第213話 ファーストペンギン2


 美人建築士にして美人大工職人のフルールさんと話し込む僕。

 話題はもちろん、完成したばかりの更衣室についてだ。


「やっぱりアレクの『ニス塗布』は凄いね。凄く綺麗!」


「いえいえ、そんなことないですよ。僕なんて最後にちょろっと塗っただけですから。凄いのはフルールさんです」


「えぇー? そんなことないけどー、ないけどー」


「スキルアーツもすごいですけど、やっぱり基本的な技術の高さですよね。正確で、とても綺麗です」


「いやー、なんか照れるね!」


 そんなふうに互いに褒め合いながら、僕達はなんとなく更衣室の周りを一周してみた。


 一応は僕も手伝ったこともあり、こうして完成した更衣室を眺めていると、少し感慨かんがい深いものがある。


「それでアレク、この更衣室ってやつだけど」


「はい」


「この中で水着ってやつに着替えるんだよね?」


「そうです。着替える際に、あったら便利かなと」


「なるほどねー」


 これで水着に着替えて泳ぐことができる。

 ずいぶん遠回りをしたけれど、ようやく舞台が整ったわけだ。


「水着かー。なんだっけ? トードの皮を使った服だっけ?」


「そうですね。泳ぐときに着る服なんですけど……あ、見ますか? 今ありますけど」


「見る見る」


「じゃあ、ちょっと待っててくださいね」


 フルールさんに断ってから、僕はマジックバッグをあさる。


 ……ふむ。

 ここでセクシーなビキニを取り出したら、どうなるんだろう?


 そんないたずら心がちょっぴり芽生えてしまったが……当然やりはしない。

 僕は紳士だしスケベでもないので、そんなセクハラめいたことはしない。


「これが女性用の水着ですね」


「へー、これが水着!」


 僕が取り出したサーフパンツとTシャツタイプのラッシュガードを、フルールさんは興味深そうに眺めている。


「ピンクだね」


「桃色です」


「桃色?」


 桃色である。


 先週辺りから、カラートードをダンジョンに放流し始めたのだが、とりあえず色は五種類。

 最初からいる緑色に加え、赤色、青色、黄色、桃色――この五色だ。


 初回はシンプルに、がらもなく、単に色が違うだけのカラートードにしてみた。

 この五種類のトードが、ランダムでポップする仕様となっている。


「桃色……。これもトードの皮?」


「そうですね。こんな色をしたトードがダンジョンに出現し始めたそうです」


「そうなんだ! それだけでもちょっと見ていきたい!」


 フルールさんはカラートードのことを知らなかったらしい。

 ここ一週間は毎日フルールさんと村からダンジョンまで移動していたのだけど、そういえばダンジョン内ではワープしていたっけか。


「トードを倒すと、その色の皮がドロップします。それをジェレッドパパさんのお店に持ち込めば、水着を作ってくれます」


「ジェレッドパパさん? そっか。じゃあ私も取ってこようかな?」


「あ、もしよかったら、その水着をプレゼントしますが?」


「いいの!?」


「はい。まだいっぱいあるので」


 男性用と女性用で十着ずつ――計二十着も作ったのだ。

 むしろ是非とも貰ってほしい。


「じゃあ代金払うよ。いくらかな?」


「あ、いいですお金は」


「え、けど……」


「元々宣伝用で、売り物じゃないですから」


「宣伝用?」


「宣伝用に、無料で配るために作った水着なんですよ。それを着てこのエリアで楽しんでくれたら、それだけで十分です」


 今回用意した二十着の水着は、すべて試供品だ。

 僕としては、たくさんの人達にこのエリアで水遊びを楽しんでもらいたい。そしてそのためには、水着のことを世間に広めなくてはならない。

 そう考えて作ったのが、無料サンプル水着二十着だったりする。


 フルールさんが水着を着て楽しそうにしてくれたら、それだけで宣伝になる。願ってもないことだ。


「じゃあ……貰っちゃうよ?」


「どうぞどうぞ」


「うん。ありがとうアレク!」


「いえいえ」


 こうも喜んでくれると、僕としても嬉しい。


「なら、頑張って宣伝するね! ちゃんと宣伝になるかわからないけど、頑張るから!」


「ありがとうございます。でも、その水着で楽しんでいただければ、もうそれだけで――」


「あっちの赤いマークが女性用だよね?」


「え? あぁそうですね」


 フルールさんが更衣室の赤い人型マークを指差して尋ねてきたので同意する。


「じゃあ、いってきます!」


「へ? いってらっしゃい……?」


 元気良く『いってきます』の挨拶をするやいなや、フルールさんは更衣室に突貫とっかんしていってしまった。

 どうやらフルールさんは、早速水着に着替えるつもりらしい。アグレッシブだなフルールさん。


「ふむ。フルールさんが水着に……」


 これは、もしかしてフルールさんとのプールデートが始まってしまうのだろうか?

 はからずも、そんなイベントが始まってしまったのだろうか?


 そうか、プールデートか……。

 まったく図っていなかったけど、こうなってしまった以上は仕方ない。――楽しむしかないな。


 水着姿で楽しそうに水遊びに興じる男女がいたら、それはもうかなりの宣伝効果が期待できるだろう。

 そういうわけなので、めいいっぱい楽しむしかない。


「……ところでこれ、フルールさんが出てくるまで待ってた方がいいのかな?」


 僕としては、更衣室の前で別れた後、先に着替えてソワソワしながら女性を待つ――なんてことをしてみたいのだけど。

 そんでもって、『お待たせ。待った?』『全然待ってないよ?』――みたいなことをしたいのだけど。


 とはいえ、フルールさんと入れ違いになっても困る。

 僕も水着に着替えるとは伝えておけばよかった。だけど、伝える間もなくフルールさんは更衣室に行ってしまったから……。


「あれ……? そもそも一緒に遊ぼうとは言っていない……?」


 てっきりプールデートが始まる流れかと思ったけど、よく考えると約束はしてないな……。

 ひょっとすると、ここへきて『水着は着るし、宣伝もするけど、お前は帰れ』なんてことがありえるの……?


 でもさ、ここ一週間は毎日一緒に作業していた仲だよ?

 ……仕事とプライベートは別とか、そういう話なの?


 わかんないけど、なんか不安になってきたから、このまま待とうか。

 とりあえずフルールさんが更衣室から水着で出てくるまで……。


 水着で出てくる――


「ファーストペンギン!」


 忘れてた!

 ファーストペンギンのことを、すっかり忘れていた!


 なんだか余計なことばかり無駄にいろいろ考えていたけど、肝心のファーストペンギンのことをすっかり忘れていた!


 このままではフルールさんだ! ファーストペンギンは、フルールさんだ!


「まずい、僕も今すぐ着替えて、フルールさんより先に――」


「お待たせ!」


 あぁもう! 早いなフルールさん!

 全然待ってないですよフルールさん!





 next chapter:ファーストペンギン3

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