第217話 木工シリーズ第四十八弾『浮き輪』


 得も言われぬジェレッドパパのプレッシャーに負けて、結局僕は浮き輪を作ることになってしまった。


 ひとまずジェレパパのホムセンを出て、そのままフルールさんのフルール工務店へ。

 いくつか木材を買い、この前約束していた等身大人形用の木も買い、ついでにちょっとお喋りをしてから自宅へ戻る。


 そして僕は自宅にて、浮き輪作りに励んだ。

 ――それが、つい昨日のことだ。


「んー。これで五個目が完成」


 完成したばかりの浮き輪をぎゅうぎゅう押してみて、硬さや空気の入り具合に問題がないことを確認してから、浮き輪を『浮き輪台』へ放り投げた。


 浮き輪台――要は輪投げのスタンドだ。

 台座に木の棒が立てられた物で、浮き輪を棒に通して置いておくための台である。


 僕はこの浮き輪台と浮き輪を、セットで4-1エリアに置いてくるつもりだ。

 そして、すべての浮き輪を無料でレンタルしようと思う。


 なんとなくそうしたら、作る数も少なくて済むんじゃないかなーって……。


「とはいえ、さすがに五個じゃ足りないよね。何個作ればいいんだろう」


 というか、もっと簡単に作れないものかな……。


 昨日から一個一個手作業で作っているアレク浮き輪。

 かんなくずを何枚か手で押さえて『ニス塗布』で固定。そこへさらに何枚か重ねて『ニス塗布』で固定――

 そんな『カンナニス製法』で作っているのだけど、もうちょっとなんとかならないものか……。


 地味に面倒で時間が掛かるし、浮き輪一個作るのに十回近く『ニス塗布』を使っている。できたらこの回数も減らしたい。


 あと浮き輪台もなぁ……。

 どうも浮き輪台に置ける浮き輪は、七個か八個くらいになりそうだ。

 そうなると、浮き輪台もたくさん作らないといけない。下手したら、浮き輪台の方が作るのに時間がかかりそう……。


 うーむ。問題が山積みだ……。



 ◇



 浮き輪八個で、浮き輪台がいっぱいになってしまった。


 とりあえず二つ目の浮き輪台を作ろうとしたところで、ふと思うことがあり、僕は家のリビングに向かった。


「父ー」


「うん? アレク、どうしたんだい?」


「ちょっとお願いが――あれ?」


 父に話しかけたところで、リビングにお客さんがいたことに気が付いた。


「お邪魔しております、アレクシスさん」


「こんにちは、レリーナパパさん」


 敏腕びんわん商人のレリーナパパが、リビングにて父と話していた。


 そしてレリーナパパは、僕が手に持っている浮き輪に目が釘付けだ。

 さすが敏腕商人、浮き輪の良さに早速気が付いたか。


「アレクシスさん、それは……」


「浮き輪という道具です。水に浮く輪っかですね」


「……なるほど、それに乗ってのんびりと流されるわけですか。4-1エリアにはもってこいのアイテムですね。売れそうです」


「はぁ……」


 敏腕すぎるなこの商人……。

 いくらなんでも察しが良すぎるだろう……。


「といっても、これを売るつもりはないんですよね」


「そうなのですか?」


「4-1エリアに置いて、貸し出そうと思いまして」


「なるほどなるほど。一日いくらで貸し出すおつもりで?」


「無料です……」


 さすが敏腕商人。お金稼ぎに貪欲だ……。


 しかしながら、僕は浮き輪のレンタル代を取ろうとはしていない。

 とりあえず浮き輪台ごと4-1へ設置して、『ご自由にお使いください。遊び終わったらここへ戻しておいてください』とでも書いた看板を立てて放置するつもりだ。


「それより父にお願いがあってきたんだ」


「うん? 僕に? 何かな?」


「ちょっとこれに乗ってみてほしいんだ」


 僕が父にお願いしたいのは、浮き輪の品質チェックだ。


 もちろん僕も自分で浮き輪に乗って確認したけれど、大人でも大丈夫なのかは確認していなかった。サイズや強度に問題がないか、父にも乗って確かめてほしい。


「えっと、僕がこれに乗るの?」


「お願い。あ、その前に腕でかかえるのもやってもらおうかな」


「抱える?」


「うん。とりあえず穴の中に入って。さぁ父、さぁさぁ」


「え、うん……」


 僕は浮き輪を床に置き、穴の中に立つよう父に促す。


「じゃあちょっと両手で浮き輪を持ってみて?」


「こ、こう?」


 父は若干戸惑いながらも、体を浮き輪の穴に入れたまま、浮き輪を持ち上げた。


