第221話 『丸のこ』VS世界樹


 これからナナさんは『丸のこ』を飛ばして、僕が手に持っている角材を切るという。

 果たして無事に成功するだろうか。


 ……いや、正直それ自体は別に失敗してもいい。角材の切断には失敗してもいいから、僕に当てるのだけはやめてほしい。


「いきまーす」


「おっけー」


 三十メートルほど離れた距離から、ナナさんが軽い感じで合図を出してきたので、僕も軽い感じで返事をした。

 実際にはかなり怖い。内心ビビっている。


「では――『丸のこ』『丸のこ』」


「ひぅ」


 何故か二連発で放たれた『丸のこ』が、かなりの速度でこちらへ向かって飛んできた。

 ぐんぐん迫ってくる二連の『丸のこ』を見ていると、角材を放り出して逃げたくなる。というかなんで二連なんだ。


「――おぅ」


 『丸のこ』が角材へ命中し、軽い振動が手に伝わる。

 そして『丸のこ』は、僕が持っていた角材を綺麗に三等分した。


「怖ぇ……」


 握っていた角材の断面を見てみるが、やはり綺麗にすっぱりと切られていた。怖い。


「うまくいきましたね」


「うん……」


 軽くドヤ顔をしながら、ナナさんが小走りで戻ってきた。


「実はこれを見せたくて、わざわざ訓練場まで来たのです」


「そうなんだ……」


 確かにこれは訓練場でやるべきだな。家の庭で『丸のこ』を飛ばすのは、たぶんあんまりやるべきじゃない。


「それで、どうでしたかマスター?」


「あ、うん。凄いね。遠くから放ったのに、見事に三等分だよ」


「そうでしょうそうでしょう。メ◯ルマンみたいだったでしょう?」


「メタ◯マン……」


 まぁ僕的にはわかりやすい例えだけどね……。

 メ◯ルマンか……。メ◯ルブレードのように、威力や連射力や燃費も良いんだろうか。


「そういえば威力ってどんなもんなの? 威力というか、切断力? どんなもんなんだろう?」


「そこですよマスター」


「ん?」


「『丸のこ』がどの程度木を切れるか、そこは私も気になります。もっと硬い木に挑戦したいと思っていたところなのです」


「硬い木? 硬い木っていうと……世界樹くらい硬い木?」


 硬い木といえば世界樹だ。やはり真っ先に思い浮かぶ。なにせ硬いから、とんでもなく硬いから。


「さすがマスター。そうなのです。是非とも私は――世界樹を切ってみたいのです」


「……世界樹を?」


「世界樹を切りたいのです」


「…………」


 なんか不穏な発言に聞こえてしまうから、言い回しには気を付けようナナさん。

 僕も似たようなことを言って、『何故わしを倒そうとする』って怖がられたことがある。


「ちなみに、その流れでネックレスのことを思い出したのですよ」


「え? あー、そうなんだ」


 今も僕の首に掛かっている世界樹のネックレス。

 ナナさんは、『丸のこで世界樹にチャレンジしたい』と考えたところで、忘却していたネックレスのことを思い出したらしい。


 ……流れのまま、ネックレスに『丸のこ』を撃ち込んだりしないでくれてよかった。


「というわけでマスター。世界樹の枝は余っていませんか?」


「んー。ちっちゃい木片くらいなら、たぶんあると思うけど」


 世界樹素材はとても貴重なので、そういった木片でも捨てずにとっておいたはずだ。

 僕がマジックバッグに手を突っ込んで探してみると――


「あったあった。といっても、かなり小さいけど」


 マジックバッグから見付けたのは、三センチほどの小さな木片。


「切っても構いませんか?」


「構わないよ?」


 そりゃあ構わないけど、果たして本当に切れるのだろうか?

 いくら小さな木片とはいえ、世界樹の枝だ。硬さは折り紙付きである。


 ナナさんの『丸のこ』が、世界樹の木片を切れるか否か。

 『丸のこ』VS『世界樹』――なんだかちょっとワクワクしてきたね。どうなるんだろう?


