第211話 ファーストペンギン


 ついに僕達子供エルフにも、4-1エリアが開放された。


 というわけで開放初日の今日、僕はディアナちゃんと共にダンジョンへとやってきた。


「いやぁ、いよいよだねディアナちゃん」


「ね、ようやく。てーか遅すぎない? どんだけ待たせんのって話だし」


 4-1エリアが出来てから約一ヶ月半。それだけの間、僕等子供エルフは新エリアへの進入を規制され続けた。

 その間、ディアナちゃんは僕の部屋で『ずるいずるいー』とジタバタしたり、ルクミーヌ村の美人村長さんにプレッシャーをかけ続けた。


 少し前には、美人村長さんがわざわざ僕の家に来て――


『もうすぐ開放するから、もうちょっとだけ待つように――もうちょっとだけ冷静になるように、アレクからも言ってくれないか……?』


 なんてお願いをされてしまったほどだ。


 美人村長さんにそこまで頼られたら仕方がない。

 僕はディアナちゃんに、もう少しだけ落ち着いて待つようお願いして、ついでに美人村長さんのフォローなんかもしてみたのだけど――


『あんのババア! アレクが女ならなんでもいいことを利用して!』


 などと、美人村長さんと僕を愚弄ぐろうしながら激高げっこうしてしまった。

 そしてディアナちゃんは、レリーナちゃんと共に美人村長さん宅を強襲きょうしゅうしたらしい。


 いやはや、美人村長さんには悪いことをしてしまった……。

 というかディアナちゃんとレリーナちゃんって、案外仲良いよね……。


「やっぱり巨大エリアはチェックに時間がかかるみたいだしさ、仕方ないよディアナちゃん」


「絶対遊んでるだけだってば。いくら大きなエリアだからって、そんなに時間かかるわけないじゃん。どんだけノロマなのよ」


「まぁまぁディアナちゃん」


「アレクはいいよ、アレクはノロマだけど頑張ってるもん。けど大人達は違くない? 絶対遊んでるだけだって」


「…………」


 その言葉に、僕はどう反応したらいいのだろうか?


「えぇと……ありがとうディアナちゃん。とりあえず行こうか」


「うん……」


「じゃあひとまず1-4まで行って、そこから3-4にワープしよう」


 長いこと新エリアを待っていたディアナちゃんを、これ以上待たせることもないだろう。


 ……ノロマな僕に、付き合わせることもない。

 クソザコナメクジの歩みに、付き合わせることもないさ……。ワープしよう……。



 ◇



 これ以上ノロマと言われるのがイヤなので、今日は弓をかついでいこうかと思ったのだけど、ディアナちゃんは槌でいいと言ってくれた。


 というわけで、槌を担いでダンジョンを進む僕とディアナちゃん。

 幸いにも今日は『インファーナル・ヘヴィレイン』されることもなく、1-4まで到着。そしてそのまま3-4へワープした。


「あ、本当だ。なくなってる」


「なくなってるねぇ」


 3-4から4-1へと続く扉付近には、ずっと『二十歳未満、立入禁止』の看板が立っていた。

 しかし二十歳未満の僕等にも立ち入りが許可された今日は、すでに看板も撤去済みだった。


 ……どうでもいいんだけど、あの看板はいったい誰が管理しているんだろう。


「行こうアレク!」


「うん」


 ワクワクが抑えられないのか、ディアナちゃんは僕の手を掴んで引きずりだした。


 ちなみにディアナちゃんは弓をしまったままだ。手ぶらで4-1へ突撃するつもりらしい。

 一応は初めて突入する新エリアだというのに、この気安さ。まぁ別にいいんだけど。


「ここが4-1! おー、凄い!」


「おー」


 扉を抜けると――そこには美しい自然と水の景色が広がっていた。


「凄いねアレク!」


「ありがとうディアナちゃん」


「ありがとう?」


「あ、ごめん。なんでもない」


 新エリアが褒められて、ついつい感謝の言葉を返してしまった。


 それにしても、実際になかなかのエリアじゃないか。

 もちろん僕は、このエリアがどうなっていて、どこに何が配置されているのかは知っている。だけど実際にこの目で確かめてみると、なかなかどうして美しく仕上がっているじゃないか。


