第192話 戦闘用の槌


「感慨深い……」


「何やってんだ坊主?」


「おっと」


 僕がお店に飾られた大槌おおづちを眺めながら物思いにふけっていると、店の奥からジェレッドパパが現れた。


「こんにちは」


「おう」


「というか……あれ? なんか――」


「あん?」


「なんだか、すっごい久々じゃないですか……?」


「は?」


 すごく久々な気がする。ものすごく久々に、ジェレッドパパと会った気がする。


「何年ぶりですかね? 七年ぶりくらいですか?」


「はぁ? 何言ってんだ?」


「最後に会ったのは……リバーシを作るとか作らなくてもいいとか、そんな話をしたときでしたかね?」


「だから何言ってんだてめぇは。リバーシ? いつのことだそりゃ?」


「七年前ですが」


「そうかよ……。なんでそれ以来会ってねぇことになってんだ?」


「さぁ……?」


 自分でもよくわからない。自分自身おかしなことを言っている自覚はある。

 だがしかし、どうしても久しぶりの再会な気がしてならない。


「いやー、お久しぶりです」


 なんとなくジェレッドパパに対しても感慨深い気持ちになってしまった僕は、カウンターのジェレッドパパの元までフラフラと近付き、前腕の辺りをペタペタと撫で回した。


「何しやがる」


「あ……」


 撫で回していた手を、乱暴に振り払われてしまった。


「ちょっとくらいいいじゃないですか、七年ぶりの再会ですよ?」


「七年ぶりじゃねぇよ」


「久々に会った戦友に、ひどい仕打ちだ……」


「なんだよ戦友って……」


 僕等は共に地獄を――無限リバーシ地獄を戦い抜いた戦友じゃないですか。


「っていうかこれ、あれだろ?」


「はい?」


「ジェレッドが言ってたぞ? たまに坊主が『久々の再会じゃないのに、久々の再会を喜んでベタベタしてくる』ってよ」


「……なんというか、言葉だけだとわけがわからない相談ですね」


「俺もジェレッドが何を言ってんのかわけがわからなかったが、今日やっとわかったわ。……いや、やっぱりわけがわかんねぇんだけどよ」


 僕自身もわけがわかんないからなぁ……。


 しかしジェレッド君、そんな相談をパパにしていたのか……。

 なんだか無駄に気味悪がらせてしまったのかもしれない。今度会ったら謝っておこう。


 ……いつ会えるのかは知らないが。


「まぁ七年ぶりじゃねぇけどよ、確かに久々だな」


「そうですね。最近ちょっといろいろありまして」


 少なくともここ一ヶ月、僕はこのお店に来ていない。

 もし来たら、僕はきっとつちが欲しくなってしまっていただろう。

 だがしかし、買うことはできない。買ったらまずい状況だった。


 というわけで僕はここ一ヶ月ほど、意識的にここへは近付かないようにしていたのだ。


「今日はどうした? 弓ならまだだぞ?」


「弓? あぁそうですか、まだですか」


「もうちょい掛かんな」


「なるほど」


 実は今、ジェレッドパパに弓の製作を依頼している。

 以前ユグドラシルさんから貰った世界樹の枝を素材とした――世界樹の弓だ。


 ユグドラシルさんから枝を貰い、何を作ろうかしばらく悩んだ後、僕は弓を作ることを決めた。

 まぁ普通に考えて、ここは弓だろう。何故か父が『もう一本剣を作るのはどうかな、予備として』などと、二本目の世界樹の剣を提案してきたが、まぁここは普通に弓だろう。


 弓に決めた僕は、ジェレッドパパに指導を受けながら弓作りを開始した。

 というか実のところ、弓作りなんて初めてだし貴重な素材だし、最初から最後までジェレッドパパにお願いしたい気持ちもあったのだけど……。とりあえず木くず――もとい、木の切れ端も回収しておかなければならないので、最初は自分で作り始めた。


 そうしたところ、ジェレッドパパはいろいろ指導してくるし、ユグドラシルさんも僕の弓作りを応援し始めるわで、結局製作の大部分を自分でやらなければいけない流れが出来上がってしまった。


 弓作りは、削ればいいだけの木剣作りとは少し勝手が違う。いろいろと苦労しながら弓作製を続け、作業すること数ヶ月。ようやく仕上げの段階に入ったので、最後の最後だけはジェレッドパパにお願いすることになった。


