第191話 戦闘用の土


 チートルーレットで『つち』スキルを手に入れてから、一ヶ月ほどが経った。


「これからホムセンですか?」


「ホムセン……。うん、まぁとりあえず行ってくるよ」


「いよいよ買ってくるのですね――戦闘用の土を」


「そうね、ようやくだね」


 ナナさんの言う通り、僕はこれからジェレッドパパのお店へ向かう。

 そして――戦闘用の槌を買ってくるつもりだ。


「ルーレットで当ててからここまで、ずいぶん時間がかかりましたね」


「そうだねぇ」


「鑑定するまで二週間。戦闘用の土を買うまで、さらに二週間ですか」


「まぁ、仕方ないね」


 二週間前に教会で鑑定した後、父と母と僕――剣聖と賢者と剣聖と賢者の息子による家族会議が開かれた。

 そこで僕は、『できたら剣士になってほしいな』という、父からの熱いアピールを受けた。


 あのアピールを受けた直後に『それはそれとして、戦闘用の槌を買ってくるね』とは、なかなか切り出しづらい。

 そんなことを言ったら、また父がションボリしてしまう。


 なので、しばらく冷却期間を設けてみた。とりあえず二週間ほど冷ましてみた。


 そしてその二週間で、僕は剣を頑張った。

 父に対して『剣も頑張りますよ?』という、僕なりのアピールだ。今度は逆に、僕から父に熱いアピールを送ってみた。


 そんな二週間が終わり――もうそろそろいいんじゃないかな?

 二週間頑張ったし、もういいだろう。もう戦闘用の槌を買ってもいいだろう。たぶんいいはずだ。


「そういうわけで僕はこれから槌を買いに出かけるけど――」


「行ってらっしゃいませマスター」


「よかったらナナさんも一緒に行く?」


「行きません」


「…………」


 にべもなく断られた。そんなキッパリ断らなくても……。


「行かない?」


「行きません」


「……別に今回は、デレデレしながら鼻の下を伸ばしたりしないよ?」


「さすがにそんな心配はしていませんが……」


 そうか違うのか、よかった。

 僕とジェレッドパパのそんなシーンを想像されたらどうしようかと、心配していたところだ。


「その、実はですね……一週間ほど前に、私一人でジェレッドパパさんのホムセンに行ってきたのですよ」


「あ、そうなんだ?」


「いつまで経ってもマスターが戦闘用の土を買ってこないので、もう自分で見てこようと、ジェレパパのホムセンに行ってきたのですよ」


「ジェレパパのホムセンに……」


 いろんな名前が、どんどん略されていく……。

 それはともかく、わざわざ見に行ったのか。どんだけ戦闘用の槌が気になっているんだナナさん。


「それで、戦闘用の槌を見てきたの?」


「見られませんでした」


「あれ? そうなの?」


 なんでだろう? いつもお店に出ていたと思ったけど……。


 まさか――売れたの? え、売れるのあれ? そんなことってあるの?