「大丈夫そうだね」


「よくわからないけど、大丈夫そうなの……?」


「大丈夫そう」


 どうやら穴のサイズも問題ないようだ。服を着ている状態の父だけど、浮き輪は問題なく父の腰辺りまで持ち上がった。


 いやはや、それにしても――


「ふふ……」


「アレク?」


「あ、ごめん。なんでもない」


 自宅の中で浮き輪を抱えている父を見たら、少し面白くなってしまった。

 まるで海水浴を翌日に控え、楽しみすぎて我慢できず、ついつい浮き輪をふくらませて装着してしまった子どものようだ。


「じゃあ次は、浮き輪の上に乗ってもらえるかな? 腰掛ける感じで」


「うん。……こうかな?」


「そうそう」


 父は浮き輪を床に置き、穴にお尻を入れるようにして浮き輪の上に乗った。


「強度とかはどう? 大丈夫そう?」


「うん。たぶん」


「んー。ちょっと跳ねてみてくれる?」


「え? この上で? 大丈夫かな」


「それをチェックしたいんだ。さぁさぁ」


「えぇ……」


 父がおっかなびっくり浮き輪の上でぽよんぽよん弾んでいる。


「ふふ……」


「アレク……?」


「あ、ごめん。なんでもない」


 自宅の中だというのに浮き輪の上で弾む父を見ていたら、少し面白くなってしまった。

 海水浴を楽しみにしている子どもだって、ここまで自宅ではしゃぐこともないだろう。


「かなりの強度ですね。これはアレクシスさんの『ニス塗布』ですか?」


「そうです。木くずとニスで作った物です」


「なるほど、木くずですか。ただの木くずからこれを作れるとは、素晴らしいスキルアーツですね」


「いえいえ、ありがとうございます」


 我がスキルアーツながら、『ニス塗布』はかなり万能だと思う。万能すぎて怖いくらいだ。

 今も父が上に乗ってぽよんぽよん跳ねているが、ニスは問題なく父を受け止めている。レリーナパパが言う通り、かなりの強度だ。


 ……大の大人が上で跳ねても受け止めるニスか。

 果たしてそれは、ニスなのだろうか……? 今さらながら、そんなものをニスと呼んでもいいのだろうか……。


「ねぇアレク。なんだかちょっと恥ずかしいんだけど……?」


「あ、ごめん。父」


 跳ねる父を見ながらレリーナパパと会話をしていたところ、いい加減父も羞恥しゅうちを覚えたらしい。


「セルジャンさん、よければ私にも試させていただけますか?」


「え? あぁ、どうぞ」


「アレクシスさん、よろしいですか?」


「どうぞどうぞ」


 父が浮き輪からどいて、代わりにレリーナパパが浮き輪に収まった。


「ふむふむ。なるほど。この質感、弾力……」


「ふふ……」


「アレクシスさん?」


「あ、すみません。なんでもないです」


 大人たちが代わる代わる浮き輪で跳ねる姿は、やはり面白い……。


「ところでレリーナパパさん、この浮き輪みたいのを他で見たことってありませんかね?」


「他ですか? いえ、ないと思いますが」


「そうですか。やはりないですか……」


「もし他の誰かが作るにしても、ここまで整ったものを作ることは難しいでしょうね。アレクシスさんのように、特殊なスキルアーツを所持する方でないと厳しいかと」


 レリーナパパがぽよんぽよん跳ねながら、そんなことを言う。


 そうか。浮き輪は他にないし、作れないのか。

 僕しか作れないってのは、ちょっと困るんだよね。僕がたくさん作らなきゃいけないってのも困るんだけど、僕以外には作れないってのがな……。

 なんとなく、伝統工芸の後継者不足問題みたいな雰囲気がして、少し心配になってしまう。


 僕の跡を継ぐ人がいないとすると、浮き輪作りはどうなってしまうのだろう。

 僕の人生なんて、せいぜい千年程度だ。それ以降、浮き輪作りはどうなって――


 ……千年か。なんだか大丈夫な気もしてきた。

 それだけの時間が流れたら、もうちょっと世界も発展して、浮き輪くらい作れるようになっているだろう。


 僕という作り手がいなくなって、もしかしたら将来アレク浮き輪がオーパーツ化したりしないかと想像したけど、別にそんなこともなさそうだ。

 ……なんとなく、ちょっとだけ残念な気もする。





 next chapter:ぷかぷかと流されていくエルフ達

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