第214話 ファーストペンギン3


 ファーストペンギン――群れの中から一羽離れ、最初に海へ飛び込む勇敢なペンギン。


 そんなファーストペンギンに、僕はなりたかった。

 そんなチャレンジスピリッツ溢れる先駆者に、僕はなりたかった。


 ……だがしかし、残念ながら僕はその夢を叶えることはできなかった。

 先陣を切って世に水着を披露する役目は、フルールさんに譲る格好になってしまった。


 今やフルールさんは、美人建築士にして美人大工職人にして――ファーストペンギンの水着フルールさんだ。


「……早いですねフルールさん」


「そう? そうかな?」


「とりあえず、おめでとうございます」


「うん? ありがとう?」


 見事ファーストペンギンの座をつかみ取ったフルールさんを、なんとなく祝福してみた。

 フルールさんも突然の祝福に若干困惑しながらも、お礼の言葉を返してくれた。

 

「さておき――いいですね。よくお似合いです」


「ありがとう! でもこれ、恥ずかしいね! 結構恥ずかしい!」


 着ている水着をぺたぺた触りながら、フルールさんが照れている。

 傍から見るとTシャツとハーフパンツ姿だし、そこまで露出は多くないのだけど、やはりどこか感覚が違うものなのだろうか。


 とりあえず、初めての水着に照れているフルールさんにほっこりする。


「うー、恥ずかしい!」


「そんなにですか」


「やっぱり頭にタオルは巻こうかな?」


「いえ、今から泳ぐわけですし……」


 いつもは頭にタオルを巻いている大工スタイルのフルールさんだが、今回はしっかり外したようだ。美人大工職人姿から水着美人姿に変貌へんぼうを遂げている。

 まぁ、どんな格好でも結局は美人。さすがはエルフ。


 ……というか、頭にタオルを巻くと恥ずかしさが軽減されるの? そんな効果があるの?


「うー、まぁいいや。それじゃあ泳ごう。アレクは? アレクはその格好?」


「あ、いえ、僕も着替えます。男性用水着ってのもありますので」


「そっか。じゃあ待ってるね!」


「はい」


 ……よかった。ちゃんとフルールさんも僕と遊んでくれるつもりだったらしい。

 てっきり僕は帰されてしまうのかと、ちょっと不安だったから。


 ではでは、僕も着替えてこようか。

 あれだ、ペンギンだ。セカンドペンギンになってこよう。

 ファーストペンギンに比べるとだいぶ価値は劣るけど、一応はセカンドペンギンの称号を手に入れておこう。


 それじゃあ早速更衣室へ――とまぁ、その前に……。


「えぇと、皆さんはどうしたんですか……?」


 実はさっきから気になっていた僕達の周り。

 何やら大勢の探索者エルフが、興味深そうに僕らを見ている。


 えっと、何? どうしたの?