「いくら見せてほしいとお願いしても、『そんなもん売ってねぇ』の一点張りで……」


「うーん? 売ってないの? おかしいな……」


「まぁそれで……ちょっと揉めまして」


「揉めたんだ……」


 何してんのナナさん……。


「最終的につまみ出されてしまいました。なので今は、ちょっと行きづらいのですよ」


「そうなんだ……」


「『おととい来やがれバッキャロー』って言われましたし」


「……そんなこと本当に言う人いるんだ」


 『おととい来やがれ』もそうだし、『バッキャロー』もなかなかだな……。

 怒られるのはイヤだけど、ちょっとだけ聞いてみたい気分になってしまった……。


「そういうわけでして、私はご一緒できません」


「そっか……。じゃあ一人で行ってくるよ。とりあえずナナさんのことも謝ってくるね?」


「ありがとうございますマスター。『鍛冶屋は筋骨隆々のハゲであるべきだ』とジェレパパさんに言ってしまったことも、ついでに謝っておいてください」


「そんなこと言ったんだ……」


 どんな偏見だ……。


「あ、けどナナさんの話からすると、ホムセンに行っても戦闘用の槌は売っていないのかな?」


「どうでしょう……。あれほど騒いだのに、見せてくれませんでしたからね」


「そんなに騒いだんだ……。まぁ、とりあえず行ってくるよ。なかったらなかったで、新しく戦闘用の槌を作ってもらおうかな」


「そうですか。では、行ってらっしゃいませマスター」


「うん。行ってきます」


 とりあえず行こう。槌の件は抜きにしても、ジェレッドパパには会いに行こう。

 それでもって、しっかり謝っておこう……。


 別に娘ではないが、娘的な存在のナナさんの不始末だ。別に父ではないが、父親的な存在の僕から、ジェレッドパパにはしっかり謝っておこう。


 ――ハゲなくてもいいと、しっかり伝えよう。



 ◇



「着いた着いた。なんか予定よりずいぶん遅くなっちゃったけど、ようやく着いた」


 ナナさんとの無駄話が終わり、僕はジェレパパのホムセンに向けて出発した。


 しかしその道中で、前回教会で鑑定してから二週間経ったことを、ふと思い出した。

 前回の鑑定から二週間――ということはつまり、そろそろ教会に行ってもいい頃合いだ。


 隔週で通っているのだから、二週間経った今日は、もう教会に行ってもいい。――そのことを思い出した僕は我慢できなくなって、ついつい教会へ行ってしまった。


 そしてローデットさんと楽しくお喋りをして、とりあえず鑑定もした。

 残念ながら鑑定結果に変化はなく、表示されたステータスも二週間前と同じものであったが、まぁ仕方ない。僕はローデットさんと楽しくお喋りできただけで十分だ。十分満足だ。


 十分満足した僕は――そのまま帰ろうとした。


 そしてしばらく自宅に向かって歩いた後、本来の目的を思い出し、慌てて引き返す羽目になった。


「途中で思い出せてよかった。あのまま家に帰っていたら、またナナさんからひどい嫌味を言われていただろう……」


 そんなわけで、なんだかずいぶん右往左往うおうさおうしてしまったけど、ようやくジェレパパのホムセンに到着した。


「……思えば、右往左往していたのは今日だけじゃないな」


 今日も今日で、あっちへ行ったりこっちへ行ったりフラフラしていたけれど、思い返せばずっと右往左往していた気がする。

 チートルーレットで『槌』スキルを手に入れてから、なんだかんだでもう一ヶ月。ずいぶん時間が掛かって、ずいぶん回り道をしてしまった。


 だがそれも今日で終わり。僕は今日、戦闘用の槌を手に入れる。


 ――念願の、戦闘用の槌を手に入れるぞ!


「こんにちはー!」


 決意を込めて、元気良く挨拶しながら僕はホムセンへ入った。

 元気良く入店したのはいいものの、ジェレッドパパの姿は見当たらない。店の奥だろうか?


 とりあえず僕は店内を進む。

 店内のいたるところに武器や防具が並べられていて、それだけならばホムセンっぽくはないだろう。一応は武器屋と呼んでもいいたたずまいだ。


「あ、やっぱりあるじゃないか」


 店内の棚に飾られている、大きな鉄製の槌を見つけた。


 とりあえずは一安心だけど、ナナさんが『見られなかった』と言っていたのは、なんだったのだろう?


 この大槌おおづちは、僕が初めてここへ来たときから、ずっと飾られていた物だ。

 まさかここへ来て、このタイミングで売れてしまったのかと危惧きぐしたけれど、やっぱりいつものように飾られていた。


「いやしかし、それにしても……」


 なんとなくこの大槌を見ていると、感慨深いものがある。


 僕はこの店でこの大槌を見る度に――


『この村でこんなの使う人いるのかな……』


 なんてことを毎回つぶやいていたのだ。

 だというのに、まさか自分が使うことになるとは……。


 なんだろう、もしかしてフラグかな? 自分でフラグを立ててしまっていたのかな?

 長い時間を掛けて、僕はようやくその伏線を回収してしまったのだろうか……。


 なんとなくだけど、古い古い伏線を無事に回収できたことに、妙な満足感と達成感を覚えた僕であった。





 next chapter:戦闘用の槌

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