第114話 ダンジョンメニュー
ずいぶんヒカリゴケに魅了されてしまった僕だけど、いい加減先に進むことにした。
後ろ髪を引かれる思いではあるが、どうせヒカリゴケは前方の壁にも、もさもさと生えている。
というわけで僕とナナさんは、ダンジョンの階段をすたすた降りていった。
二十段ほどの階段を降りきると、そこは何もない広めの部屋になっていた。
だいたい十メートル四方ほどの広さで、高さは五メートル程度。壁にも天井にもヒカリゴケが生えているので、暗くはない。
「ここは、ダンジョンの地下一階となります」
「なるほど」
「同時に最下層となります」
「なるほ――え?」
「というより現在ダンジョンに存在するエリアは、この部屋のみです」
「そうなんだ……」
部屋が一つだけのダンジョンか、それはダンジョンと呼んでもいいのだろうか……。
「というわけで、お母様もあそこにいらっしゃいます」
「ん? あ、本当だ」
ナナさん視線の先、奥の壁には赤い水晶が張り付いていた。
あんな感じなんだ、結構むき出しなんだね……。
「これって、やっぱりダンジョンコアが壊されたら、ダンジョンも壊れちゃうのかな?」
「そうですね。多少欠けたくらいでしたら自動で修復されますが、完全に粉々になった場合、ダンジョンコアとしての役目を果たせなくなります」
仮にも母親が『完全に粉々になった場合』を、ナナさんは平然と語る……。
「そうなりますと、いずれダンジョンもただの
「崩落するんだ……」
「地下にこんな
「まぁそうか。――あ、ダンジョンコアが破壊されたら、もしかしてナナさんも……?」
「私がなんですか?」
「その、ナナさんも……死んじゃうのかな?」
「何故ですか?」
「何故って……」
わかんないけど、なんかそんなこともありそうじゃない? ナビゲーターさんなんだし。
「とりあえず、そんなことはないですよ?」
「あ、そうなんだ。それは良かった」
「ええ。例えダンジョンコアが完全に粉々になったとしても、私はピンピンしています」
「そう……」
仮にも母親が『完全に粉々になった』としても、ナナさんはピンピンしているらしい……。
「けどまぁ、せっかくのダンジョンが壊されたら困るしさ。しっかりダンジョンコアを守るための方法も考えないと」
「はい。ですが、もしかしたらマスターは、そこまでダンジョンコアの守備に
「そうなの?」
「蘇生薬があるじゃないですか」
「蘇生薬? え、それってダンジョンコアに蘇生薬を使えってこと? ……ダンジョンコアにも効くのかな?」
「一応生きていますから、効くのでは?」
「そうなのかな……」
確かにビクンビクン
とはいえ、もし効かなかったら困るし、一応はナナさんの母親だ。無防備に
やっぱりちゃんとダンジョンコアを守れるように、ダンジョンを設計すべきだろうな。
「――あ、そうだ」
「どうかしましたか?」
「もう『ダンジョンメニュー』は開け――うおぅ!?」
突然目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
「びっくりした。『ダンジョンメニュー』って言っただけで――うお、消えた……」
「もうダンジョンができましたからね、そのワードを口にするたびに、マスターの目の前でウィンドウが
「そうなんだ。びっくりしたよ、とくに意識しなくても『ダンジョンメニュー』って言っただけで――うお」
再び目の前に出現するウィンドウ。
……意識していなくても喋っただけで勝手に出てくるってのは、少し驚く。
スキルアーツなんかは、意識してイメージしないと発動しないんだけどな。
「無意識で喋っちゃったときなんかは、慌てそうだ」
「普段は『メニュー』と略した方が良いかもしれませんね」
「そうしようか。目の前で
「まぁマスターが開いているメニューは他の人には見えません。パタパタしていても、問題ないといえば問題ないのですが」
「見えないんだ? ナナさんは? ナナさんも見えない?」
「私は見えます」
「へー」
さすがナビゲーターさんだ。
「さて、それじゃあちょっとメニューを確認してみるね……なに?」
ナナさんが物言いたげな表情でこちらを見ている。なによ?
