第111話 ダンジョンの設置に行きましょう
「んー……ん?」
「おはようございます」
目を覚ますと、ナナさんが上から僕を見下ろしていた。
「ダンジョンの設置に行きましょう」
「……え? なに?」
「ダンジョンの設置ですよ、行きましょう」
「いや、え? なんなの急に?」
「行きましょうマスター」
「……ダンジョンの設置に?」
「ダンジョンの設置に」
「そう……」
わけがわからない、なんなんだいきなり。
それより、ナナさんも僕の部屋に無断で入るタイプの人なのか。確か昨日は、入る前に呼びかけてくれたと思ったのに……。
「というか、そろそろ起きてくださいマスター。もう朝食ですよ?」
「あれ? そうなんだ」
昨日は早めに寝たのに、それでもずいぶんと寝坊してしまったようだ。二日連続で父との訓練をすっぽかしてしまったことになる。父は寂しがっているかもしれない。
「とりあえず起きるね。あぁそれと、おはようナナさん」
「おはようございますマスター」
のそのそと布団から這い出て、ベッドから降りる。とりあえずパジャマを着替え――
「着替えたいんだけど?」
危うくナナさんに半裸を
「今更なんですか、私はマスターの知識と経験を全て受け継いでいるのですよ? マスターの身体なんて、隅から隅まで知っています」
「そうなんだ……」
今更だけど、僕の知識と経験を受け継ぐ――僕のことを全て知られているっていうのは、あんまり嬉しいもんじゃないな。ある意味女神ズよりも僕のプライバシーを無視しているじゃないか。
「着替えないのですか?」
「あとで着替えるよ。それで、ダンジョンの設置って何かな?」
「マスターが
「惰眠……。うん、まぁいいや、続けて?」
「どうやら私は、かなり料理の筋がいいらしいです。お祖母様にも褒めていただきました」
「へー、あんなに料理好きの母から褒められるって、結構すごいことなんじゃない?」
「ありがとうございます。この調子で修行を積み、いずれはお祖母様から
「……頑張ってね」
この世界に
「それで、お祖母様が言ってくれたのです。今日はマスターに村を案内してもらいなさいと」
「村の案内? あぁうん、いいよ?」
「ありがとうございます。ではその際――ダンジョンを設置してきましょう」
「ふむ……」
設置するのか。まぁせっかく手に入れたのだから、早く設置してダンジョンを見てみたい気もする。
だがしかし――
「けどさ、そもそも勝手に設置していいのかな? 一応ユグドラシルさんに確認を取った方がよくない?」
「マスターは、何かと言うとユグドラシル様ですねぇ?」
「う……」
い、いや……別におかしくはないだろう。なんといってもユグドラシルさんは、僕たちエルフの神様なんだ。
「ですが、そんなことではいつまで経ってもダンジョンを設置できませんよ? 回復薬セットのようになりますよ?」
「回復薬セット?」
「せっかく貰った回復薬セット、マスターは初めて使うまで一年以上かかりましたよね?」
「あぁ、確かに……」
なんやかんや、マジックバッグの中でずっと眠らせっぱなしだった気がする。
「ユグドラシル様を待っていたら、いったいいつダンジョンを設置できるのやら」
「たぶんすぐ来ると思うんだけどね……」
「それに、一度ダンジョンを設置したら移動できないというわけでもないのです」
「あ、そうなんだ?」
「ダンジョンポイントを使用しますが、設定を維持したまま水晶の状態に戻すことが可能です」
「へー。それならまぁ……設置してもいいかな?」
「しましょう、是非しましょう。私の母であるダンジョンコアも、早く設置してほしいとウズウズしています」
「え、あの水晶ウズウズするの?」
確かに触ったらビクンビクンしていたから、ウズウズすることもあるかもしれない。そういう感情もあるのだろうか……?