「ですが、さすがにちょっと小さいですね。押さえるのに苦労しそうです」


「あ、そっか。押さえておかないと、木片が『丸のこ』に弾かれちゃうのか」


 この硬い世界樹の木片が高速で打ち出されたら、かなり怖いな……。

 当たったら、洒落にならないくらいの怪我をしそうだ……。


「うーん……。『ニス塗布』でくっつけてもらえますか?」


「ん? あぁ、台に『ニス塗布』でくっつけるのかな?」


「はい。お願いできますか?」


「いいよ。――『ニス塗布』」


 作業台代わりにしていた木材、その上に世界樹の木片を置き、『ニス塗布』で固定した。


「ではこれで、『丸のこ』をぶつけたいと思います」


「うん……」


 ナナさんは、作業台代わりの木材を両手で押さえた。そして押さえた手の少し先には、『ニス塗布』でくっついた世界樹の木片。

 そこへ『丸のこ』をぶつけるとのことだ。


 ……ニスが剥がれたりしないかな?

 なんというか、『丸のこ』VS『世界樹』と同時に、『丸のこ』VS『ニス塗布』って様相を呈してきたな……。


「では、いきます」


「えぇと、頑張ってナナさん」


「はい。ありがとうございます。――『丸のこ』」


 ナナさんは呪文を唱え、新たに『丸のこ』を生み出した。

 そして『丸のこ』は、ゆっくり世界樹の木片へ近付いていく……。


「さぁさぁ、私の『丸のこ』は、果たして世界樹を切れるのか――――あわわわわ」


「あわわわわ」


 『丸のこ』が木片に接触した瞬間、『ガガガガガガガ』という耳障りな金属音と共に、大量の火花が舞った。


「なんか凄いことに! ――あ! というか火気厳禁! ここは火気厳禁だから!」


「は、はい!」


「早く止め――ガッ」


「マスターー!」


 何かが……。金属音と火花が止んだと思ったら、何かが僕の方へ……。


「マスター! 大丈夫ですかマスター!」


「痛ったい……」


「マスター……」


「あ、うん。一応大丈夫みたいだけど……」


 なんなの? いったい何が……。


「『丸のこ』が、世界樹の木片を弾き飛ばしてしまいました」


「あー。そうなんだ」


 『丸のこ』に弾かれた木片が、僕を直撃したのか……。


 ということはつまり、『ニス塗布』は負けてしまったのか……。痛い思いはするし『ニス塗布』は負けるし、踏んだり蹴ったりだ。


「どうやら下の木が保たなかったようです」


「へ? あ、本当だ」


 見てみると、作業代の代わりにしていた木が軽くえぐられていた。

 そして地面に転がっている世界樹の木片には、ニスと作業台の一部がくっついている。


 なるほど。『丸のこ』の回転に、世界樹もニスも耐えたけれど、作業台が耐えられなかったらしい。

 『ニス塗布』が負けたわけではないようで、僕的にはちょっと満足。


「しかしびっくりした。思わず転んじゃったよ。ひとまず怪我はないみたいだけど――」


「それが守ってくれたようです」


「うん?」


 ナナさんが指差したのは、僕の首に掛かっている世界樹のネックレス。

 んん? どういうことだろう? 見た感じ、特に変わった様子はないけれど?


「弾き飛ばされた木片が、ネックレスに直撃していました」


「え……。本当に?」


「はい。しっかり見ていました」


「そっか、ネックレスに……。そんなこと、本当にあるんだね……」


 胸ポケットに入れたコインやペンダントが銃弾を防ぐ――映画やドラマなんかではよくあるけど、まさか我が身で体験することになろうとは……。 


「よかったですねマスター。見事に生存フラグが作用しました」


「今日ナナさんからネックレスを渡されたのは、生存フラグだったのか……」


「気を付けてくださいね? そういった生存フラグは、大抵は一回限りですから」


「そうなんだ……」


 そんな貴重なものを、こんなことで使ってしまったのか。

 ……というか、僕は死ぬところだったのか。


「そういえば、世界樹の木片はどうなったの?」


「傷一つ付いてませんよ。少し悔しいですね」


「世界樹は硬いなぁ……」


 あんだけ大事になっていたのに、傷一つないとは。

 さすがだ、硬すぎる。


 ……そんな硬い世界樹が、高速で僕に直撃しかけたわけだ。

 なんか本当に危うく死ぬところだった気がしてならない。今さらながら、震えがくるな……。





 next chapter:『光るパラライズアロー』

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