「せっかくメニューが開いたというのに、微妙にマスターの感動が薄いような気がしました」
「いや、そんなこと言われても」
そういえば、この『ウィンドウが目の前に出現』ってやつは、一応昔からの夢ではあったっけ。
「ヒカリゴケには、あれほどはしゃいでいたというのに」
「はしゃいでいたとか言わないでくれるかな……」
まぁいいや。とりあえずメニューを確認しよう。
僕が開いたメニューは、縦が十五センチ、横が七センチ程度。かなり小さめな印象を受ける。
というかこの縦長の形状は、なんだか前世で使っていたスマホを連想させる。
「スマホみたいなサイズだね」
「メニューのサイズは、イメージすれば自由に変更することが可能です」
「あ、そうなの?」
「はい。メニューをオープンするときのイメージが反映されます」
「はー、便利だね。けど、僕はなんのイメージもせずにメニューを開いたんだけど?」
「もしかしたら前世で慣れ親しんだそのサイズを、無意識に選択されたのかもしれませんね」
「あぁ、確かに慣れていたサイズかもしれない。じゃあ、しばらくはこのサイズで使ってみようかな」
というわけでスマホサイズのダンジョンメニューを、改めて眺める。
画面上部にはダンジョンの各種設定項目。中央にはダンジョンの3Dマップ。
左下の数字が現在所持しているダンジョンポイントかな? 単位の『DP』は、『ダンジョンポイント』ってことだろう。
なるほど。まさに『ダンジョンメニュー』だ。ダンジョンの設定をするメニュー――そのためだけのメニューだ。
そんなメニューをポチポチいじっていると……なんだか微妙な気持ちになってきた。形状がスマホなせいだろうか、せっかくスマホ型なんだから――
「ユー◯ューブとか見れたらいいのに……」
「無茶言わないでください……」
「あ、ごめん。ユー◯ューブじゃなくて、ニ◯ニコ動画とか見れたらいいのにね?」
「そういう話ではなく……。というか何故言い直したのですか? マスターは誰に気を使っているのですか?」
「いや、なんとなく……」
特に深い意味はない。別に誰かに媚びたりはしていない。
「まぁさすがによう◯べには勝てませんが、少しだけ似たサービスなら提供できますよ?」
「似たサービス?」
「画面中央のマップをタッチしてみてください」
僕はナナさんの指示に従い、中央の3Dマップをタッチした。
「えーと、なんかいろいろ表示されたよ? 現在このエリアにいる人数は二人だってさ。僕とナナさんのことだね?」
「そうです。では、その下の『ライブ』をタッチしてみてください」
「『ライブ』? これかな?」
再びナナさんの指示に従い、僕は『ライブ』と書かれた場所をタッチした。
すると、メニューの3Dマップが描かれていた部分が切り替わり、なにやら実写映像が流れ始めた。
そこに映し出されたのは、
黒髪の美女と――天使がいた。
「……あ、僕か」
うわー……恥ずかしい。自分で自分のことを『天使』なんて形容しちゃったのか……。
天使って、事もあろうに天使って……。
まぁね、そりゃあ世界一美形の両親から生まれた子供だし、生まれる前から女神様の神エステを受けていた僕だ。愛くるしい容姿であることは間違いない。
実際メニューに表示された僕は、とても愛くるしい。
何がすごいって、ぱっと見で可愛らしいと思った点だ。街を歩いていてショーウィンドウに映った無意識の自分を見てしまったら、普通はもっとひどい感想をもつものだろう。
「このように、ダンジョン内の様子をリアルタイムで視聴できるのです」
「え? あ、うん」
なんだかそれよりも、自分の可愛らしさに気を取られていた……。
しかしそうか、リアルタイムで見られるのか。確かにそれはすごい。
「どうです? これは結構な機能だと思いませんか?」
「うーん……。ごめん、これはもう見ないようにする」
「え? 何故です?」
「やっぱり僕は他人のプライバシーを
「プライバシーですか?」
「うん。他人の、プライバシーを、尊重、したいから、ね?」
一言一言区切って、強調するように僕は断言した。
そういうことだ、聞いているか女神ズよ。
「そうですか。まぁ私も無理にとは言いませんが」
「それにさ、もし戦闘に負けて死んじゃった人なんかを見てしまった日には、僕はどうしたらいいかわからないよ」
「確かにショッキングな映像が映し出される可能性は、否定できません」
「そういうわけで見ないことにする。そもそもね、やっぱりそんな覗き見みたいな行為はするべきではないと思うんだ」
「はぁ」
「とてもよくない行為だと思う、とても恥ずべき行為だと僕は思う」
「なんだか実感がこもっていますね」
実感がこもっているからね。
そういうことだ、わかったか女神ズよ。
next chapter:VS大ネズミ6
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます