第113話 ダンジョンコアがんばる!


 レリーナちゃんとナナさんの初遭遇そうぐうシーンの回想が終わったところで、改めて僕はナナさんに話しかけた――


「とりあえずダンジョンを設置しようか」


「そうですね、始めましょう」


 もう設置予定地に到着しているんだ。ぼちぼちダンジョンの設置に移ろう。


「ちょうどこのあたりがメイユ村とルクミーヌ村の中間だと思うんだけど、ここでいいんだね?」


「はい。というか、よくわかりますね、そんなの」


「まぁ、エルフだから」


 エルフにはGPS機能が標準で搭載されているのさ、森限定だけどな。


「ではマスター、こちらを」


「うん。……うぅ」


 ナナさんからダンジョンコアを受け取ったが、相変わらず脈動みゃくどうしているコアの感触に驚き、思わずうめき声を上げてしまう。


「そんな声を出さないでくださいマスター、私の母ですよ?」


「う、うん。ごめん……」


「いわばマスターの妻です」


「だから、それは違うでしょ」


 僕にはビクンビクン脈動する生暖かい水晶を娶った記憶はない。


「じゃあ設置するよ? 地面に置けばいいんだよね?」


「はい。お願いします」


「よし……」


 僕は地面にしゃがみ込み、そっとダンジョンコアを置いた。


「お、おおぉ……」


 ダンジョンコアはぷるぷる振動しながら、地面に潜っていく。


「頑張ってくださいお母様」


「が、頑張れ」


 なんかナナさんが応援しているので、とりあえず僕も応援しておいた。


 そんな僕らの応援が聞こえたかどうかは定かでないが、ダンジョンコアはずんずん地面を掘り進み、やがて見えなくなった。


「埋まっちゃった」


「はい。おそらく中では、母が頑張ってダンジョンを作っていることでしょう」


「そっか」


「一応離れておきましょう。途中で崩落ほうらくするなんてことはありませんが、ちょうど立っている足元にダンジョンへの階段ができてしまう――なんてことはありえます」


「なるほど……。それで、ダンジョンはどのくらいでできるのかな?」


「それほどは掛からないと思います。母の頑張り次第ですが、五分から十分程度かと」


 そんなもんか、じゃあ適当に辺りを警戒しながら待とうかな。


「あ、そういえば」


「はい?」


「普通に森へ入ってきちゃったけど、大丈夫なの?」


「大丈夫、とは?」


「こことか普通にモンスター出るしさ、ナナさんは大丈夫なの? というか、ナナさんは戦えるの?」


「……戦えるといえば戦えますが、戦えないといえば戦えないです」


禅問答ぜんもんどうかな?」


 ちょっと意味がわからない。


 ちなみに雰囲気で言ってみただけで、禅問答がなんだか僕はよくわかっていない。

 なんかよくわからないことを言われたら『禅問答かな?』と聞き返せばいいとだけ知っている。


「正確に言えば、今は戦えないです。なんといっても私はゼロ歳児なのですから」


「えぇと……『今は戦えない』?」


「鍛えていれば、そのうち戦えるようにもなると思います。スキルを覚えることもあるでしょう」


「え、ナナさんスキルとか覚えられるの?」


「覚えられますよ? というか、現時点でもいくつか覚えているんじゃないですかね? いわゆる初期スキル的なものを」


「へー、そうなんだ」


 やはりナナさんがどういう存在なのか、いまいちわからない。案外僕たち人間とあんまり変わらない存在なのだろうか?

 スキルもあるらしいし、もしかすると鑑定でステータスの確認もできたりするのかな?


