第215話 無限トード地獄


 僕がトウェンティファーストペンギンになってから、一週間ほど経った。


 あれから僕は、親しい人用に確保していた水着をプレゼントして回って、みんなとプールを楽しんだ。

 いつもは出不精でぶしょうなローデットさんも今回は珍しく付き合ってくれたりと、いろんな人達と思う存分水遊びを楽しんだ。


 そんな中、4-1エリアの常連さんからは――


『またアレクが女を取っ替え引っ替えしてる……。びっくりするくらい取っ替え引っ替えしてる……』


 などと、いわれのない中傷を受けかけたりもしたが、とにかく4-1を楽しんだ。


 そんなふうに楽しい日々を送っていた僕だけど……ひとつだけ、4-1エリアでやり残したことがあった。

 そのやり残しを解消するために僕は今日――ジェレパパのホムセンを訪れた。


「ごめんくださーい」


 ホムセンの扉を開き、挨拶しながら店内に入る。

 しかし店主の姿は見えない。裏で作業しているのかな?


「それじゃあ、とりあえず……」


 店内に飾られた武器のうち、巨大な鉄製の大槌が置かれている棚へ向かって、僕は歩みを進める。


「さてさて、今日はどうだろうか……」


 小さい頃から見てきたこの大槌――どこか感慨かんがい深い大槌の前まで来ると、僕は大槌のを両手で掴み、腰を落とす。


「ぐ、ぐぬぬぬ」


 なんとか大槌を持ち上げようと、渾身こんしんの力を込めるが――


「――重いっ!」


 ダメか。まだダメか……。

 多少は動いた気もするけど、持ち上げるまでは到底至らない。


 いつかはこの大槌を持ち上げてみたい――そんなことを思って、ホムセンに来たときは毎回やっているこの儀式。

 岩に刺さった伝説の剣的なノリで毎回チャレンジしているのだけど、まだまだ先は長そうだ。


「またやってんのか坊主……」


「あ、ジェレッドパパさん。お疲れ様です」


「おう……」


「というか、本当にお疲れのご様子で……」


「…………」


 お店の奥からふらりと現れたジェレッドパパに挨拶したのだけど……がっつり疲れている。

 ふらりと現れたというよりも、ふらふらで現れた感じだ。だいぶヨレヨレで、疲労が顔にへばりついている……。


 ……昔、よく見た顔だ。無限リバーシ地獄中に、よく見た顔だ。

 毎回『あぁ、僕も今こんな顔をしているんだろうな』って思っていたときの、あの顔だ……。


「坊主のせいだろうが……。そのわりに、坊主は健康そうな顔をしやがって……」


「すみません……。いろいろすみません……」


 きっとジェレッドパパも同じことを考えたのだろう。あのときは、二人とも目が死んでいた。

 だがしかし、今回地獄を味わっているのはジェレッドパパだけ。目が死んでいるのは、ジェレッドパパだけだ……。


 ジェレッドパパがこんな状態になっているのは、言うまでもなく水着のせいだ。

 現在メイユ村やルクミーヌ村では、空前の水遊びブームが巻き起こっている。それにより、ジェレパパのホムセンには注文が殺到している状況だ。


 ――そして言うまでもなく、水遊びブームも、ここへ注文が殺到しているのも、すべては僕のせい。

 僕のせいで、ジェレッドパパはこんな目に遭っているのだ。ごめんジェレッドパパ……。


「毎日毎日カエルの皮を切って、チクチクチクチクい合わせる日々だ。いい加減つれぇ……」


「それはまた……」


 つらいなぁ。無限トード地獄か……。


「やっぱブーメランパンツとビキニにしといた方がよかったんじゃねぇかな……」


「見せたときにはドン引きだったじゃないですか……」


「そうなんだけどよ……」


 あのときは見るからに引いていたけれど、やっぱり作るならそっちの方が楽だとジェレッドパパも思い至ったらしい。


「……あぁ、だけどいいこともあったな」


「いいことですか?」


「世界樹様がな、慰労いろうに来てくれたんだよ」


「へー。そんなことが」


 そういえば心優しいユグドラシルさんは、ジェレッドパパのことを気に掛けていた。

 つらい日々が始まるんじゃないかと、少し心配していた。


「慰労ですか。どんな話をしたんですか?」


「あん? まぁ普通に『疲れてないか?』とか、『ちゃんと寝ているか?』みたいな感じでな」


「ほうほう。それで、ジェレッドパパさんはなんと?」


「そりゃあ、『疲れてないし、ちゃんと寝てる』って……」


「疲れてないし、ちゃんと寝ているんですか……?」


「疲れてるし寝てない……」


「…………」


 世界樹様の前で、ジェレッドパパは見栄を張ったらしい。

 まぁ、心配を掛けまいとしたのかな……。


「だってお前、そりゃあそう答えるだろうが」


「そうですか……」


「坊主もそうだろ? 坊主だってそう答えんだろ?」


「はい? 僕ですか? えぇと……まぁそうですかね?」


「だろ?」


 ……どうだろう。

 僕なら普通に『疲れてます。寝てないんです……』とか言って、泣き付きそうな気がする。ユグドラシルさんに、甘え出しそうな気もする……。


「つうかよ……」


「はい?」


「世界樹様に、『ジェレッドパパ』って呼ばれたんだけどよ?」


「…………」


 ユグドラシルさんも、『ジェレッドパパ』という名前で覚えてしまったらしい。

 まぁ普段話しているときも、そう呼んでいたしなぁ……。


「あとルクミーヌの村人も、『ここがジェレッドパパさんのお店ですか?』ってな具合でやってくるんだけどよ?」


「そうなんですか……」


「明らかに坊主のせいだよな?」


「すみません……。本当にいろいろすみません……」


 そういえばダンジョンでいろんな人に、『水着を作るなら、是非ジェレッドパパさんのお店へどうぞ』的な紹介をしていた気がする。


 そのせいでルクミーヌの人達も『ジェレッドパパ』という名前を覚えて、わざわざジェレパパのホムセンにまでやってきてしまったのだろう。


「名前もそうだし、水着のこともよう……。なんで二つの村の水着作りを、俺が一手に引き受けなきゃなんねぇんだ……」


「すみません。僕のせいで……」


「本当にな……」


 僕としては、せっかく水着を作るのなら、ちゃんとしたお店でちゃんとした水着を作ってもらいたかったんだ。

 そんなわけでジェレパパのホムセンを紹介したのだけど、だいぶジェレッドパパには迷惑を掛けてしまったようだ……。


 誠に申し訳ない。今回は僕が作ることもなさそうだと思って、バンバン宣伝して、ガンガン誘導してしまった……。

 しかもその間、僕はみんなと思う存分水遊びを楽しんでいたというのだから、申し訳ないことこの上ない……。





 next chapter:浮き輪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る