「そっかー、これが『湖のエリア』かー」


「そうだねぇ」


 『湖のエリア』――4-1エリアは、そんな名前で呼ばれているらしい。


 僕等的には巨大な川フィールドを作ったつもりだったのだけど、村の人達的には湖の方が印象に残ったようだ。

 確かにメイユ村とルクミーヌ村には川が流れているけれど、大きな湖は存在しない。なのでまぁ、そう呼ばれても仕方がないのかな。


「さっそくいろいろ見て回ろうよアレク」


「うん」


 ディアナちゃんに手を引かれ、僕等は4-1エリアの探索を始めた。


「話には聞いてたけど、ほんとに川とか湖ばっかだね」


「そうだね、さすが湖のエリアだ」


 せっかくなので、その呼び方にならおう。みんながそう呼ぶのならそれでいいだろう。


「結構泳いでる人がいるね」


「うん。というか、みんな速いね」


 少し歩くと、湖で水泳を楽しむ村人を発見した。


 下は普段着で上は裸という、あまり水泳向きとも思えない格好だけど、かなりの勢いでざぶざぶと水をかき分け進んでいる。


「あっちの湖は、みんな同じ方向に泳いでるね」


「あぁ、たぶん湖が流れているんだろうね」


「へー」


 あれは確か、流れる湖だ。

 大きな湖の中を、水がぐるぐると回るように流れているはずだ。その流れに乗るように、みんな泳いでいるのだろう。


「いいな。アタシも泳いでみたいけど……さすがになぁ」


「やっぱり女の子はねぇ……」


 年頃の女の子であるディアナちゃんは、周囲の男性大人エルフのような格好で泳ぐことはできない。

 もしもディアナちゃんがもっと小さかったなら、無邪気に裸でバシャバシャもできたんだろうけど……。


 ……できたのかな? むしろそっちの方がアウトな気もするけど。


「靴脱いで、足だけでも浸かろうかな」


「あぁ、それもいいね」


「じゃああっちの方で――」


「それもいいんだけどさ、ちょっといいかなディアナちゃん」


「ん?」


 ――ここだ。きっとこのタイミングだ。


 今こそ水着を披露ひろうするタイミングだ。きっとここが、この世界に水着をお披露目するタイミングだ。


「こんなこともあろうかと、ある物を用意したんだ」


「ある物?」


 いつかは言ってみたかった台詞を口にしてから、僕はマジックバッグをあさる。目的は、自分の水着とディアナちゃんの水着だ。


 サプライズ的な感じで、僕はディアナちゃんの分も水着も用意したのだ。

 泳げなくて意気消沈いきしょうちん気味のディアナちゃんも、これで再び笑顔を取り戻してくれるはずだ。


 ……よくよく考えると、サプライズで水着をプレゼントするのは、結構ドン引き案件な気もする。

 しかもそれがビキニだった日には、ドン引きどころじゃなかっただろう。ドン引きどころか、ガン逃げされてもおかしくなかった。


 そう考えると、ユグドラシルさんに感謝だな。ユグドラシルさんのアドバイスに従い、ビキニをボツにしてよかった。ありがとうユグドラシルさん。さすがはユグドラシルさん。さすユグ。


「何を持ってきたの?」


「うん。ディアナちゃんも気に入ってくれると嬉しいんだけど……」


 今回用意した水着は、Tシャツタイプのラッシュガードとサーフパンツ。たぶんこれならドン引きされることもないだろう。


 この水着を着て、二人で湖へ繰り出そう。そして、世界に水着を初披露するんだ。

 時代の先駆者に――ファーストペンギンになるんだ。


 ……あ、だけどディアナちゃんが先に湖に現れてしまったら、ディアナちゃんがファーストペンギン?


 それはちょっと困るな……。ディアナちゃんがファーストペンギンだとすると――僕はセカンドペンギンだ。

 セカンドペンギンとか、なんの価値もない……。


 ここまで準備しておいて、ファーストペンギンを奪われてしまうのは少し悔しい。

 ちょっと急ごうか? 更衣室で着替えたら、すぐに出てこよう。ディアナちゃんが更衣室から出てくる前に、僕が先に更衣室から――


 ……更衣室?


「あ、ない」


「ないの?」


「ないというか……忘れてた」


「忘れちゃったんだ?」


 忘れていた。うっかりしていた。水着はあるけど、更衣室がない……。


 まいったな。どこで着替えたらいいんだろう……?

 僕だけならコソコソっとそこらで着替えることもできるけど、ディアナちゃんはそうもいかないだろう。

 どうしよう。いったいどうしたものか……。


「元気だしてアレク。忘れちゃったんならしょうがないよ」


「うん……」


「次、また今度準備してくれたらいいから」


「準備……?」


 準備って、そう簡単に言うけれどもディアナちゃん……。


「アタシは大丈夫だから――あ」


「うん?」


「見てアレク、なんか変なゴーレムがいる!」


「え?」


 ディアナちゃんが指差した方向には、頭に薬草を生やした木製ゴーレムが、のしのしと歩いている。

 僕も実際に見たのは初めてだけど、あれが水陸両用救助ゴーレムだろう。


 このエリアのために新造したウッドゴーレムを目にして、興奮したディアナちゃんはゴーレムの元へ笑顔で駆け出していった。


 ディアナちゃんが笑顔を取り戻してくれたのはよかったけど、まさかその役目をゴーレムに奪われるとは……。

 結局ファーストペンギンの役目も、ディアナちゃんを笑顔にする役目も果たせずに終わるのか。なんだかままならないなぁ……。





 next chapter:美人建築士にして美人大工職人フルール

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