第220話 『丸のこ』


 新たにスキルアーツを取得したというナナさんに連れられて、僕は村の外れにある訓練場までやってきた。


「わざわざ訓練場まで来たってことは、『弓』のスキルアーツかな?」


「『木工』ですね」


「あれ? そうなんだ?」


 それだったら、僕の部屋か庭でもよさそうなものだけど?


「庭の作業場でもよかったのですが、いろいろとありまして」


「ふーん?」


 家の庭には作業場がある。ずいぶん前に僕が作った木工作業用のスペースだ。

 大掛かりな木工作業なんかは、そこで行っている。


 しかし、そこでも使用に適さない『木工』のスキルアーツとはいったい……。


「では発表します。私が取得した『木工』スキルのスキルアーツは――」


「ごくり」


「『丸のこ』です!」


「『丸のこ』!」


 ……ふむ?


 丸のこってのは、あれかな? 円形の刃が付いている、チェーンソーのちっちゃいバージョンみたいなやつかな?


「百聞は一見にしかず。実際に見てもらいましょうか」


「あ、うん」


「試しに何か木を切ってみようかと思います。適当に木材を出していただけますか?」


「いいよ? ちょっと待ってて」


 僕はマジックバッグから、作業台代わりの木を取り出して地面へ置く。

 そしてその上に、細めの角材を置いた。


「じゃあ、この角材で」


「ずいぶん細いですね」


「……とりあえず、こんなんで見てみたいかなって」


 ナナさんの『丸のこ』がどんなものかわからなかったので、かなり細い木にしてみた。


 これなら切れないってこともないだろう。

 満を持して披露ひろうした『丸のこ』が、残念な結果に終わることもないだろう……。


「ではいきます。――『丸のこ』」


「お、おおぉ……」


 ナナさんが腕を前に突き出し、広げた手のひらの先に――円形のやいばが現れた。


「これが、『丸のこ』……」


「そうです。『丸のこ』です」


「刃がむき出しで、ちょっと怖いね」


 むき出し――というよりは、むしろ刃しかない。出現したのは円形の刃だけだ。

 空中に浮かんだ直径十五センチほどの円形刃が、高速で回転している。


「気を付けてください。指程度なら簡単に切断されます」


「ふぇぇ……」


 僕は思わず手をグーにして、『丸のこ』から距離をとった。


「……すみません。ちょっと言ってみたかっただけです」


「えぇ……」


 何だそれは……。それっぽいことを言ってみたかっただけか……。


「人の指に『丸のこ』を押し付けたことなんてないのでわかりませんよ。とりあえず危ないので近付かないでくださいね」


「うん。……ところでさ」


「はい?」


「ちょっと気になったんだけど……この音は何?」


「音?」


 高速で回転している『丸のこ』からは、『ヴイーン』というモーター音が聞こえてくる。


 ……おかしくない? なんで刃しか回っていないのに、こんな音が鳴るんだ?


「丸のこは、こういうものでは?」


「いやまぁ、丸のこはそういうものかもしれないけど……」


 そりゃあ前世の丸のこはそうだろうさ。モーターが付いてるんだから。

 だけどナナさんの『丸のこ』は刃だけでしょ? なんで『ヴイーン』って鳴ってるの? その音はどこから出てるの?


「じゃあちょっと下げます」


「下げる?」


 ナナさんが回転している『丸のこ』に手をかざすと、回転数はそのままにモーター音だけ小さくなった。


「音量調節できるんだ……」


「できるみたいですね。実は私も初めてやってみたのですが」


「そうなんだ……」


 スキルアーツって、妙に自由が利くよね……。


「それでは、実際に木を切ってみます」


「あ、うん。頑張って」


「ありがとうございます。ではでは、まずは木を押さえて……」


 僕が用意した細い角材を、ナナさんが上から両手で押さえた。


「しっかり押さえないと、『丸のこ』の回転に押されて木が吹っ飛ぶのですよ」


「はー、なるほど」


「初めて『丸のこ』で木を切ったときには、吹っ飛んだ木材ですねを痛打しました」


「そっか……」


 それは、気を付けないといけないね……。


 ……気を付けるべきだと思うけど、ちょっとだけその場面は見たかったかもしれない。

 

「では、いきます」


「うん」


 ナナさんが角材を手で押さえたまま、視線だけを『丸のこ』に送ると、『丸のこ』がゆっくりと角材に向かって前進を始めた。

 そしてそのまま――角材を切りながら通過した。


「おー」


「ふふふ。どうですか、私の『丸のこ』は」


 切断されて、ぽとりと落ちた角材の先を拾い上げて断面を確認してみるが、とても綺麗にまっすぐ切られている。


「いやー、すごいね。大したものだ」


「そうでしょうそうでしょう」


「速いし綺麗だし正確だね」


 ノコギリでギコギコやるよりも速いし楽そうだ。羨ましいスキルアーツである。


「ちなみに、戦闘でも使えるのですよ」


「戦闘でも?」


「モンスター相手に試してみたのですが、歩きキノコや大ネズミくらいなら、ざっくりと切断できました」


「そうなんだ……」


 キノコはまだしも、ネズミはなかなかスプラッターな画になりそうだな……。


「射程距離はどのくらいだろう? 今のを見た感じだと、結構近付かないとなのかな?」


「はい? あぁ、これ飛ばせますよ?」


「飛ばせる?」


「ちょっとやってみましょう。どうぞ」


「え?」


 ナナさんは細い角材を僕に手渡してから、小走りでこの場から離れた。


 ……え、いったい何を?


「では、飛ばしまーす。構えてくださーい」


 三十メートルほど離れたナナさんが、僕に向かってそんなことを言う。


 ――そこで気付いた。

 『構えて』ってのは、たぶん角材のことだろう。どうやらナナさんは、三十メートル先から『丸のこ』を飛ばして、僕の持つ角材を切断するつもりらしい。


「ウィリアム・テルの息子になった気分だ……」


 むしろナナさんは、娘的存在だというのに……。


 仕方なく僕は角材の端っこを握り、なるべく体から離すように持った。


「準備はいいですかー?」


「いいよー」


 ……あんまりよくもない。かなり怖い。





 next chapter:『丸のこ』VS世界樹

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る