 ◇



「じゃーんけーん――ぽん!」


 僕はみんなから見えるように手を高くあげて、指を二本立てた。


「はーい。僕はチョキを出しましたー。グーを出した人以外は座ってくださーい。グー以外は座ってくださいねー」


 僕の前にいる探索者エルフ達が、パラパラと座っていく。


「チョキを出した方ー、あいこで座るのは納得いかないかもしれませんが、座ってくださいねー。ごめんなさいねー、そういうものなのでー」


 というわけで、僕は今じゃんけんをしている。

 一人対多数のじゃんけん――僕対探索者エルフ達とのじゃんけんだ。


 僕達を物珍しげに見ていた探索者エルフに話を聞くと、どうもフルールさんが着ている水着が気になったらしい。


 なので僕が水着の説明をしたところ――みんなも欲しいと言ってくれた。


 僕的には大変喜ばしいことなのだけど……全員に配るには、ちょっと数が足りない。

 僕が所持している水着は二十着。二十着しかないのに、なんだかそれ以上の探索者エルフが集まっていたのだ。


 どうしたものかと迷った結果が――じゃんけん大会である。


「――ぽん! はーい。僕はチョキを出しましたー。二連続でチョキでしたー。おっと、そちらの女性で最後ですか。おめでとうございまーす。では、こちらへどうぞー」


 とりあえず男女で別れてもらって、最後まで勝ち残った人に水着を渡すことにしてみたのだ。


「高いところから失礼します。こちらが景品の水着となります。おめでとうございます」


 みんなからも見えるように、僕は木の台に登ってじゃんけんをしていたりする。

 手を伸ばした女性エルフに水着を渡し、おめでとうを伝える。


「では、あちらの更衣室。赤いマークが女性用ですので、あちらへどうぞ」


 僕は女性エルフに更衣室の説明をした。

 ――するとそのとき、ちょうど更衣室から水着姿で出てきた男性エルフが目に入った。


 あぁ……。あの人は十一番目に水着を渡した人、イレブンスペンギンだ……。


 僕がのんきにじゃんけん大会を開いているうちに、どんどんペンギンが巣立っていく……。

 ファーストペンギンのフルールさんに引き続き、セカンド、サード、フォースと続き――ついにはイレブンスペンギン……。


 ちなみにフルールさんは、もう泳ぎに行ってもらった。

 最初フルールさんは僕のことを待っていてくれたのだけど、それも申し訳ないし、ずいぶん時間が掛かりそうだった。

 なので僕の方からお願いして、このエリアを自由に楽しんでもらうことにしたのだ。


「では続けまーす。女性陣は全員立ってくださーい、再開でーす。男性陣は残り四人ですねー。いきますよー。じゃーんけーん――ぽん」


 というか、僕は何をやっているんだろう……。


 なんでこんなに時間が掛かる決め方を選んでしまったのだろう。

 じゃんけんで決めるにしても、もっとやり方はあっただろうに……。


 いったいどうしてこんなことに……。



 ◇



「はーい。これにて『水着プレゼント、大じゃんけん大会』は終了でーす」


 ようやくじゃんけん大会が終了した。なんだかんだ最後までやりきってしまった。


「水着も終了でーす。僕が持っている水着は、すべて配り終えてしまいましたー。あとはもう、えっちな水着しかないでーす」


 最後にちょっとだけユーモアも混ぜてみる。

 ちょっとウケたけど、『それでも欲しー』みたいな声は上がらなかった。残念。


「僕はもう持ってないですがー、水着ならジェレッドパパさんが作ってくれまーす。2-2エリアでトードの皮を拾ったら、是非ジェレッドパパさんのお店までどうぞー」


 よしよし。こう言っておけば、みんな自分で水着を作ってくれるだろう。

 思い思いに好きながらを選んで、ジェレッドパパに注文してくれるはずだ。


「では皆様、本日はありがとうございましたー。お疲れ様でしたー」


 僕は大会の終了を告げ、ギャラリーからの拍手やねぎらいの言葉を受けつつ、木の台から降りる。


 あぁ、やっと終わった……。

 結構な時間が掛かってしまった。なんだか途中から人が増えちゃって、さらに大会時間が伸びたし。


 じゃあどうしようか……。もう帰ろうかな? 疲れたし、今さら一人で泳ぐってのもな――


「アレク、お疲れ!」


「え? あれ?」


 フルールさんだ。


「え、待っててくれたんですか?」


「うん! あ、待ってたってわけでもないんだけど、泳いだり休んだりしながら、チラチラ見てた!」


「あぁ、そうだったんですか」


「アレクは楽しそうだったけど、結構疲れた感じ?」


「楽しそう……?」


 え、楽しそうだった?

 どうなんだろう……。心境としては、『僕はいったい何をしているんだ』って思いながらやっていたんだけど、案外楽しんでいたのだろうか?


「どうしよっか? 疲れたなら帰る? それとも、ちょっと遊んでいく?」


「あ、是非。フルールさんがお疲れでなければ、是非」


「そっか! じゃあ、もうちょっと遊んでいこう!」


「はい!」


 さすがフルールさんだ。さっきまでは疲れたしもう帰りたいって気分だったけど、みるみるうちに元気が湧いてきた。


「じゃあ僕も着替えてきます。度々たびたびお待たせしてすみません」


「大丈夫! いってらっしゃい!」


「いってきます!」


 思えばフルールさんの『お待たせ』は全然お待たせされなかったけど、僕の『お待たせ』は本当にずいぶんとお待たせしてしまった。

 それでもちゃんと待っていてくれたフルールさんには感謝だ。


 それじゃあ遅ればせながら、僕もペンギンになろう。

 もうだいぶ後発組だけど、一応ペンギンになっておこう。


 すでに僕がもっていた二十着の水着は配り終えて、全員がペンギンとして巣立ってしまった。

 つまり僕は、二十一番目――


 トウェンティファーストペンギンか。まぁ、一応ファーストペンギンだな。





 next chapter:無限トード地獄

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