第146話 腐った視線


「――父のかたきは、この剣聖と賢者の息子アレクが取りました。父よ、どうか安らかに……」


 大ネズミの討伐が終わり、僕はそんな言葉をつぶやいた。


「……遠くで見守っていてください。これからは、僕が父の代わりになります。これからこの村は――僕が守る!」


 世界樹の剣を高々とかかげ、己の決意を示す僕!


 ――まぁ、当然お遊戯会の話である。


 もちろん父は生きているし、今しがた倒した大ネズミも父の仇なんかじゃない。

 なんとなくレリーナちゃんの気持ちをんで、お遊戯会の内容をもう少し凝ったものにしてみただけだ。


「ありがとう。みんなありがとう」


 僕は観客の拍手と声援に、手を振って応えた。

 どうやら僕が演出したお遊戯会を、観客は受け入れてくれたらしい。客席はたいそう盛りあがっている。


 少し心配だったけど、楽しんでもらえてよかった。

 というか、なんかもう軽く涙ぐんでいる人すらいるし……。幼い少年が、父の死を乗り越えて強く成長した姿に、感極まってしまったのだろうか……。


 ……とりあえずそんな感じで、第五回お遊戯会も無事に終了した。



 ◇



「あ、ジェレッド君。よかった、まだいてくれたんだね……」


「そりゃいるだろ」


 第五回お遊戯会が開かれた今日は、ダンジョン開放五日目。

 ジェレッド君と一緒に探索に来た、ダンジョン開放五日目だ。


 てっきりジェレッド君とのダンジョン探索は終了かと思ったけど、まだ続きがあったようだ。


「それじゃあ……さっきの大ネズミが落とした、大ネズミの皮をあげるよジェレッド君」


「いらねぇし」


 お遊戯会をやっている間も1-1エリアで僕を待っていてくれたジェレッド君。

 僕はおびとして彼に戦利品を贈呈ぞうていしようとしたのだけど、慎み深いジェレッド君に遠慮されてしまった。


「なんで皮ばっかりなんだろう」


「偶然じゃねぇか?」


 偶然……そりゃあ偶然なんだろうけど、こうまで連続でドロップすると、物欲センサーでも働いているんじゃないかと疑いたくなってくる。

 まぁ、センサーが発動するほど欲しい大ネズミ素材なんてものもないんだけどさ……。


「それより、さっきのあれだけどよ……」


「あー、うん……」


「なんだか久しぶりに見たわ。お前が好きだったおままごとだよな?」


「いや、別に僕はおままごとが特別好きだったわけじゃないからね? さっきの劇だって、僕が好き好んでやっているわけじゃないよ?」


「そうかぁ?」


 そうだとも。そこは誤解しないでおくれよジェレッド君。

 今日で五日連続となるお遊戯会だけど、別に僕がやりたがったわけじゃない。すべて強要されて、仕方なしにやっているだけなんだ。


「けど、勝手に親父さんが死んだことにするのはどうかと思うぜ……?」


「まずいかな? みんな喜んでいたけど」


「その言い方だと『親父さんが死んでみんな喜んでいた』みたいになるじゃねぇか……。というか、よりによって大ネズミに負けたことにするのはなぁ……」


「さすがに剣聖は、大ネズミには負けないかな?」


「大ネズミに負けるやつなんかいないだろ」


 僕は大ネズミに殺されかけたことがあるけどね……。

 僕の投薬で進化したスーパー大ネズミではあったけど……。


「いやいや、そんなことよりジェレッド君。ずいぶんと久しぶりじゃないか」


「はぁ? なんだよ急に」


「ジェレッド君とは、ずいぶん久しぶりに会った気がするんだよね」


「そうか……? いや、確かに最近アレクは忙しかったみたいだけど、普通に会っただろ? 一週間くらい前にも会ってた気がするぜ?」


「それはそうなんだけどさ」


 ジェレッド君の言う通り、一週間前にも僕はジェレッド君と遊んだ。一緒にサッカーをしたんだ。

 ホームセンターをいとなむジェレッドパパに魔物の皮でサッカーボールを作ってもらって、サッカーをした。


 高い『器用さ』のおかげで、僕もなかなか巧みなボールコントロールを誇ったが……ひとたびボールを奪われると、ドリブルをするジェレッド君に追いつくことができなかった。

