第212話 美人建築士にして美人大工職人フルール


 ――更衣室を建てることにした。


 水泳とは、かくも険しく遠い道のりだっただろうか。

 水泳のために水泳用の水着を作り、その水着を着るための更衣室まで建てねばならないとは……。

 もっといえば、水泳用の湖を作るところから始まったというのだから、いったいどれだけハードルが高いのか……。


 さておき、更衣室である。

 もうこの際、みんなタオルかなんかで体を隠して着替えればいいんじゃないかと思ったけど、さすがにそういうわけにもいくまい。


 ……まぁ前世では着替え用のタオルとかあったけどね。なんかてるてる坊主っぽくなるタオル。あれで体を隠しながら、こそこそと着替えてもらったらと思ったのだけど……。

 やっぱりそれはないな。大勢の大人があのタオルを体に巻いて野外で着替える姿は、さすがにシュールすぎる。僕も巻きたくない。僕ももう十四歳なので、あれを巻くわけにはいかない。


 そんなわけで、僕はちゃんとした更衣室を4-1エリアに建てることに決めた。

 ――というか、建てた。


「おつかれー!」


「はい。お疲れ様でした」


「完成まで一週間かー。アレクのおかげで案外早く終わったね!」


「いえいえ、僕はちょっとお手伝いしただけですから」


 いつもなら自分で作り上げて、木工シリーズ第四十八弾『更衣室』――とかなんとかナンバリングしたいところだったけど、さすがに更衣室は厳しい。ちゃんとした建物をたった一人で作るのは、少し無理がある。


 というわけで、プロに依頼してみた。

 この村の建築士にして大工職人のフルールさん――美人建築士にして美人大工職人のフルールさんに、建築のお願いをしたのだ。


 美人建築士にして美人大工職人のフルールさんは、女性エルフにしては珍しくスカートではなくパンツスタイルで、頭にタオルを巻いていたり腰に小さめのマジックバッグをぶら下げていたりと、どことなく大工さんっぽい格好をしている。


 ……そんな格好でもしっかり美人なのだから、つくづくエルフという種族は恐ろしい。


「それにしても、さすがフルールさんです。イメージ通りです」


「そう? そっか、なら良かった」


 フルールさんには僕が前世で見た更衣室のイメージを伝え、実際に建築してもらった。

 場所は4-1エリアの扉付近。エリアに入ってすぐのところだ。


 更衣室には入り口が二つあり、男性用と女性用で別れている。

 一応男性を示す青い人型マークと、スカートを穿いた女性を模した赤い人型マークなんかも作って貼り付けてみた。


 そこまで巨大な建物ではないが、十人くらいなら同時に着替えることができるだろう。

 外見も内部も、なかなかそれっぽく仕上がっている。


「じゃあこれ、今日の日給」


「ありがとうございます」


 使用した大工道具をぽいぽいマジックバッグに押し込んでいたフルールさんが、思い出したかのようにお金をくれた。

 僕はありがたく受け取り、マジックバッグにしまう。


 フルールさんからお給料を貰うのも、今日で七日目だ。

 フルールさんは、この更衣室をたった一週間で建ててくれたのだが、僕も一週間手伝ったのである。


 僕が依頼した更衣室だし、実際の建築現場も見てみたいと思い、施工せこう初日から見学に来たのだけど――


『アレクもやる? アレクは木工もってるよね? やる?』


 と言われ、ちょっとばかし手伝った。

 いろいろと建築の基礎なんかも教えてもらうことができて、いい経験になったとホクホクしながらフルールさんに感謝したところ――


『じゃあこれ、今日の日給。明日も頑張ろう!』


 などと言われて、それから一週間手伝うことになった。


 流されるままだ。流されるままに手伝うことになってしまったけれど、とりあえず頑張った。

 それほど大したことはできないけど、木を切ったりヤスリをかけたりニスを塗ったり、できることを頑張った。


 なんだかんだ楽しかったし、建築のことも学べたのでよかったと思う。

 ずっと保留していた2-1森エリアに別荘を建てる計画も、これで進められるかもしれない。


 ……とはいえ、フルールさんの建築は我流な部分が多くあったので、そのまま参考にするのは難しいだろう。


 フルールさんは木材の結合にくぎを使わない。だからといって、木に凹凸をつけてかみ合わせるといった技法も使わない。『建築』スキルのスキルアーツで木材を固定していく手法だ。

 もうその時点で真似をするのが不可能である。


 あと、足場とかも作らない。スキルアーツで空中に浮いたりする。これもどう参考にしたらいいのかわからない。

 それに、スキルの効果なのか、体は細いのに大きな木材を平然とひょいひょい運んだりもするし……。


 いろいろと参考になる部分も多かったけど、フルールさんの建築を真似するのは、かなり無茶だとわかった一週間でもあった。


「ところでフルールさん、2-1に家を建てたいって話を前にしたと思うんですが……」


「あぁ、うん。言ってたね。作る? 依頼?」


「あ、いえ、依頼ってわけでもないんですけど、もしかしたら相談に伺うかもしれません」


「いいよいいよ。また遊びにおいで」


「ありがとうございます」


 フルールさんのお店――フルール工務店には、ちょくちょく通っていたりする。

 フルール工務店では木材なんかも売っているので、僕は木工用の材料をすべてここで買っているのだ。


「あ、そういえば良い木が手に入ったんだ! 人形作りに向いてそうなの」


「あぁ本当ですか? 是非買わせてください。大きさはどんなもんでしょう?」


「んー。世界樹様や賢者さんなら、楽に作れると思う。たぶん剣聖さんも作れるんじゃないかな?」


「なるほど……」


 ある意味わかりやすいサイズの説明だ……。等身大父人形を作れる程度のサイズがあるらしい。

 といっても、僕が父の人形を作ることはないのだけど……。


「何を作るかはまだ決めていませんが、とりあえず買わせてもらいます」


「うん。家まで運ぶ?」


「あ、大丈夫です。そのうち寄らせてもらいます」


「わかった。待ってるよ!」


「はい。よろしくお願いします」


 フルールさんは、いつもニコニコしていて元気な人だ。フルールさんと話していると、こっちまで元気になる。

 ちょっと疲れた日や落ち込んだ日でも、お店に寄ると楽しくお喋りしてくれて、明日への活力を充填じゅうてんしてもらえるのだ。


 ……いや、別にそういうお店でもないし、そういう目的で通っているわけではないけどね?





 next chapter:ファーストペンギン2

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