第123話 記念すべき初探索者


「アレク、朝食のあとで話があるわ」


「え? うん。いいけど、なんの話?」


「よくわからないわ」


「……僕は母さんが何を言っているのか、よくわからないんだけど」


 家族みんなで朝食中、母が突然よくわからないことを言い出した。


 ――というか、家族?

 父、母、僕、ナナさんの四人で朝食中なんだけど……さすがにナナさんを家族と呼ぶのは早い気がする。

 別にナナさんを仲間外れにしたいわけではないけれど、さすがにちょっとそれは早いのでは?


 まだナナさんとは、出会ってから三日しか経っていない。

 始めて会ったのが一昨日。そして昨日はダンジョンを一緒に作った。明けて今日――今日が三日目だ。

 

 どうにも僕は、少し気を抜くとナナさんの父親ムーブをこなそうとしてしまう。

 まだ早い。父親も家族も、まだ早い。そういうのは、もっと感動的なイベントをいくつか乗り越えてからじゃないと……。


 さておき、今は母の話だ――


「えぇと、母さんから僕に話があるんだよね?」


「そうだけど、私もよくわかっていないのよ」


「わかっていない?」


「よくわからない話をするから、朝食の後、待っていて」


「うん……」


 なんの話だろう? とりあえずこの雰囲気からして、別に何かを怒られるという感じでもなさそう。


 これはひょっとすると――



 ◇



 朝食後、僕がそわそわしながらテーブルで待っていると、母がやってきた。


「あ、もういいの?」


「ええ。ナッちゃんが後片付けを代わってくれたわ」


「ナッちゃん……」


 ナナさんのことを愛称で呼ぶ母。昨日でナナさんは母の好感度を下げてしまったかと思ったけど、ずいぶんとポイントを取り戻したようだ。


「それで、結局なんの話なの?」


「メイユ村とルクミーヌ村の間に、よくわからないものができたらしいの」


「よくわからないもの……」


 予想通りダンジョンの話みたいだ。

 ……いや、ダンジョンの話なんだよね? よくわからないものなの?


「村と村のちょうど中間辺りにダンジョンが――ダンジョンのようなものができたって話よ?」


 ダンジョンのようなものじゃなくて、ダンジョンそのものなんだけどな。


 ――昨日僕とナナさんで設置したアレクナナカッコカリダンジョン。

 朝起きてダンジョンメニューを開くと、かなりポイントが貯まっていた。明らかに探索者に発見されたと思われる貯まり具合だ。


 思ったよりも早くダンジョンが発見されて、探索者が来てくれた。そのことに僕とナナさんは、わーいわーいと手をつないで喜んだ。


 朝食に向かう直前までメニューを見ていたのだけど、早朝にも関わらず、ダンジョン内には五人滞在しているようだ。思わずライブ映像を見てみたい衝動に駆られたが、そこはグッと我慢。


 ……それにしても、もうここまで情報が回ってくるのか。

 寝る前にメニューを確認したとき、ポイントはそれほど貯まっていなかった。なのでダンジョンが発見されたのは、昨日の深夜未明だったと考えられる。


 それでも朝には僕の家まで情報が回ってきたわけだ、案外口コミもあなどれんな。


「それは……そのダンジョンの話は、いつ聞いたの?」


「朝食の前よ? 村の人が数人訪ねてきたの」


「そうなんだ」


「パパも来てほしいって」


「……そうなんだ」


 そういえば父は朝食後、そそくさと出かけて行った。

 父もアレクナナカッコカリダンジョンの調査に駆り出されたのか……。剣聖さんが乗り込むようなダンジョンじゃないんだけどな……。


 というか、実の父に自分のダンジョンを見られるのは、なんとなく恥ずかしい。微妙に照れ臭い。

 なんだろうこの感覚……。ノートに書きつづった恥ずかしい自作ポエムを、親に見られてしまったかのようなこの感覚……。


「えーと、じゃあつまり、いつの間にか村の近くに新しいダンジョンができていて、それを誰かが発見したんだ?」


「発見されたのは昨日の夜ね。ルクミーヌ村からメイユ村に移動していた人が発見したらしいの。地面が光っているのに気が付いたそうよ?」


「地面が光る?」


「ダンジョンの壁にはヒカリゴケが生えているから、その光が漏れていたのね」


 そうか、それで気が付いたのか。

 誰もダンジョンに気が付かないんじゃないかと心配していたのだけど、杞憂きゆうだったな。


「光が漏れていた地面には、地下への階段ができていたの。『この場所で何が起こっているのか確認しておかなければいけない』――そう考えたその人は、その先へ進む覚悟を決めたわ」


「へー、なんだか責任感が強い人だね」


「メイユ村には愛する妻と娘がいるから」


「なるほど、家族愛だ」


「その人は愛する妻リザベルトのことを想いながら、階段を一段降りて――」


 ん? リザベルト?


「愛する娘レリーナのことを想い、また一段――」


 レリーナパパじゃん……。


 そうなんだ……。アレクナナカッコカリダンジョンの記念すべき初探索者は、レリーナパパだったんだ……。


 そういえば一昨日、歩きキノコを届けに行ったところ、レリーナパパは不在で、他の村に出張中だと聞いた。

 つまりレリーナパパは昨日村へ帰ってきたけど、着いたのは深夜になっちゃったんだな。夜中に移動していて、そこでヒカリゴケの光に気が付いたわけだ。


「恐怖に震えながらも、その人は階段を一段一段降りていったわ」


「恐怖に震えながらも……」


 ……これって母の創作なのかね? だいぶ誇張こちょうされているというか、脚色きゃくしょくされているような気がする。


「『怖いなー怖いなー……』そうつぶやきながら階段を降りきると、そこには――」


 ……怖い話?


 なんとなく母の創作話に、怪談話のエッセンスが加わったような……。


「その部屋には――三匹の大ネズミがいたの」


「なんだー。大ネズミかー」


 とりあえずノリノリの母に合わせて、僕は合いの手を入れてみた。


「三匹の大ネズミを軽く倒したその人は、他にモンスターがいないか警戒したわ」


「あっさりと三匹の大ネズミが……」


「ヒカリゴケに照らされた部屋の中を見回しても、他には何もなかったわ。安心して一息ついたところで――ある一点、壁に違和感を覚えたの。何か……壁が動いているような……」


「か、壁が動くだってー」


「その壁に近くまで歩み寄って……その人はようやく気付いたの。――『この壁、生きてる!』」


「キャー」


 どうやら怖い話のオチ的な部分に差し掛かったようなので、僕は申し訳程度に悲鳴を上げてみた。

 母は満足気にしている。


「――ということが、昨日あったみたいなの」


「そうなんだ……」


 そんなことが昨日……。


 やはり救助ゴーレムは周りの壁に同化して、隠れてしまうようだ。

 その結果、アレクナナカッコカリダンジョンの記念すべき初探索は、レリーナパパによって、なんだかホラーっぽい雰囲気で行われたらしい……。





 next chapter:救助ゴーレム、倒してしまったんですか!?

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