
せめて、一回は回したいところなんだけど……。
「あ、そうだ」
「ん?」
「とりあえず、ディアナちゃんが十五歳になるまでは待っていただけないでしょうか?」
「ディアナ?」
「はい。前に話しましたよね? レリーナちゃんやディアナちゃんに、ワイルドボアと世界旅行の情報を知られたくはないって」
「あぁ、そうか。それでディアナが十五歳になるまでか。……ディアナの誕生日はいつだっけ?」
「えぇと、あと半年くらいです」
ディアナちゃんの誕生日が、約半年後。
そして、僕の現在のステータスが――
名前:アレクシス
種族:エルフ 年齢:15 性別:男
職業:木工師
レベル:24(↑1)
筋力値 17
魔力値 14(↑1)
生命力 8
器用さ 32(↑2)
素早さ 5
スキル
剣Lv1 槌Lv1 弓Lv1 火魔法Lv1 木工Lv2 ダンジョンLv1
スキルアーツ
パワーアタック(槌Lv1) パラライズアロー(弓Lv1) ニス塗布(木工Lv1) ヒカリゴケ(ダンジョンLv1)
複合スキルアーツ
光るパワーアタック(槌) 光るパラライズアロー(弓)
称号
剣聖と賢者の息子 ダンジョンマスター
――こんな感じだ。
ペース的に、あと四ヶ月もあればレベル25に到達すると思う。半年後のディアナちゃんの誕生日までに、一回はチートルーレットを回せるだろう。
「うん。それじゃあ半年後に出発しよう」
「……はい」
……ということになってしまった。
なんとも急な出発だ。あと半年あるとはいえ、そう感じる。
僕としては、十九歳まで引きこもるつもりだったのにな……。
チートルーレット二回とか、あと四年で『水魔法』取得とか、いろいろ出発までの流れを作ってきたはずなのに、すべて御破算だ。
残り半年か……。
とにかくレベルを25に上げて……あとは何ができるだろう? 世界樹の枝を使った新アイテム作製くらいは、なんとか間に合うだろうか? ……なんだかそれすらも間に合わない気がしてきたな。
こんなことなら、もっと本気で真面目に修行しておけばよかった……。
next chapter:ナナさんはどうする?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます