第219話 良いニュースと良いニュース
「浮き輪もいいのですが、私は渓流下りがしたいのです」
とりあえず浮き輪の型をどうしようかと考えていたところ、ナナさんがそんなことを言い出した。
「渓流下り?」
「そうです。したいのです」
「したいのですって言われても……」
そんなことを言われても困る。僕にどうしろと?
「え、まさか僕に船を造れって?」
「造れませんか?」
「えぇと、さすがにそれは……」
いきなり無茶を言うなぁナナさん。
さすがにちょっと無理だ。船造りなんて、かなり専門的な知識が必要になるはずだし、適当に板を切り貼りしただけで造れるとも思えない。
「ゴムボート的な物でもいいのですが」
「ゴムボート?」
「私がやりたいのはラフティングなので、むしろゴムボートの方が好ましいです」
「ふーむ。ゴムボート……」
「『ニス塗布』で造れませんか?」
「んん?」
『ニス塗布』で、ゴムボートを……?
どうなんだろう。さすがにそこまでの耐久性はないと思うんだけど……。
だけど案外いけるのか? 万能スキルアーツの『ニス塗布』ならば、あるいはやってくれるのか?
……とはいえ、やっぱり何人も乗ったら普通に千切れそうな気もする。進水式で沈没する未来もちょっと予想できる。
「まぁ急いでいるわけでもありませんし、いつでも構いません」
「うん、まぁ、気長に待っていて……」
できるかわからないし、大変そうだし、どう考えても面倒くさい作業だと予想されるので、なるべく気長に待っていてくれるとありがたい。
「よろしくお願いします。私は信じています、いつかマスターが素晴らしいボートを造ってくれると」
「素晴らしいボートねぇ……」
「Nice boat.」
「…………」
なんだかナナさんに意味深な発言をされた気がする。不吉な未来を暗示された気がする。
「それはさておき、マスター」
「ん?」
「そもそもですね、私はマスターにお話ししたいことがあって来たのです」
「あ、そうなんだ」
ただなんとなく遊びに来たわけではなく、ちゃんと用事があったらしい。
そういえばナナさんが僕の部屋に来て、そのまますぐ浮き輪の話になだれ込んでしまったんだっけか。
「ごめん、それで話って何かな?」
「マスターに良いニュースがあるのです」
「良いニュース?」
「といっても別に――マスターの活躍が書籍化されるとか、そういったことではないのですが」
「うん?」
僕が、書籍化……?
「マスターも異世界転生者なのですから、書籍化のひとつやふたつしたいのではないですか?」
「んん……?」
ナナさんの言っていることが、わかるようでわからない……。
そりゃあ異世界転生ものを書いている作者とかなら、書籍化はとても嬉しいことなのだろう。
だけど僕は別に作者とかではなく、異世界転生しちゃった本人なわけで、書籍化と言われても……。
「なんですか? 憧れないのですか? 書籍化ですよ? マスターの活躍が本になるのですよ?」
「うーん……」
「いえ、まぁ確かにマスターはあんまり活躍とかしない人ですけど」
「ちょっと」
……そりゃあ確かにそうかもしれないけどさ。
確かに転生後の人生を振り返ってみると、地味で微妙な活動しかしていない気がする。異世界転生ものの主人公として僕が適役かといわれると、僕自身、首をかしげざるを得ない。
「とりあえず、良いニュースというのは書籍化ではないです」
「まぁうん、だろうね……」
「マスターのチーレム物語の書籍化は、もう少々お待ちください」
「チーレムて……」
僕はそんな物語を
「まぁいいや。それで、結局良いニュースってのはなんなの?」
「二つあるのですよマスター。良いニュースと……まぁ、良いニュースですね」
「両方とも良いニュースなの……?」
「そうですね。良いニュースと良いニュースがあります」
「……それは良いニュースだね」
たぶんナナさん的には、『良いニュースと悪いニュースがあります』みたいなことを言いたかったのだろう。
だけど、よくよく考えたら、どっちも良いニュースだったそうだ。
「どちらから聞きます?」
「えぇ……」
どっちも良いニュースなのに……。
「じゃあ……最初の方の良いニュースから聞かせてくれるかな?」
「わかりました」
……なんだか『良いニュース』がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
「実はマスターにプレゼントがあるのです」
「プレゼント?」
ナナさんは服のポケットに手を入れ、そこから何かを取り出した。
「どうぞ」
「あ、うん、ありがとう。えぇと、これは……ネックレス?」
