第110話 合法ロリと違法ババア
僕の部屋で眠っていたディアナちゃんは、二時間ほどで目を覚ました。
僕は起き抜けでダルそうなディアナちゃんを引っ張り、少し急ぎ気味でルクミーヌ村へ向けて出発した。
ディアナちゃんがメイユ村に泊まるとき、彼女は翌日のお昼までにルクミーヌ村に帰らないといけないのだ。そんな約束があるのだ。
それまでに帰らないと、ルクミーヌ村から捜索隊が派遣されてしまう。……といっても、まずはディアナちゃんのお母さん――ディアナママがメイユ村に来るだけだが。
そんなわけで僕は急いでディアナちゃんと一緒に森の中を突き進み、ルクミーヌ村へ向かう。そしてお昼までにディアナ宅に到着、しっかりディアナママにディアナちゃんをお返しした。
どうでもいいんだけど、今のディアナちゃんは朝帰りした娘さんとも呼べる状態で、その娘さんと一緒に母親と会うのは、なんとなく気まずい気持ちになる。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ディアナママから『お疲れアレクちゃん。寄ってく?』と誘われた。
とりあえず一度目は遠慮したのだが、ディアナちゃんに右肩をペシペシされながら『いいじゃん、寄ってきなよ』と言われ、ディアナママにも左肩をペシペシされながら『寄ってきなよ』と言われた。
二度遠慮したのだが、両サイドでペシペシされ続けたので、僕はディアナ宅で軽くお茶をしてから帰ることにした。
ちなみにディアナママは母の友人で、何度かうちにも来たことがある。実はディアナちゃんよりディアナママの方が、知り合ったのは先だったりする。
こうしてディアナちゃんをルクミーヌ村まで送り、お茶を一杯ご
余談だが、メイユ村に帰る途中で歩きキノコを討伐したため、自宅に帰る前にレリーナちゃんのお家へ寄って預けてきた。
その際、レリーナママに世間話を
レリーナママはあっけらかんとした様子で、『レリーナにも女の子の友だちができて良かったよ』と、普通に喜んでいた。
相変わらずレリーナママは豪快な人だと、僕はしみじみ思う。
そして自宅に戻り、夕食とシャワーを済ませた僕は、少し早いけどもう寝てしまおうかと自室で考えていた。
なんだか今日はいろいろあった。いろいろあって少し疲れた。
そもそもメイユ村とルクミーヌ村の往復なんて、それだけで四時間近くかかるんだ。移動だけでも結構疲れる。
「マスター、入ってもよろしいでしょうか」
「いいよー」
いそいそと寝る準備をしていると、ナナさんが部屋にやってきた。
というか、部屋の外から『マスター』って呼びかけるのはどうなの? 他の人に聞かれる心配とか、どうなの?
「あぁ、もうお休みですか?」
「うん、今日はもう疲れたから寝ちゃおうかなって。あ、けど少し話すくらい大丈夫だよ?」
「ありがとうございますマスター」
ナナさんがニッコリ微笑む。
「ところでマスター。お祖母様に気に入られようと私が必死に家事をこなしている間、マスターは十一歳の少女を自室に連れ込んでいたそうですね?」
「…………」
ニッコリ微笑んだまま、嫌味を言われた。
「いったい連れ込んで何をしていたのやら……何をしていて疲れたのやら……」
「何をって、普通に寝ていただけだよ……」
「えっ」
「えっ」
あれ? なんかナナさんが引いてる。……あ、もしかして妙な誤解を
「いや、変な意味じゃないよ? なんかディアナちゃんが眠いって言い出して、それでただ睡眠を取っていたってだけだよ?」
「あぁ、そういうことですか……。びっくりしました」
「僕もびっくりだよ……」
「『マスターは事が済んだ後でも、しっかり女性を家まで送り届ける紳士ですね』なんてフォローをしようか、少し迷ってしまいました」
「……気遣いありがとう」
いらんけどね、そんなフォロー。
「あ、そういえばナナさん、ディアナちゃんを『現地妻』とか呼んだらしいじゃないか」
「あぁそれは……。申し訳有りません、ついうっかり」
「頼むよほんと」
「自宅まで招いてしまったのなら、それはもう『現地妻』ではないですね」
「そこじゃない」
そんなことで怒ったりはしない。
