第218話 ぷかぷかと流されていくエルフ達
「アレク坊っちゃん、少しよろしいですか?」
「……うん?」
自室のドアがノックされ、ナナさんの声が聞こえてきた。
別にいいんだけど、毎度その呼び方が引っかかる。
周りに人がいたり、誰かに聞かれそうな場合、ナナさんは僕のことを『マスター』ではなく『アレク坊っちゃん』と呼んでくるのだ。
基本的にナナさんは、人の名前を様付けで呼ぶ。なので以前は僕も『アレク様』と呼ばれていたのだけど……どうしても『様』ってのは慣れない。
というわけで変更を要求したところ――アレク坊っちゃんになってしまった。
やはり様付けの方がまだマシだったろうか? だけど『アレク様』ってのも、やっぱりなぁ……。
「坊っちゃん? 坊っちゃーん?」
「あ、入っていいよー」
軽く物思いに
「失礼します」
「うん」
「おや? 夏も終わってずいぶん経つというのに、まだマスターは浮き輪作りですか?」
「まぁね……」
ナナさんの言うように、僕は部屋で黙々と浮き輪作りに励んでいた。
部屋の隅っこにある浮き輪台には完成済みの浮き輪が三つ重なっていて、手元には作りかけの浮き輪と、かんなくずが散乱している。
「もうだいぶ作ったと思いますが、まだ足りないのですか?」
「どうなんだろうね。夏の間は全然足りなかったから、とりあえず追加で作ってるんだけど……」
「マスターの浮き輪は、かなり好評でしたからね」
「うん……」
……もう、かれこれ一ヶ月近く前のことだろうか。
初めて浮き輪を4-1エリアに放出したとき、僕は二十四個の浮き輪を用意した。浮き輪二十四個――浮き輪台三つ分である。
浮き輪台ごと4-1エリアに設置した僕は、すぐ近くに『ご自由にお使いください。遊び終わったらここへ戻しておいてください』と書いた看板を立てて、その場をそそくさと離れた。
ひとまず離れた場所から浮き輪を見守っていると……すぐに水着エルフ達が群がってきて、興味深そうに浮き輪をぷにぷにと
興味をもってくれたのは嬉しいけど、よく考えたら誰も浮き輪の使い方なんて知らなかったのだ。
どうしたものか、やはり僕が出ていって説明した方がいいのだろうか? そんなふうに少し迷いながらも、僕は辛抱強く見守ることに。
そうこうしているうちに、なんとなく使い方を理解したのか、水着エルフ達は浮き輪を抱えたまま湖に向かっていった。
それぞれ浮き輪の穴に体を通したり、浮き輪の上に座ったりしながら、湖に浮かぶ水着エルフ達。
ひとまず浮き輪自体に問題はないようで、破れたり水に沈んだりもせず、しっかり浮き輪としての役目を果たしていた。
浮き輪に乗って、ぷかぷかと流されていくエルフ達を見送り、なんとなく満足した僕は、家に帰ろうとした。
しかし帰り際、僕は見てしまったのだ――
「すっかり
「浮き輪エルフと水着エルフて……」
「なんだかとても物悲しい気持ちになったよ……。あんな光景を見たら、浮き輪作りを頑張るしかないじゃないか」
「そうですか……」
それから僕は、毎日浮き輪を作っては4-1へ設置、作っては設置を繰り返していた。
……だがしかし、結局十分な数を提供することができないまま、夏は終わってしまった。
ちなみに浮き輪は、みんなで代わりばんこに使っていた。
『数少ない浮き輪を奪い合って、争いが始まってしまう?』なんて心配を少しだけしていた僕だったけど、そこは穏やかでのんびりとしたメイユとルクミーヌのエルフ達だ。流れる湖を一周したところで、次の人と交代していた。
そんな平和でほのぼのとした光景もまた、僕のモチベーションへと繋がる。
頑張ろう。みんなのために、頑張って浮き輪を作ろう。
「来年の夏には、浮き輪が足らないなんてことがないように、今のうちから一生懸命作っているんだ」
「今から準備ですか……」
「アリだよ、僕はアリになるんだ。キリギリスではなく、働き者のアリになるんだよナナさん」
「正直余りそうな気すらしてきましたが……。今現在で、いくつできたのですか?」
「うん? いくつ? えーと……いや、ごめん。ちょっとわかんない」
あんまり数えていなかった。とりあえず作れるだけ作って、4-1エリアの更衣室に押し込んでいる現状だ。
家にあっても邪魔なので、今は使われていない更衣室で保管している。
夏になって更衣室が必要になったら、そのタイミングで浮き輪も外に出せばいいだろう。
「正確な数はわからないけど、浮き輪を押し込んでいる更衣室が、もうすぐ満杯になるね」
「やはり余る気がしてきました……」
まぁ、それならそれで構わない。
そうしたら人に売ってもいいのだ。レンタルではなく、自分用の浮き輪を欲しいという人もいるだろう。
「ところでマスター」
「うん?」
「マスターの浮き輪作りを見ていて、ふと思ったのですが――」
ナナさんは途中で言葉を切り、おもむろに完成済みの浮き輪をひとつ持ち出して、床に置いた。
「これを型にしてですね」
「型?」
「ここへかんなくずを……」
床に置いた浮き輪の上へ、かんなくずをパサリパサリと被せていくナナさん。
「ここへ『ニス塗布』を使ったらどうでしょう?」
「うん? このかんなくずに? あ、なるほど。……なるほど!」
「それで、浮き輪の上半分だか下半分だかが完成するかと」
「確かに……!」
今までは、浮き輪の形になるよう、ちょっとずつかんなくずを『ニス塗布』で固定していた。
だけどこれならば、すでに浮き輪の形になっているかんなくずに『ニス塗布』を唱えるだけだ!
「そ、それじゃあ、試しにちょっとやってみるね?」
「どうぞ」
「では、『ニス塗布』。――――お、おおぉぉ!」
「おー」
僕がかんなくずに『ニス塗布』を唱えたところ、型代わりの浮き輪に覆い被さるように、新しい浮き輪の上半分が完成した。
出来た……。あっという間に、浮き輪の半分が出来てしまった……。
これをもう一つ作って合体させれば、新しい浮き輪の完成だ!
「凄い! 凄いよナナさん! ナナさんは天才だね!」
「そうです」
「お、おう……。いやけど本当に凄いよ!」
凄い。僕には思い付かなかった浮き輪の作り方をあみだしてくれたのは素直に凄いと思うし、全く
「はー。そうか、型か。こんな方法があったんだね。もっと簡単にできないものかと考えてはいたんだけど……」
「これで、浮き輪作りも楽になったのではないですか?」
「そうだね。こんなにも簡単に浮き輪が半分……あれ?」
「どうかしましたか?」
出来たばかりの上半分の浮き輪を、型となった浮き輪から引き剥がそうとしたのだけれど――
「取れない」
「はい?」
「ニスとニスが、くっついちゃった」
「え……」
特に気にせず『ニス塗布』を唱えたため、ニス同士がくっついてしまった……。
「えっと、剥がせないのですか?」
「それは、結構難しい……」
ニスを足したり消したりはできる『ニス塗布』だけど、ニスを正確に分けるってのは、ちょっとできない。
「えぇと……」
「うん……」
なんとなく、いたたまれない空気が部屋の中に流れる。
「……あ、いや、だけどやり方自体は間違っていないと思う。『ニス塗布』がくっつかない型を作ってから、またチャレンジしてみるよ」
浮き輪に魔物の革でも巻いたら、『ニス塗布』がくっつかない浮き輪の型ができるだろう。
今は暇そうにしているジェレッドパパにでも相談してみようか。
「ありがとうねナナさん。良い方法を考えてくれて」
「いえ、いいのです。マスターに尽くすことが、私――ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田の本分です」
「……うん。ありがとう。」
露骨に文字数を稼がせてしまったけれど、感謝している立場なので止めることができなかった……。
まぁいいや。とりあえずナナさんのおかげで量産化の目処が立った。
これで来年の夏には、万が一にも浮き輪が足らないなんてこともないだろう。
そうしたらみんな時間や順番を気にせず、思う存分浮き輪を楽しめるはずだ。
是非とも来年は、僕も浮き輪を楽しみたい。
なんだかんだ今年の夏は作る側に
きっと来年も、湖には浮き輪に乗ってぷかぷかと流されていくエルフ達が大量に発生することだろう。
来年こそは僕もその中に混じりたい。みんなと一緒に、僕ものんびりぷかぷかと流されていきたい。
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