ナナさんに手渡されたプレゼントはネックレスだった。
木製の飾りに革紐が繋がっているシンプルな作りのネックレスだ。
「へー、へー。良いねこれ、格好いい」
「私が自作した物です」
「そっかそっか。嬉しいよ。ありがとうナナさん」
これは良い。普通に良い物を貰ってしまった。まさかまさか、本当に良いニュースだったじゃないか。
「トップの木は、マスターに譲っていただいた世界樹の枝となっております」
「え? あぁ、これってそうなんだ」
革紐にぶら下がっている円形の飾りは、世界樹の枝だそうだ。
以前に僕はユグドラシルさんから枝を貰って世界樹の弓を作ったわけだが、そのときにナナさんから、自分にも枝を少しわけてほしいとお願いされたのだ。
どうやらそのときの枝で、ネックレスを作ってくれたらしい。
「世界樹の枝か。なんだかそう言われると、とても霊験あらたかな物に感じる」
とてもありがたい物に感じる。なんかそんな気がする。
「しかし世界樹の枝は硬かったですね。完成までずいぶん時間がかかってしまいました」
「あぁそうだよね、やっぱり硬いよね。……って、あれ? じゃあナナさんは、一年以上これを作っていたの?」
ユグドラシルさんから枝を貰ったのは、去年の春頃だったはずだ。
だとするとナナさんは、一年半もの間ネックレス作りを頑張って――
「制作日数は一ヶ月くらいですかね」
「あれ?」
なんか案外すぐに完成してるな。
いやまぁ、一ヶ月ってのも制作期間としては十分長いものだとは思うけど。
「せっかくなので、世界樹の弓が完成したときに渡そうと思っていたのですよ。『完成おめでとうございます。実は私もこれを――』みたいな感じで」
「あ、そうなんだ」
「それで弓の完成を待っていたのですが、いつまで経っても弓が完成しませんで……」
「世界樹の弓は、本当に一年くらい掛かったからね……」
「ようやく弓が完成したと思ったら……マスターはしょんぼりしながら弓を抱えて戻ってきました」
「弦がなぁ……」
世界樹の弓は弦が硬すぎて、僕では引くことができなかった。というか今も引けない。
結局僕は、まだ一度も世界樹の弓で矢を射てたことがなかったりする。
「そんなわけで、ネックレスを渡すタイミングを完全に失っていたのです」
「そんなことがあったんだ……」
「そのうち存在自体すっかり忘れてしまっていたのですが……最近ふと思い出したので、持ってきました」
「そっか……」
そこまでがっつり忘れてしまっていたのか……。たぶん結構貴重な物だと思うし、エルフ的には
「とにかく嬉しいよ。ありがとうナナさん」
「喜んでいただいて何よりです。マスターに喜んでいただくことが、私――ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田の喜びでもあります」
「……うん」
立て続けに、二度も文字数稼ぎを許してしまった。
いかんせんプレゼントを貰って感謝している立場なので、止めることもできず。
「とりあえず付けてみてもいいかな?」
「もちろんです」
「じゃあ早速……」
僕はナナさんが作ってくれた世界樹のネックレスを――というか、世界樹のネックレスか。
そう呼ぶと、なんだか本当に貴重なアイテムっぽく感じる。ステータスとか上がりそう。
『素早さ』とか上がったら良いのにな――なんてことをぼんやり考えながら、僕は世界樹のネックレスを首にかけた。
「どうかな?」
「よくお似合いです」
「ありがとうナナさん」
「マスターは何でも似合いますね。やはり顔は良いですからね」
「……それは褒めてくれているんだよね?」
毎度のことながら、ナナさんは微妙に引っかかる物言いをする。
「では続いて、後の方の良いニュースです」
「ん? あぁそっか、良いニュースが二つあったんだっけ」
最初の方の良いニュースは、意外にも本当に良いニュースだった。
これはもしかして、後の方の良いニュースにも期待していいんじゃないだろうか?
「お喜びくださいマスター。マスターの忠実なナビゲーターである私、ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス――」
「ヘイ」
「はい」
さすがにそれはダメだよナナさん。三度目はダメだ。立て続けに三度はダメだって。
「マスターの忠実なナビゲーターである私に、新たな力が備わったのです」
「新たな力?」
「私は、手に入れたのです――新たなスキルアーツを」
next chapter:『丸のこ』
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