第216話 浮き輪


「そんなわけで、毎日つれぇんだよ……」


「なるほど……」


 引き続き、僕はジェレッドパパの愚痴ぐちに付き合っていた。


 まぁジェレッドパパは僕の手によって地獄に突き落とされたわけで、『愚痴』というよりも、『抗議こうぎ』だか『苦情』といった言葉の方が適切か……。


「けどよ、もうすぐ夏も終わりだろ?」


「あ、そうですね。そうしたら水着の注文も収まりそうですね」


「まぁなぁ」


 あと数週間もしたら、夏も終わりだ。

 4-1エリアもダンジョン外の天気や気候とリンクしているので、夏が終わったら4-1で水遊びをする人達もいなくなるだろう。


 ちなみに、エリアを常夏設定にして、いつでも水遊びを楽しめるエリアにすることも考えたのだけど……ありがたみがなくなりそうだったので、それはやめておいた。

 できたら2-1エリアの桜と同じように、季節の風物詩的な感じで楽しんでもらいたいのだ。


「けどなぁ、夏が終わるまでに水着が完成しないんじゃ悪ぃだろ? だからまぁ急いでんだけどよ……」


「なるほど。そんなことを考えて……」


 さすがジェレッドパパだ……。

 口調は荒っぽかったり、つんけんしていたりするけど、お客さんのことを第一に考えている。さすがだ。さすがは村一番のツンデレ鍛冶師かじしだ。


「んなわけで、他で作れるようなら、そうしてもらうように頼んでんだ。ルクミーヌにも職人はいるし、できたらそっちで頼むってな」


「あぁ、そうなんですか」


「職人じゃなくても、『裁縫さいほう』スキルがあれば水着くれぇ作れんだろ。知り合いに『裁縫』スキルをもってる奴がいねぇか聞いたりしてな」


「ほうほう」


 なるべく他で作ってもらっているわけか。

 トードの皮はそこまで加工が難しい素材ではないそうだし、『裁縫』スキルがあればなんとかなるものなのかな?


「坊主は『裁縫』スキルもってねぇのか?」


「僕ですか? いえ、あいにく僕は所持していませんが」


「チッ」


 舌打ち……。

 なんだろう。もしかしたら僕のことも無限トード地獄に引きずり込もうとしたのだろうか……。


 というか、人にスキルのことを聞くのはマナー違反でスケベな行為だというのに……。


「まぁいいや。そんで、今日はどうした?」


「はい?」


「なんか用があって来たんじゃねぇのか?」


「あぁはい。そうなんですけど……」


 今回僕はジェレッドパパにお願いがあってここまでやって来た。

 ……とはいえ、さすがにちょっと頼みづらい。こうまで忙しそうなジェレッドパパに頼むのは、さすがに気が引ける。


「お忙しそうなので、やっぱりやめときます」


「あん? なんだそりゃ。んなふうに途中でやめられたら気になるだろうが、言えよ」


「いえ、ですが――」


「むしろ坊主の話はちゃんと聞いとかねぇと後々苦労しそうな気がすんだよ。言え」


「えぇ……」


 なんというオラオラ系……。

 いつになくジェレッドパパがオラ付いている。なんか危険を察知したのだろうか……。


「じゃあまぁ、相談だけ」


「おう」


「実は――浮き輪ってのが欲しいんです」


「浮き輪?」


 浮き輪である。浮き輪が欲しいのだ。

 4-1エリア構想段階から、僕は浮き輪が欲しかった。流れるプールで浮き輪に乗って、ぷかぷかと流されたかったのだ。


「浮き輪ってのはなんだ?」


「文字通り、水に浮かぶ輪っかですね。ちょっと待ってください、絵を描いてきたんですよ」


 僕はマジックバッグから浮き輪のスケッチを取り出した。

 ご丁寧ていねいに、楽しそうに僕が乗っている絵まで描いてあるスケッチだ。


「こんな感じです」


「ふーん。魔物の皮かなんかで作るのか?」


「そうですね。前にボール作ってもらったかと思いますが、それの輪っか版みたいな感じで」


 昔、ジェレッド君とサッカーがしたくてジェレッドパパにサッカーボールを作ってもらったことがある。物としては似た感じになると思う。


「これに乗って、ぷかぷか流されたいんです」


「よくわかんねぇな……。それは楽しいのか……?」


 まぁ言葉で説明するだけでは、あんまり楽しさは伝わらないか。


「たぶん楽しいと思います。正直、かなり流行ると思います」


「流行るのか……」


「流行ります」


「流行ったら、誰が作るんだよ……」


「…………」


 やっぱり浮き輪の注文も、このお店に殺到さっとうするのだろうか?

 それはちょっと、大変そうだな……。


「なんだか、少し困ったことになりそうですね」


「少しどころじゃねぇよ……」


「そうですよね……」


「今だってもう困ってんだよ……」


「はい……」


 じゃあやっぱりやめとこうか……。


 夏が終わる前に浮き輪も楽しんでおきたかったのだけど、仕方ない。浮き輪は来年の楽しみにとっておこう。


「つーかだな、坊主が自分で作ったらいいんじゃねぇか?」


「はい? 僕が? ……いえ、僕にはちょっと難しいかと」


 なんだかジェレッドパパは僕のことを生産職仲間みたいに認識しているけど、僕は『木工』スキルしかもっていない。魔物の皮を加工して浮き輪を作るとか、ちょっとできそうにない。


「前に、かんなくずとニスでなんか作ってたろ?」


「え? あぁ、カップとか作りましたね」


 かんなで木を削ったときに出る薄いフィルム状のかんなくず。これを『ニス塗布』でくっつけて作ったのが、木工シリーズ第四十六弾『カップスタッキング用カップ』だ。

 なかなか面白い製法で面白い物が作れたので、ジェレッドパパにも見せたことがある。


「あれで作れんじゃねぇか?」


「あれでですか?」


 あの製法で浮き輪か……。

 なるほど。かんなくずで浮き輪の形を作って、それを『ニス塗布』で固めれば……。


「確かに作れそうですね。水にも浮きそうです」


「だろ?」


 かんなくずと『ニス塗布』を用いた製法――カンナニス製法は、結構なんでも作れる。形も自由自在だし、質感も思いのままだ。


 特に今回の浮き輪作りには向いている気がする。軽いし柔らかいし、空気を閉じ込めておけるので水にもちゃんと浮くだろう。


「……あれ? ですが、もしもそれで浮き輪が流行ったら、どうなるんでしょう?」


「何がだ?」


「僕のところに、注文が殺到するんじゃないですか……?」


 僕が自作の浮き輪でぷかぷかと流されているのを見た人は、きっと自分もぷかぷか流されたいと思うはずだ。そして浮き輪が欲しいと願うはずだ。

 そうしたら、やっぱり僕に依頼がくるのでは……?


「まぁあれだ、作ってやれよ」


「いや、だって僕しか作れない浮き輪ですよ?」


 カンナニス製法で作った浮き輪なのだから、当然僕しか作れない。

 購入希望者は全員が僕に注文し、僕が一人で作ることになる。誰かに手伝いをお願いすることもできず、僕一人で……。


 そんなことになったら、もう僕はのんびり浮き輪でぷかぷか流されている暇もないだろう。

 無限浮き輪地獄が、開幕してしまう……。


「まぁ、しゃあねぇな」


「えぇ……」


 開幕か……。僕も無限地獄が開幕なのか……。

 というか、なんかちょっとジェレッドパパが嬉しそう……。





 next chapter:木工シリーズ第四十八弾『浮き輪』

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