「おや……? マスター、あちらをご覧ください」


「ん?」


 ナナさんが指し示した先を見ると、いつの間にか地面に大きな穴があいており、地下へと続く階段が出来上がっていた。


「おぉ……これがダンジョンの?」


「そうです。ダンジョンへの入り口となります」


「ダンジョンへの入り口……。なんかずいぶん殺風景さっぷうけいな感じがするけど?」


 地面に穴が開いているだけだ。一階部分に何もないせいで、落とし穴にしか見えない。


「まぁその辺りを豪華に飾り付けしたいのでしたら、ダンジョンポイントで購入してください」


「そっか。購入か」


「そうです。課金してください」


「課金……」


 課金って言い方はあれだけど、とりあえずダンジョンポイントを使えば、いろいろカスタマイズできるらしい。


「それにしてもダンジョンが完成するまで、ずいぶん早くなかった? 五分も経っていないよね?」


「マスターも応援してくれましたからね。応援に応えようと、母も頑張ったのでは?」


「そうなの?」


「なにせ愛する夫の応援ですから」


 あのダンジョンコアは、本当に僕のことを夫だと思っているのだろうか……。というか、僕を愛しているのだろうか……。

 なんだかナナさんが適当なことを言っているだけな気もする……。


「まぁいいや、じゃあさっそく中に――中に入っても大丈夫なのかな?」


「大丈夫ですよ?」


「カナリアかなんか、用意した方がよくない?」


「大丈夫ですって」


「そう? じゃあまぁ、行こうか?」


「はい」


 僕はナナさんと一緒に、ダンジョンへの階段に近づいた。


「結構大きいね」


 入り口となった階段の幅は二メートルほど、かなり広い。高さも十分あるので、頭をぶつけるようなこともなさそうだ。


「これよりもっと広くしたいのなら――」


「ダンジョンポイントで変更するのかな?」


「はい。課金してください」


「課金か……」


 以前、ダンジョン作りは盆栽ぼんさいだとナナさんは例えていた。けれど、そう課金課金言われると、盆栽というよりスマホゲーみたいだと感じてしまう……。


「じゃあさっそく降りて……ん?」


「どうかしましたか?」


「昼間だからわかりづらいけど……なんか階段が光ってない?」


「光っていますね」


「ダンジョンは光るのか……」


「壁にヒカリゴケが生えていますから」


「ヒカリゴケ!?」


 なんてことだ! ヒカリゴケが! ヒカリゴケが生えているのか!


「ナナさんナナさん! ヒカリゴケって、光る苔だよね!?」


「え? ええまぁ」


「急ごう、ヒカリゴケを見てみたい!」


「はぁ」


 僕はヒカリゴケを求めて、急いでダンジョンへの階段を駆け降りる。


「おおぉ……光ってる」


 十段ほど階段を駆け降りても、周囲は依然として明るいままだ。壁や天井に生えたもさもさが、内部を明るく照らしている。


「何がそこまでマスターの琴線きんせんに触れたのかはわかりませんが、よかったですねマスター」


「うん!」


「このように、ダンジョンの壁にはヒカリゴケが発生し、ダンジョン内部を照らしています」


「へー、すごいなぁ」


「このダンジョンヒカリゴケは、外部の光を反射しているだけの、なんちゃってヒカリゴケとはわけが違います。自らが発光するガチヒカリゴケです」


「ガチなんだ」


 別に光を反射するヒカリゴケだって、大したものだと僕は思うけど。


「けどそうか、自らが光るのか。それはすごいね」


「ずいぶん気に入られたようですね」


「うん」


 僕は壁のヒカリゴケをぼんやり観察しながら、ナナさん応えた。


 ……というか、何故ここまでヒカリゴケに魅了されているのか、自分でもちょっと謎ではある。

 なんだかナナさん相手なのに、十二歳の純朴じゅんぼくなアレク少年が出てしまっているような気もする。


 なんだろうね、ほたるを見つけたときのような感覚なのかな? あれだって実際にはただの黒い虫だけど、光るというだけで価値や感動や好感度が段違いな気がする。


「ナナさん、これは触っても大丈夫なのかな?」


 目の前のもさもさを指差して、僕はナナさんに尋ねた。


「大丈夫ですよ? なんならむしってもいいですよ?」


「むしっていいんだ?」


「すぐ生えますので」


「そっか、じゃあちょっとだけ……」


 僕は壁のヒカリゴケを、少しだけつまんで剥がした。


「おー。剥がしても光るんだ。……あ、けどあれでしょ? ダンジョンから離れると光らなくなっちゃうんでしょ?」


 ダンジョンのヒカリゴケは、ダンジョンの力で発光しているんだ。だから外に持ち出すと、光らないただのコケになっちゃうんだ。――そうなんだろう? 僕は詳しいんだ。


「外でも光りますよ?」


「光るの!?」


 これは予想外。光るのかよ。


「え、じゃあもうちょっとだけむしって、持って帰ってもいいかな?」


「別に構いませんが、たぶんすぐ死ぬので、そうしたら光らなくなります」


「……すぐ死ぬの?」


「ダンジョンヒカリゴケですから、ダンジョンから離したら死にます」


 微妙に理解できるようで、理解できない説明だ……。


 しかし、ダンジョンから離したら、光らないどころか死んじゃうのか……。

 結局のところ、やはりヒカリゴケにはダンジョンの力が必要だということだろうか?


「じゃあ持って帰るのはやめよう。これも、一応戻しておこう」


 僕は先ほどむしったヒカリゴケを、壁にくっつけた。


 残念だな。外でも光ると聞いて、すごく興奮したのに……。

 できたらヒカリゴケで迷彩服――ギリースーツを作りたかった。きっと世界一目立つギリースーツになったはずなのに……。





 next chapter:ダンジョンメニュー

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