「わかりませんが、たぶんウズウズしています。というか私がウズウズしています」
「なんだそれ……。まぁいいや、じゃあ今日設置してこようか」
「はい、よろしくお願いします」
まさかダンジョンのまま移動できるとは思わなかった。それなら気楽な感じで設置できる。
指示待ち人間だとナナさんに言われるのもシャクなので、とりあえず設置してみよう。
ユグドラシルさんには、あとで『勝手に設置してすみません』と謝罪しよう。それからダンジョンを設置していてもいいか、他にどこか良い設置場所がないかなど――指示してもらおう。
「それで、どこに設置しようか?」
そう尋ね、ナナさんに指示を仰ぐ僕。
「そうですねぇ。マスターの行動範囲から考えると、やはりメイユ村とルクミーヌ村の間でしょうか? 奇をてらってメイユ村の中に作ってしまうのも有りですか?」
「別に奇をてらわんでも……。じゃあ村と村の中間あたりに設置してみようか」
「わかりました。では朝食後に出発しましょう」
「うん」
いよいよこれで、僕もダンジョンマスターか、なんだかワクワクね。ナナさんふうにいうと、ウズウズする。
「ちなみに今日の朝食、スープは私が作った物となります」
「へー、楽しみだね」
「さぁリビングに行きましょう」
「うん。じゃあ僕は着替えてから行くよ」
「あぁそうでした、ではどうぞ」
「いや、そうじゃなくて」
「お手伝いしましょうか?」
いや、出てけや。
◇
ナナさんが作ったジャガイモと豆のスープは美味しかった。
わける暖簾がないので、残念ながら暖簾わけは無理だろう。しかし母から免許皆伝なんてことは、そのうちあるのかもしれない。
「では行きましょうマスター」
「うん」
朝食を終えた僕とナナさんは、さっそくダンジョンの設置に向かうことにした。
村の案内は設置の後でいいだろう。最悪時間が押して案内する時間がなくなったとしても、問題はない
僕の記憶を受け継いでいるナナさんは、そもそも案内するまでもなく、村のことを知っているのだ。
とはいえ、目立つ容姿のナナさんだ。顔見せの意味でも、できるだけ村を回りたい気もする。
なんとかいい感じにナナさんを紹介しながら村を回り、メイユの村人とナナさんの間を取り持ちたい。村人とナナさんをつなぐ、架け橋に僕はなりたい。
「どうかしましたか、マスター?」
「ちょっと急ごうか。できたら村の案内もちゃんとしたい」
「そうですか? いえ、急ぐのは構いませんが、忘れ物はありませんか? ハンカチとティッシュは持ちましたか?」
「両方持ってないよ」
ハンカチはともかく、この世界にティッシュなんて物はない。一応マジックバッグにタオルくらいは入っているけどさ。
「じゃあ出発だ」
「はい。――あ、マスター」
「うん?」
家の玄関を抜けて、さぁ出発だ――というところで、ナナさんに待ったをかけられた。
「せっかくだから手をつないで行きましょう。親子らしく」
「手を?」
「手です手です。……なんですか? 嫌なんですか? 私はゼロ歳児なんですよ? むしろ抱っこをねだってもいいくらいだと思います」
「抱っこって……」
「あ、それともあれですか? 違法ババアとは手をつなぎたくないと? ロリコンマスターはそう言うのですか?」
「そんなこと言ってないよ。……というか変な称号を付けないでよ」
どうやら昨日のことを根に持っていたらしい。
まぁそう考えると、最初に『違法ババア』なんて変な称号をナナさんに付けてしまったのは僕の方か。
ならば甘んじて『ロリコンマスター』の称号を受け入れるべきなのだろうか?
けど『ロリコンマスター』だと、なんかもう『ロリコンを極めし者』みたいな感じになっちゃわない……?
「わかった、わかったよナナさん。それじゃあ手をつないで行こう」
「はい。よろしくお願いします」
そんなわけでナナさんが差し出した右手を握る僕。
ナナさんは『親子らしく』と言ったけど、少なくとも周りからは親子には見えないだろう。なんせ見た目は二十歳のナナさんと、十二歳の僕だ。
そりゃあエルフならそんな外見の親子がいてもおかしくはないけど、少なくとも十二歳の方が親だと思う人はいないだろうな……。
「じゃあ、今度こそ出発だ」
「はい」
とにもかくにも、こうして僕達は仲良く手をつなぎ、自宅を出発し――
「ヒッ」
「どうしたんですかマスター? ――ヒッ」
仲良く手をつないだ僕とナナさんの視線の先。
二人の行く手を
レリーナちゃんが立っていた。
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