第171話 最後の一人


「邪魔するぞー」


「え? あぁこんにちは」


 僕が自室にてナナさんの人形を彫っていると、ユグドラシルさんがやってきた。


「久しぶりじゃのう」


「ええ、はい」


 とりあえず作りかけのナナ人形は棚へ置き、木くずを片付けながら応える。


「お久しぶりです。二週間ぶりですか」


「うむ。その、すまなかったのう。前回はその……用事がじゃな」


「…………」


 二週間前、僕はユグドラシルさんと一緒に、レリーナちゃんの髪を回収しようとしていた。

 だがしかし朝に目を覚ますと、ユグドラシルさんは忽然こつぜんと姿を消していた。

 僕としては逃げたとしか思えなかったのだけど……。


「用事ですか」


「う、うむ」


「用事なら、仕方ないですね」


「うむ……」


 まぁ、あえて追及することもないだろう。こちらはお願いして手伝ってもらっている身だ。

 たとえ本当に逃げたのだとしても、責めることはしまい。


「わしとしては、是非お主に協力したいと思っていたのじゃが、なにせ用事が……」


「はぁ」


「それにじゃな、レリーナの場合は、わしがおらぬ方が上手く事が進むと思った部分もあり……」


「そうですか……」


「それを抜きにしても外せない用事があったので、致し方なく……」


「…………」


 僕としては責める気はないのだけど、ユグドラシルさんが自分から言い訳をしてくる……。


「それで、レリーナはどうなったのじゃろうか?」


「あ、はい。無事に回収完了しました」


「お、そうかそうか」


 すでに回収済みであることを伝えると、どことなく嬉しそうなユグドラシルさん。

 おそらくレリーナちゃんの髪回収に向かわずに済んだことが嬉しいのだろう。


 やはりレリーナちゃんと対峙するのは、神樹ユグドラシル様でも大変なのか……。神すら恐れるレリーナちゃんとはいったい……。


「あれからくしで回収したのか?」


「えぇとですね……」


 さて、どこから説明したものか。ユグドラシルさんが帰ってしまってから、いろいろあったからねぇ……。


「あのあと、レリーナちゃんとお花見に行くことになりました」


「お花見……? 花を見に行くという行事じゃったか?」


「そうですそうです。桜の花を見に行こうという話になりまして」


「ふむ」


「それでお花見に行って…………まぁそうですね、お花見をしました」


「ふむ?」


 レリーナちゃんの凶行は、伝えなくてもいいだろう……。

 これ以上ユグドラシルさんに、レリーナちゃんの恐怖を伝えなくてもいいだろう……。


「お花見の途中で髪を回収しようかと思ったのですが、なにせ人がたくさんいたので――」


「うむ。大勢いたのう」


「え?」


「その、帰る前に桜は見に行ったのじゃ。そうしたら大勢のエルフが桜を見物しておってな」


「あぁそうなんですか」


 ユグドラシルさんが『用事』とやらで帰ったのは、僕がジスレアさんとお花見をした日の前日だ。

 どうやら、そのときからすでに大勢のエルフが桜見物に訪れていたらしい。


 ちなみにだが、桜の花はすでに散ってしまった。

 桜の花が散るまでは連日お花見エルフでにぎわっていて、僕も家族で行ったり、ディアナちゃんともお花見をしていた。


 そんな2-1エリアを賑わせていた桜もすでに散り、連日キャンプを張っていたお花見エルフも解散した。

 桜の花が再び咲くのは、また来年。お花見エルフが集まるのも、また来年のことになる。


「確かに綺麗な花じゃったのう」


「そうですか。それは何よりです」


 桜が散る前にユグドラシルさんも見物できたらしいので、それはまぁよかった。来年はユグドラシルさんともお花見をしたいね。


「そんなわけで、僕が行ったときも人が大勢いました。その中でレリーナちゃんの髪を回収するのは難しいと思っていたのですが……」


「そうじゃのう。さすがに人に見られていてはのう……」


「――ですが、何故かレリーナちゃんの方が僕の髪を回収していきまして」


「……なんでじゃ?」


「なんかお守りにしたいと言われました」


「ふむ……? んー、確かにそんな風習らしきものはあった気が……?」


 あぁ、ユグドラシルさんも知っているのか。……ということは、実際にそういう風習があるんだな。

 お守りとか建前で、黒魔術的なものに使われているんじゃないかって軽くビクビクしていたんだけど、ちゃんと実在する風習だったようだ。


「それに便乗して、『僕もレリーナちゃんの髪をお守りにしたい』と伝えたんです」


 そう伝え、僕はもう一度レリーナちゃんの髪をとかし、数本の髪の毛を手に入れた。

 そして家に帰ってから、『レリーナちゃん』と書いておいた紙に改めて保管。


「そんな感じで、無事にレリーナちゃんの髪の毛も回収完了しました」


「ふむ。そうか、お疲れじゃったな――お疲れ様でしたー」


「お疲れ様でしたー」


 今更ではあるけど、毎度の挨拶をかわす僕とユグドラシルさん。

 というか本当にお疲れ様だ。実際にレリーナちゃんの髪回収は、本当に大変で、本当に疲れた。


 ユグドラシルさんには話を端折はしょってざっくりと説明したけど……むしろ僕がレリーナちゃんに『ざっくり』やられそうな事態だったしねぇ……。


「ふむ。これで、わしを除けば残りは一人か」


「あー、そうですね」


 僕が悩みながら作った『髪の毛が欲しい人リスト』五人のうち――

 ローデットさん、ジスレアさん、レリーナちゃん――この三人は無事に回収完了した。

 そしてユグドラシルさんも髪ではなく枝だが、すでに貰えることを約束済だ。


 つまり『髪の毛が欲しい人リスト』は――残り一人。


「最後の一人は誰じゃろうか?」


「最後の一人は――ディアナちゃんです」


「ディアナ……。隣村の娘じゃな?」


「そうです」


「ふむ……」


 僕が最後の一人がディアナちゃんだと伝えると、ユグドラシルさんはなんだか少し考え込む様子を見せて――


「お主が髪を欲しがる相手は、女ばっかじゃな」


「…………」


 まぁそうなんだけど……。確かにリストのメンバーは全員女性なんだけど……。

 いやけど、偶然なんだ。偶然そうなっただけなんだ。


 僕だってジェレッド君の髪とか確保しておきたかった。そういう気持ちはあったんだ。

 だけど、なにせ五人までという決まりだったから、だから仕方なく……。すべては五人までという、この枠のせいなんだ……。


 この枠のせいで、ジェレッド君は犠牲ぎせいになったのだ……。





 next chapter:ディアナちゃんの髪

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