第109話 ラブコメ回


「ディアナちゃん?」


 僕の部屋にやってきたのは、ルクミーヌ村に住む少女、ディアナちゃんだった。


 部屋の外から呼び掛けられた声が幼い女の子の声だったので、一瞬レリーナちゃんかと思った。

 しかし、よく考えればレリーナちゃんは僕のことを『アレク』とは呼ばないし、そもそもレリーナちゃんは、僕の部屋へ無断でいつの間にか侵入してくる。


「おっすー、入っていい?」


「いいよー」


「お邪魔しまーす」


 そういえば、僕がレリーナちゃんとディアナちゃんとで狩りに行ったのは昨日のことか。


 昨日の狩りの後にチートルーレットがあって、そこでダンジョンコアを当てて帰ってきたら、ダンジョンのナビゲーターさんに寝ているところを見られていたのだ。

 そして、そのナビゲーターさんを『ナナ・山田』と命名してから、両親に紹介して――


 そんなふうにいろいろあったせいで、三人での狩りは昨日の話なのに、ずいぶんと前のことに感じる。


「なんだかディアナちゃんと、久しぶりに会った気がする」


「は? 何それ? 昨日ずっと一緒だったじゃん。昨日の今日だよ?」


「そうなんだけどね」


「……あ、そういうこと?」


「うん?」


「アタシとほんの少し別れただけでも寂しいとか、もっとずっと一緒にいたいとか、そういう感じだ」


 ディアナちゃんが、ニマニマしながら僕をからかってきた。


「アレクはそんな気持ちになっちゃったから、久しぶりとか思ったんだ?」


「そうだね」


「お、おう……」


 自分で振っといて照れるディアナちゃん。


 まぁさすがに相手が十一歳の少女では、からかわれてもドギマギしたりはしない。したらまずい。


 ……しかし、ディアナちゃんもエルフらしく、成長するにつれてどんどん美人さんになっている気がする。

 下手したら、あと数年でドギマギさせられてしまうかもしれない。恐ろしい。


「あ、てーかさてーかさ、あの女は何?」


「誰? レリーナちゃんのこと?」


「いや違くて。……まぁあの女も大概あの女だけど」


「ちょっと何を言っているのか……」


 わからないような微妙にわかるような。


「昨日の狩りもさ、なんなのあの女? わりとマジで殺されるかと思ったんだけど? あの目とかヤバイでしょ? あの女、頭ヤバイでしょ?」


 発言がストレートすぎるよディアナちゃん……。歯に衣を着せなさすぎるよ……。


「えぇと、だけど経験値は美味しい――たくさん貰えると思うんだよね」


「は? 何それ?」


「戦闘しながら戦闘している感じだから、貰える経験値は多い気がするんだ」


「え、そうなの? そんなことあるの?」


「たぶん」


 女神ズがそう言っていたから、間違いないはずだ。


 これからも三人で狩りをすることはあると思う。そのたびに、きっと僕は胃が痛い思いをするのだろう。ディアナちゃんも神経がすり減る思いをするのだろう。

 だが、経験値が美味しいとわかれば少しは報われる。ディアナちゃんも報われてほしい。


「じゃあレリーナと一緒のときは、アタシはずっと経験値高めですごせるわけ?」


「そうなると思う」


「はーん。……けど、あんまり一緒にはいたくないわ」


「そっか……。昨日はあれからずっと一緒だったんでしょ?」


「うん。寝る時も一緒だった」


「そうなんだ……」


 初狩りから一年ちょっとでボアの単独討伐に成功したディアナちゃんは、ちょくちょくメイユ村まで一人で遊びに来るようになった。

 そして、ときどきメイユ村で一泊してからルクミーヌ村に帰っていく。その際に宿泊する場所が――レリーナちゃんのお家だ。


 何故か流れでそうなってしまった。そういう流れが今日までで出来上がってしまった……。

 初めてディアナちゃんがメイユ村に泊まることになったときには、僕の自宅に泊まろうかという流れになった。

 しかしその流れをレリーナちゃんがブロックした。渾身のブロックをして、代わりにディアナちゃんはレリーナ宅に泊まる運びとなった。


 話としては、そこまでおかしな話ではないと思う。

 男の子のお家に泊まるよりは、同じ女の子のお家に泊まる方が自然だと思う。……自然だとは思うけど、正直不安しかない。


 一応ディアナちゃんが泊まっていくときには、『二人とも仲良くね?』と、レリーナちゃんに伝えている。十回くらい伝えている。

 レリーナちゃんは一生懸命お願いすれば、大体はお願いを聞いてくれるので、毎回一生懸命お願いしている。


「マジであいつんちに泊まると寝た気がしない。てーか寝たらヤバイんじゃないかって気がする」