というか、現地妻だって自宅に来ることもあるだろうさ――正確には来るというか、押しかけてくることが……。
そうなると、大抵本妻と現地妻で修羅場になったりするわけだが……。
「まぁいいや。それで、ナナさんの方はどうだったの? 一日中、必死で家事をしていたの?」
「はい。と言ってもそこまで必死で――それこそ死にものぐるいで家事をやっていたわけでもないのですが」
死にものぐるいで家事をするってのが、あんまりイメージできない。
「わりと普通に
「あ、そんな感じなんだ」
「今日だけで私に対するお祖母様の好感度は、かなりアップしたのではないかと」
「へー」
「この分なら、ごく近い将来、私はお祖母様に孫的な感じで甘えることも可能なのではないでしょうか?」
「……そうだといいね」
いくら仲良くなっても、あんまり孫とは認識しない気もするけど。
「それとマスター」
「うん?」
「私にも部屋が与えられました」
「あぁ、ナナさんが泊まる部屋?」
「はい。このお部屋の、二つ隣です」
「二つ隣? あー……まぁ泊まるならそこか。けど今は物置みたいになってなかったかな?」
「そうですね。なので今日は一日、部屋の片付けでした」
「そっか」
……あれ? 必死に家事をしていたとか言ったけど、自分が泊まる部屋の片付けをしていただけ?
いやまぁ、それも家事と言えば家事で、掃除と言えば掃除だけど……。というか、その作業を母にも手伝わせていたの?
「私としては……マスター? どうかしましたか?」
「あぁごめん、何?」
思わずナナさんの図太さに感服してしまっていた。
「私としては、マスターと同部屋でも構わないのですが」
「え? いや、さすがにそれはちょっと」
「何故です? 娘が父と一緒に眠りたいと思う気持ちは、とても自然なものでは? 特に私は、今まで親の愛を知らずに生きてきたのですから」
生まれたの昨日でしょうが……。
なんだろう、本気で言っているのかな? 微妙にからかわれているだけな気もするんだよね。
「今日だってディアナ様はマスターの部屋で寝ていたらしいじゃないですか。それにユグドラシル様なんて、マスターと一緒に同じベッドで寝ていますよね?」
「ユグドラシルさんは、見た目十歳だし……」
「見た目はそうですが、実際には何千年も生きているのでは?」
「それはまぁ、そうかもしれないけど」
「ということはつまり、ユグドラシル様はもしマスターとそういう関係になっても許される――いわば合法ロリなんですよ?」
「合法ロリ……」
言葉の意味はわからないだろうけど、なんとなくユグドラシルさんが知ったら怒られそうなワードだ。
「その点私は法的にも許されませんよ? 見た目は大人ですが、実際にはまだゼロ歳ですからね」
「そもそもエルフにそんな法律あるのかな?」
「法の縛りがある以上、マスターは私に手を出せないはずです!」
僕の発言を無視してから、ナナさんは人差し指をこちらに突き付けて断言した。『はい論破』とか言いそうな勢いだ――
「はい論破」
言われたわ。
とりあえず、合法ロリのユグドラシルさんと寝るよりも、自分の方が安全だと――間違いは起こらないはずだと、ナナさんはそう言いたいらしい。
「ふーむ、合法ロリの逆か……違法ババア?」
「な!? い、違法ババア……!?」
「あ、ごめん」
あまりにもひどい称号に、ナナさんがショックをうける。
「ごめんナナさん、そんなつもりは……」
「いえ、大丈夫です。そうですか、違法ババア……。違法ババアですか……。わかりました。では、私は与えられた部屋へ戻りますね……。違法ババアは部屋で一人、寂しく寝ます……」
ショックを受けたまま、ナナさんはふらふらと僕の部屋を出て行った。
ひどいことを言ってしまった……。
けど、部屋を出ていく瞬間、ナナさんはチラチラとこちらを見て、僕が引き止めるのを少し待っている様子だった。もしかしたら、あんまり傷付いてもいないのかもしれない。
それでも引き止めて話した方がよかっただろうか? けど、僕はもう寝たくて、あと、ちょっと面倒くさくて……。
next chapter:ダンジョンの設置に行きましょう
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