第147話 ラブコメ回3


「カブトムシだ」


 ふと見上げた大きな木の中程に、カブトムシがとまっているのを見つけた。


「どしたの?」


「見てディアナちゃん。カブトムシだ」


「ふーん」


 木にしがみついているカブトムシを指差して伝えたのだけど……ディアナちゃんの反応は微妙だ。


「アレクはあの虫好きだよね」


「虫……」


 虫か……。そりゃまぁカブトムシは間違いなく虫ではあるけど。


「何? 美味しいの?」


「えぇ……」


 どんな質問だ……。

 僕はカブトムシの味なんて知らない。僕がカブトムシを発見して喜んだのは、美味しそうな食材を発見したからではない。


「僕はカブトムシを食べたことはないよ……」


「じゃ、なんでそんなにはしゃいでんの?」


「そこまではしゃいでいたつもりもないんだけど……なんかカブトムシって格好良くない?」


「え? 虫じゃん」


「…………」


 どうも女の子のディアナちゃんからすると、カブトムシもただの虫でしかないらしい。


「てーかさー、アレクはこのエリアが好きだよねー。何? 虫が好きなの?」


「別に虫がいるから好きってわけでもないんだけどね……」


 このエリア――現在僕たちが滞在しているこの場所は、『世界樹様の迷宮』2-1エリアだ。


 ナナさんが一人で作成したこのエリアは、子供エルフ達に開放されるまで、結局一ヶ月以上の月日を要した。

 どうもエリアが広すぎて、安全確認を終えるのに時間がかかったらしい。


 まぁそれだけ時間が掛かったのも、納得できる程度には広いエリアだ。2-1エリアは四角ではなく円の形をしているのだが、なんとこのエリア――直径が五キロある。

 直径五キロメートルの森フィールド、そりゃあ確認に時間も掛かるわな……。


 そんな2-1エリアは、フィールド全域で樹木が生いしげり、草花が咲き乱れている。

 そして、頭上には青空が広がっている。他のエリアのようにヒカリゴケの生えた石の天井ではなく、青空だ。

 外の天候とリンクしているそうで、晴れたり曇ったり雨が降ったり――外が雪ならダンジョン内でも雪が降るらしい。


 最初にこの天井を見たときは、『これができるのなら、ヒカリゴケとかいらないんじゃ……』なんて思ったりもした。

 しかし聞くところによると、この天井の天候システムはなかなかにお高く、ヒカリゴケの方がリーズナブルらしい。


 ……まぁ、この天候システムより不殺大ネズミの方が高かったりもするんだけど。


「なんというか、良いよねここ。やっぱり僕も自然を愛するエルフだからなのかな? 見渡す限りの大自然、良いよね」


「ダンジョンの外だって、見渡す限りの大自然じゃない?」


「そう言われるとそうなんだけど……。やっぱりモンスターがいないってのがいいのかな? なんだかのんびりできる」


「ふーん」


 というわけで、このエリアにモンスターはいない。

 先程僕が見つけたように昆虫も数多く生息していて、動物もいるし、鳥なんかも飛んでいるけれど、モンスターはいない。

 ……あぁけど、救助ゴーレムがいるか。救助ゴーレムをモンスターって呼ぶのは、もう違和感しかないけど。


 つまりまとめると――2-1エリアは虫とか動物とか鳥とかゴーレムとかがいて、天候が外とリンクしている、直径五キロの森フィールドだ。


 あとでナナさんに、どうしてこんなエリアを作ったのか聞いてみたところ、『大きなフィールド型ダンジョンを作りたかったんです。なんとなく』と、ゆるい回答が返ってきた。……どうやら、あんまり詳しく考えて作ったわけではないようだ。


 そのせいか、このエリアには少し問題が発生していた。

 その問題とは――救助ゴーレムだ。救助ゴーレムの数に問題があった。


 このエリアでもナナさんは、『三時間で一体ポップ。エリア内に最大五体まで』という設計の救助ゴーレムを購入した。

 直径五キロの円形フィールドで、救助ゴーレムが五体。……無理がある。どう考えても無理がある。たった五体でこの広さをカバーするのは、どう考えても無理がある。


『すでに新エリアの構想は固まっていますし、ダンジョンポイント的にも問題ないことを計算済みです』


 ――とかなんとかドヤ顔で語っていたナナさんだけど、そこはうっかりしていたらしい。

 しかもその時点でポイントを使い切ってしまったので、しばらくは救助ゴーレム五体体制で運営していた……。


 それからなんとかポイントを貯めて、今度は『八時間で一体ポップ。エリア内に最大十体まで』という、リポップ時間を大幅に犠牲にした救助ゴーレムを購入した。


 元々のゴーレムもこの設定に変更し、現在は救助ゴーレム二十体体制で運営している。

 まぁ二十体でも、正直かなり無理がある気がするけど……。


 そんな問題はあったけれど、のんびりとしたこのエリアを僕は結構気に入っている。

 初めて探索してから三ヶ月経った今でも、僕はちょくちょくここへ癒やされに来ている。


「――って思っちゃったんだ?」


「……え?」


 ディアナちゃんがニマニマしながら、僕に質問をしてきた。


 ……まずい。救助ゴーレムの勤務体制について思考を巡らせていたため、ディアナちゃんの話をまったく聞いていなかった。

 この表情からして、いつものように僕をからかってやろうって魂胆こんたんの質問なのだろうけど……。


「つまりは、そういうことなんでしょ?」


「そうだね」


「お、おう……」


 ディアナちゃんは照れている。


 一応いつものやりとりをこなせた感じになったけど……なんだか悪いことをしちゃったな。

 反省しよう。ディアナちゃんの話をうっかり聞き漏らしたことを、反省しよう――


「けどさー、さすがにそれはどうかと思うよ? いくらアタシでも、さすがにそれは無理」


「……そうなんだ」


「なんかそれはもう、変態じゃん」


「え……?」


 なんだそれは……。いったいディアナちゃんは、どんな質問をしたんだ……。

 というか、これで僕が変態扱いされてしまうの? むしろ変態なのはディアナちゃんの方では……?


「けど、アレクがそこまで言うんなら……もうちょっとアタシたちが大きくなったら――や、やってみよっか?」


「そ、そうだね……」


 何をだろう……。正直後悔している。ディアナちゃんの話をうっかり聞き漏らしたことを、本当に後悔している……。

 もうちょっと大人になったら、僕はいったい何をやらされるんだ……。





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