「うん……」


「夜中ふと気が付くと、じーっとこっち見てんだよね」


「それは……ちょっと怖いね」


「ちょっとどころじゃないんだけど?」


 確かにその状況で安眠は難しいかもしれない。安眠どころか永眠させられそうな存在が、すぐ近くにいるのだ。


「――って、レリーナのことじゃなくて、あの女。このうちにいた、あの変な女」


「え? ああ、ナナさんのこと? 黒髪の人のことかな?」


「そうそう。誰なの? あの変な人」


「ディアナちゃん」


「ん?」


「確かにナナさんは、髪や目の色が僕たちとは違うかもしれない。だけど、だからといって『変な人』はよくない、それはよくないよ?」


「いやそこじゃなくて、あの人アタシを見ていきなり『あ、現地妻の……』って言ってきたんだけど?」


「ごめんねディアナちゃん。あの人ちょっと変な人だから」


 なんてレッテルを貼るんだナナさん。現地妻って……。


「『現地』ってのはよくわかんないけど、アタシはアレクの……つ、妻なの?」


「あんまり気にしないで、ナナさんちょっと変だから」


「んー」


「いたい」


 ディアナちゃんから肩パンをもらってしまった。


 どうやら僕の回答は、ディアナちゃんが求めた回答じゃなかったようだ。


「まぁいいや。結局あれは誰なの?」


「ユグドラシル様のお友達で、ナナさんだよ」


「へー、世界樹様のお友達? やっぱ世界樹様ともなると、友達も少し変わってるわ」


「……そうだね」


 ナナさんの存在がユグドラシルさんの権威けんい失墜しっついさせないか、少し心配。


「んで、なんでここにいんの?」


「しばらくうちに泊まることになったんだ」


「は? なんで?」


「えぇと……。ナナさん今、住む場所がないんだ。ナナさんが今まで住んでいた場所は、もう……」


 僕は悲しそうに視線をそらした。


「嘘くさい」


「…………」


 何故だろう。ナナさんの真似をしたけど失敗してしまった。


「いつまでいんの?」


「わかんない。しばらく」


「んー」


「いたい」


 再び肩パンをもらってしまった。


 というか結構本気で痛い。僕もエルフらしく紙装甲なのでやめてほしい。少なくとも同じ場所は狙わないでほしい。


「てーか、大丈夫なの?」


「何が?」


「レリーナは」


「…………」


「アタシだからこのくらいで済んだけどさ。ほら、あいつ頭おかしいじゃん」


 発言がストレートすぎるよディアナちゃん……。舌鋒ぜっぽうが鋭すぎるよ……。


「一緒に住んでるとか知られたらヤバくない? 初めてアタシと会ったときみたいになりそうじゃない?」


「えーと、レリーナちゃんが初めて一人でルクミーヌ村に行ったときのことだね?」


 まぁ『行ったとき』と言うより、『乗り込んだとき』とか『攻め入ったとき』の方が正しい気もする。


「なんか剣聖さんがレリーナをかつぎ上げて回収してったけどさ……あのときレリーナは、アタシを殺そうとしてたでしょ?」


「……そ、それはわかんないよ」


「バッグの中から凶器を取り出そうとしてたでしょ?」


「わかんないってば。もしかしたら……ロープか何かだったのかも」


「ロープ…………それはそれで怖い」


 まぁ確かに怖い。


 さておき、ディアナちゃんのときは父が体を張って止めてくれたけど、もしかしてまた同じ惨劇さんげきが繰り返されてしまうのだろうか?


 しかし現状は、『行くあてのないユグドラシルさんの友達を、一時的に預かる』って設定なんだけどな。よく考えるとこれ、僕とナナさんがどうのって話じゃないよね?


 それでもダメなのかな? 一緒に住んでいるってだけでもうダメなのかな? やっぱりレリーナちゃんは激昂げっこうしちゃうのかな?


「まぁいいや。じゃあアタシはちょっと寝直すから」


「え?」


「起きたらルクミーヌ村まで送ってね? じゃ、おやすみ」


「えぇ……」


 僕が何か言う間も無く、ディアナちゃんは僕のベッドに潜り込んでしまった。


 どうしようもないのでナナさん用の食器を作ろうかと準備を始めていると……すよすよと心地よさげな寝息を立てながら、ディアナちゃんは眠りに落ちてしまった。


「ディアナちゃんは自由だなぁ……」


 ……というか正直この現場を見られただけでも、レリーナちゃんは激昂げっこうしてしまうような気もする。





 next chapter:合法ロリと違法ババア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る