 きっと将来ジェレッド君は、世界屈指くっしの快速フォワードになるね……。


「けど、なんだかジェレッド君とは何年も会っていなかった気がするんだ」


「は? え、なんで――というか、そういえば前にもそんなこと言ってたよなお前?」


「一緒に訓練場で弓の練習をしたときのことだね?」


「そうだったか? ……よく覚えてんな?」


「それが五年前のことで――それ以来会っていなかった気がするんだ」


「なんでだよ……」


 実際には毎週会っているはずなのだけど、なんだかそんな印象を受けるのだ。

 久々だ。久々に生のジェレッド君だ。


「いやー、久しぶりだねぇ」


 存在を確かめるように、ジェレッド君の体をペタペタと撫で回してみる。


「おい、なんだよ、やめろよ気持ち悪い」


「あ……」


 撫で回していた手を、乱暴に振り払われてしまった。


「久々の再開を喜ぶ親友に、なんて仕打ちを……」


「久々じゃねぇからだよ」


「まぁまぁ、いいじゃないかジェレ――んん?」


「どうした?」


「なんか急に悪寒おかんが……」


 なんだか一瞬ゾクっとした。なんともおぞましい気配というか、視線を感じたような……。


 なんだったんだろう? 辺りを見回しても、よくわからない……。

 お遊戯会が終わったばかりなので、1-1エリアには村人がまだそれなりに残っているが……これといって変わった様子はない。


「とりあえず帰ろうぜ……?」


「え、もう?」


「エリアも全部回ったしおままごとも済んだし、もういいだろ」


「えー……」


 もうジェレッド君とはお別れなのか……なんだかそれは寂しい。


「うーん……。ジェレッド君は大ネズミと戦わないの?」


「さすがにおままごとはちょっと……。俺はもうそんな歳じゃないから……」


 別に『1-1エリアで戦闘する子供エルフはおままごとをしなければならない』なんて決まりはないよ……?

 というか、ついさっきまでおままごとをやっていた僕を目の前にして、よく言ったもんだな、ええ?


「まぁ普通に戦うだけでもいいからさ。ほら、あそこに木があるよ?」


「あるけど……だからなんだよ?」


「あれに登ったら、有利に戦えるんじゃないかな?」


 ジェレッド君は、『登攀とうはん』スキルなんてものをもっている。木や岩などを、スルスルと登ることができるスキルだ。


「あの木に登って上から矢を射てば、安全に大ネズミを倒せるんじゃない?」


「登らなくても大ネズミに危険なんてないだろ」


「そりゃあそうなんだけど……」


 実はあの木、『登攀』スキルをもっているジェレッド君のために生やした木だったりするんだけどな……。


「もう帰ろうぜアレク」


「待ってジェレッド君。もうちょっと、もうちょっと探索しよう?」


 僕はジェレッド君にしがみついて、帰ろうとする彼を止めた。


 このままでは本当にジェレッド君とのダンジョン探索が終わってしまう。

 そうしたら、再会はきっとまた数年後とかなんだ。もうちょっと、もうちょっと遊ぼうよジェレッド君。


「ベタベタ引っ付くなよ、なんなんだよ今日は……。いつも変だけど、今日は一段と変だぜお前?」


「何気に失礼なことを――ハッ!?」


「今度はなんだよ……」


「また悪寒が……」


「なんか調子悪いんじゃねぇか……? もう帰ろうぜ……」


「うーん……」


 別に体調は悪くないと思うんだけど……。


 なんなんだろう……。なんとも気持ち悪い視線を、再び受けた気がする。

 しかし辺りを見回しても、やっぱりよくわからない。僕らの少し近くには数名の女性エルフのグループがいたりするけど、それだけだ。


 いったいなんだったんだろう……。僕がジェレッド君に触れた瞬間、ぬめぬめと体にへばりつくような気味の悪い視線を感じた。


 とてもよこしまで不純でにごった視線――くさった視線を、僕はこの身に受けた気がするのだ……。





 next chapter:ラブコメ回3

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