第190話 剣聖と賢者と剣聖と賢者の息子2


「そういうわけで、僕は『つち』スキルを取得したらしいんだ」


 なんだか妙に時間が掛かってしまったが、ようやく僕は新スキル――『槌』スキルの取得を、家族会議にて発表した。


「土スキル?」


「うん、『槌』スキル」


「アレクは、土スキルを取得したの……?」


「そうだけど……?」


 母が不思議そうな顔で、何度もスキルのことを尋ねてくる。


 ユグドラシルさんもこんな感じだったな……。

 どうにも『槌』スキルのことを伝えると、不思議そうな顔をする人が多い。やっぱりエルフには珍しいスキルだからだろうか?


「あぁ、槌かな? 『槌』スキル? 木槌きづちとか金槌かなづちとかの?」


「そうそう」


 父の言葉に頷く僕。


「あっ……」


「母さん、どうかした?」


「わかっていたわ。最初から『槌』スキルだと、母はわかっていたわ」


「えっと、うん」


 よくわからないけど、母はわかっていたらしい。


「なるほど、珍しいスキルを手に入れたわね?」


「あー、うん。僕は毎日のように木工をしているからさ……たぶんそれで取得したのかなーって」


「そうね、木工で槌を使うものね。だから『槌』スキルなのね、母はわかっていたわ」


「そうなんだ」


 妙に母が『わかっていた』ことをアピールしてくる。

 むしろそこまで連呼されると、本当はわかっていなかったんじゃないかと疑ってしまいそうになる。


「だとすると、アレクの木工技術はさらに上達しているということね?」


「うん。釘を打ったりとかノミを叩いたりとか、そういう場面ではかなり進歩したと思う」


 この二週間でいろいろ試してみたけれど、『木工』スキルと『槌』スキルの相乗効果はかなりのものだ。

 槌を使用して作った木工作品は、明らかにスキル取得前の物よりも出来が良い。


 こうなると、さらなる相乗効果――さらなるシナジーを求めてしまう。

 ノミ用のスキルとかも欲しくなってしまう。ノミスキル、あるのだろうか……。


「もしかして、私の人形も進化しているのかしら?」


「あー、そうだね。前よりもっと上手に作れるようになったと思う」


「いいわね。魔法スキルでないのは残念だけど、そう考えると『槌』スキルも悪くないわ」


「そうなんだ」


 てっきり母は、僕が魔法使いになることを望んでいるのかと思ったけれど……母的には木工師でもいいらしい。

 というか、むしろ木工師が第一希望っぽい雰囲気を感じる……。


「木工で『槌』スキル……。なんで『剣』スキルは取得してくれないんだいアレク……?」


「いや、なんでって言われても……」


 父の第一希望は剣士らしい……。立派な剣士になるための第一歩として、僕には『剣』スキルを覚えてほしいようだ。

 そりゃあ僕だって、覚えられるものなら早く覚えたいんだけどね……?


「木工でナイフを使ったりもするだろう? なら『剣』スキルを取得してくれてもいいじゃないか……」


「いいじゃないかって言われても……」


 そんなことを言われても困る。


 ……けどまぁ、確かに父の疑問も理解できる。

 剣の練習はほぼ毎日しているし、木工作業でもナイフを使っている。なのに『剣』スキルよりも先に『槌』スキルを覚えたってのは、父からすると納得できないことだろう……。


「えぇと……あれじゃない?」


「あれ?」


「セルジャン落とし」


「…………」


 実験でセルジャン落としをプレイしてみたところ、『槌』スキルは非常に有効に作用した。

 逆に考えれば、セルジャン落としをプレイし続ければ、いずれ『槌』スキルの取得やレベルアップにも繋がるはずだ。

 ――そう考えた僕は、とっさの機転を利かせて、そんな言い訳をしてみた。


「ほら、僕はセルジャン落としをやっていたから」


「やっていたんだ……」


 まぁ実際にはセルジャン落としなんて、何年もやっていなかった。

 実験のために引っ張り出したのも、ずいぶん久しぶりのことだ。ずっとおもちゃ箱にしまわれっぱなしで、存在すら忘れていた。


 ……存在すら忘れているので、うっかりおもちゃ箱の整理なんてした日には、毎回心臓が止まりそうになる。

 もういい加減捨ててしまおうかとも思っていたんだけど、まさかこんなふうに役立つ日が来るとはね……。


「僕は木工作業やセルジャン落としを毎日やっていたから、たぶんそれで『槌』スキルを取得できたんだと思う」


「え、毎日やっていたの……?」


「え? えーと……うん」


「えぇ……? いや、それならスキルの取得も納得できるかな……? だけどそれにしたって、あれを毎日? えぇ……?」


 ……さすがに毎日なんて言うは、やめといた方がよかったかな。

 スキル取得までの経緯は納得してくれたみたいだけど、父が結構なショックを受けている……。


「それで父――父?」


「あぁ、うん、ごめん……。何かな?」


「せっかく『槌』スキルを覚えたしさ、戦闘用の槌を買って、戦闘でも試してみようと思うんだ」


「あ、そうなんだ、戦闘でも……」


「うん。せっかくだから、試しに」


「もう、剣は使わないのかな……?」


「え? いや、そういうわけでもないんだけど……」


 僕はさらに追加で父にショックを与えてしまったようだ。父がションボリしている。

 息子が剣士ではなく、槌士つちしの道を進むことを憂いているのだろうか……。


「パパは、アレクが剣士になってほしいのね?」


「それは……。いや、僕としては――」


「アレクにも、剣聖になってほしいのね? 剣聖を継いでほしいのね?」


「…………」


 ……まぁ、ニュアンス的にはそんな感じだろう。そんなことを望んでいるのだろう。


 だけど別に、剣聖を継いでほしいとまでは思っていない気がする。そもそも父は、剣聖と呼ばれることが嫌いだし……。

 実際今も、母から剣聖呼ばわりされたことで父は渋い顔になっている。


 もしここで、父が母に向かって――


『そう言うミリアムは、アレクが賢者になってほしいみたいですけどねぇ?』


 とでも皮肉を飛ばせば、結構な夫婦喧嘩が勃発ぼっぱつしそうだ……。

 しかし、日頃から温和で穏やかな父は、そんなことを言わない。今も黙って耐えるのみだ。


「パパの気持ちはわかるけど、アレクの人生はアレクのものよ?」


「……うん」


「親の理想を押し付けるのはよくないわ」


「…………うん」


 言っていることはあっていると思う。正論だと思う。

 つい先ほど木工師か魔法使いになることを母から期待されたような気もするけど……たぶん発言自体は正しい。


「そうだね、ミリアムの言う通りだ。ごめんねアレク」


「ううん、大丈夫だよ父」


「魔法使いでも木工師でも槌士つちしでも――アレクが何を目指したとしても、僕は応援するよ」


「ありがとう父」


 まぁ今のところ、別にそれらを目指しているわけでもないんだけど……。


「剣士を目指したとしても、僕は応援するから」


「……ありがとう父」


 最後に父がこっそりと自分の希望もアピールしたところで、剣聖と賢者と剣聖と賢者の息子による、家族会議は終了した。





 next chapter:戦闘用の土

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