 そんなこんなで、ジェレッドパパに製作中の世界樹の弓を預け――それもまたずいぶん前のことなのだけど、未だに完成には至っていないらしい。


「ジェレッドパパさんでも、まだ出来ませんか」


「さすがに物が物だからな。しっかり調整して、しっかり仕上げてやりてぇ」


「時間を掛けて丁寧ていねいに作ってくれているのなら、僕としてもありがたいです。僕はいくらでも待つので、よろしくお願いします」


「おう」


 まぁ仕方がない。気長に待とうか。

 それに、今回来たのはそのことじゃない。弓は弓で楽しみにしつつも、今日の本題はそれじゃないのだ。


「今日来たのは、弓のことじゃないんですよね」


「あん? そうなのか?」


「はい。実は、戦闘用の槌を見せてもらいに来たんです」


「戦闘用の……? あぁ、またかよ……」


「はい?」


 ひたいに手をやり、なんだかうんざりしたような表情を浮かべるジェレッドパパ。


「どうかしましたか?」


「どうもこうもねぇよ。あれだよ、てめぇん家に住んでる、あの嬢ちゃんのことだよ」


「嬢ちゃん……?」


「そうだよ」


「母のことですか?」


「ブフッ――!」


 僕が聞き返した瞬間、ジェレッドパパは盛大に吹き出してしまった。

 その反応は、ちょっと母に失礼じゃないかな?


「笑うとかひどいじゃないですか。まるで僕の母は、嬢ちゃんじゃないみたいじゃないですか」


「嬢ちゃんじゃねぇだろうが……」


「ひどいなぁ」


「どっちかっつーと、坊主の方がひでぇような気がすんだけどな……」


 冤罪えんざいである。


「とにかくあれだ、ナナっつー坊主の家に住んでる嬢ちゃんのことだよ」


「そうでしたか、ナナさんのことですか」


 まぁここだけの話、たぶんそうだろうと思っていたのだけれど。


「あの嬢ちゃんがいきなり、戦闘用の槌を見せろって乗り込んできてな……」


「らしいですね」


「そこにあんだろっつったんだが、ちげーって言われてよう」


「ふむ……」


 ジェレッドパパが指差したのは、先ほどから僕が感慨深く眺めていた鉄の大槌だ。

 やはりナナさんがここへ来たときも、しっかり棚に飾られていたようだ。


 この大槌を見たというのに、ナナさんは『ちげー』と言ったらしい。果たしてこれはいったい……?


「何が違ったんでしょうか?」


「どうも嬢ちゃんが言うには、それじゃなくて――戦闘用の『土』が見たかったらしいぜ?」


「はい? これじゃなくて――『戦闘用』の槌?」


 ……どういうことだろう? この大槌はナナさん的に言えば、戦闘用じゃないというのか?


 ひょっとするとナナさんは――もっと戦闘に適した槌が見たかったのかな?

 例えば……もっと大きくて重量がある槌とか? あるいは、トゲトゲがいっぱい付いた槌とか?


「そんな槌あるんですか?」


「ねぇよ」


 やっぱりないのか……。

 トゲトゲハンマーなんて物があるなら僕もちょっと見てみたかったけど、ないのだからしょうがない。というか、この大槌だって十分戦闘用だろうに、ナナさんは欲張りだな。


「いくらねぇっつっても、『隠すのか』ってわめき散らしてよぉ」


「そんなことが……」


「『隠すと為にならない』とか、『私には剣聖と賢者と剣聖と賢者の息子が付いているんだ』とか」


「えぇ……」


 何をしているんだナナさん……。

 両親のネームバリューを使って、ジェレッドパパを脅迫きょうはくするとか……。というか僕のネームバリューらしきものまで使われているし……。


「その、すみません。うちのナナさんが……」


「まぁ冗談で言ってんのはわかっから、別にいいんだけどよ」


「ですが、ジェレッドパパさんに『ハゲろ』とまで言ってしまったようで……」


「それは言われてねぇよ?」


 あれ? 違ったっけ? なんかそんなニュアンスのことを言ってしまったと聞いたけど。


「あぁ、だけど『鍛冶屋ならハゲるべき』とは言われたな」


「それですそれです。すみません、ナナさんがおかしなことを――」


「あと、『武器屋を名乗りたいなら、顔をすっぽり覆うつの付きのマスクを着用すべし』とか言われたな」


「えぇ……」


 そんなことまで言っていたのかナナさん……。

 それで本当にジェレッドパパがマスクをかぶって、半裸にハーネスベルトを着用し始めたら、どうするつもりなんだナナさん……。


「申し訳ありません。ナナさんはときどきおかしなことを言い出すへきが……」


「坊主とよく似てるよな」


「えぇ……」


 それはちょっと心外だ……。


 確かに僕は前世の知識があるせいで、ときどきポロッとおかしな発言をしてしまう場面が、ないとは言えない。

 だがしかし、ナナさんほどエキセントリックな発言はしていないと思う。


「坊主と嬢ちゃん。よく似てると思うわ」


「いや、ですが――」


「なんだろうな、姉と弟みてぇだと思ったな」


「姉と弟……?」


 ナナさんが姉で、僕が弟……?

 いや、それはちょっと……。それだったら、むしろ――


「父と娘がいいのですが……」


「そういうよくわかんねぇこと言い出すあたり、よく似てるわ……」





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