第172話 ディアナちゃんの髪


「偶然なんですよ」


「わかったわかった」


「本当に偶然なんです」


「わかったというに」


 別に僕は、女の子限定で髪の毛を集めているわけではない。

 偶然なんだ。結果的に、集めるのが女の子だけになってしまっただけなんだ。


 そこのところを勘違いしてもらっては困るので、僕はその旨をしっかりユグドラシルさんに伝えた。なんかあんまり伝わっていない気もするけど、一応伝えた。


「それで、ディアナか。何度か会ったの」


「あー、そうですね」


 頻繁ひんぱんに僕の部屋に現れるユグドラシルさんとディアナちゃん。そのため、この部屋で何度か鉢合はちあわせしたこともある。


「といっても、そこまで深く話したことはなかったが」


「良い子ですよ? ちょっと変わったところがありますが、ディアナちゃんは良い子です」


「お主が『変わった子』と言うのならば、相当に変わった娘なのじゃろうな」


 どういう意味だろうか?


「ふむ。以前会った印象では、特におかしいとも感じなかったが?」


「少し緊張していたみたいですね」


 幼女にしか見えないユグドラシルさんだけど、なにせ僕らエルフの神様だ。

 神様と面会ともなれば、そりゃあ緊張だってするだろう。


「それで、ディアナちゃんの髪回収ですが――」


「うむ。今から隣村まで行くか?」


 なんだかユグドラシルさんがやる気を見せている……。レリーナちゃんのときとは雲泥うんでいの差だ……。


 だがしかし、今から隣村へ向かう必要はない。

 何故なら――


「実はもう、回収は終わっているんです」


「む、そうなのか?」


「そうなんです」


 やる気満々のユグドラシルさんには申し訳ないのだけど、すでにディアナちゃんの髪は回収済である。


「リストを作ってから今までで、ディアナちゃんの髪はちょこちょこ回収していたんですよ」


「ちょこちょこ?」


「はい。実はですね、彼女は僕の部屋でよく寝ていくんですけど――どうしました?」


「寝ていくのか……?」


 何やらいぶかしげな表情を浮かべるユグドラシルさん。いったい何を想像しているのやら……。


「普通に睡眠を取っていくだけですよ」


「ん? ああ。なんじゃ、寝ているだけか」


「そうです。というかそう言いました」


「すまぬすまぬ。つまり、ディアナがこの村に泊まるときはこの家で眠る。ということじゃろうか?」


「えぇと……大体そんな感じです」


「ふむ?」


 ディアナちゃんがこの村に泊まるときは、レリーナちゃんの家に泊まっているのだけど、レリーナちゃんが怖くてあんまり熟睡できないので、翌朝この家で眠る――


 略すと、『この村に泊まるときはこの家で眠る』だ。

 ……うん。大体あっている


 あえて『レリーナちゃんが怖くて』の部分を、ユグドラシルさんに伝えることもないだろう……。

 これ以上ユグドラシルさんに、レリーナちゃんの恐怖を伝えなくてもいいだろう……。


「そんなわけでディアナちゃんは、ちょこちょこ僕の部屋――僕のベッドで眠ってから帰るんです」


「ふむ」


「なので僕は、部屋のマクラを常に掃除しておいたわけです」


「マクラ?」


「彼女が来て眠った後、僕はマクラに落ちた髪の毛をこっそり回収――引かないでくださいよ……」


「だって……」


 ユグドラシルさんが、わかりやすくドン引きしている……。


 そりゃあね、気持ちはわかるさ。どう考えても変態の所業しょぎょうだもの……。

 ディアナちゃんが眠った後の枕を、目を皿のようにしてチェックしている姿は、自分でも結構引いたもの……。


「……えぇと、それでディアナの髪は回収できたのじゃろうか?」


「ええまぁ。四回――いや、五回かな? そのくらいかかりましたけど、無事に回収できました」


「そうか……」


 いつもマクラを綺麗にしていたし、ディアナちゃんは僕と髪色が違う。間違えることはないだろう。

 五本ほど確保して、『ディアナちゃん』と書いた紙に、しっかりと保管してある。


「そういうわけで、ディアナちゃんの髪は回収完了です。お疲れ様でしたー」


「お疲れ様でしたー……」


 なんだかいまいち反応がよくないけど、とりあえず毎度の挨拶を交わす僕とユグドラシルさん。


「まぁ、無事に回収できたのならばよい……。あぁ、それではわしが最後か」


「そうなりましたね」


 リストのうち回収できていないのは、あとユグドラシルさんだけとなった。


 これもなんだか不思議な話だ。

 家族枠も含めて一番最初に『髪の毛をください』とお願いしたのがユグドラシルさんだったのだけど、なんやかんやあって、結局ユグドラシルさんの分を回収するのが一番最後になってしまった。


「ちゃんと持ってきたぞ」


「ありがとうございます。もしかして、その袋に?」


「うむ」


 いつもは手ぶらで来訪するユグドラシルさんだけど、今日は珍しく布の袋を肩にかけて入ってきた。やっぱりあの袋の中に、世界樹の枝が入っているらしい。


 正直ユグドラシルさんが袋について話を切り出してくれなかったので、なんだか少し落ち着かない気分だったのだ。


 自分へのお土産だと予想しつつも、やはり自分からは切り出しづらい――しかし、どうしたって気にはなる。

 そんなわけで、実はちょっとそわそわしていた僕だったのだけど、ようやく貰えるらしい。





 next chapter:お疲れ様でしたー!

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