第108話 爆乳


「なんなの、さっきの視線は」


「なんだと言われましても……」


 朝食を終え、部屋に戻ってきた僕とナナさん。

 とりあえず僕はナナさんに、朝食時に感じた疑問を投げかける――というか、不満をぶつける。


「なんかすっごい冷たい視線を向けてきたよね?」


「マスターはもうすぐ四十歳になろうというのに、上目遣いで『お願いママ』はいかがなものかと……」


「いや十二歳だから。十二歳のかわいい息子だから」


 というか、両親の前ではわりと普段から自然にああなっちゃうんだよ……。


「申し訳ありませんでした。次からはマスターが突然両親に甘えだしても、目をそらすことにします」


「……そうして」


「ともかく、しばらくはここへ置いていただけることになりましたね、よかったです。食事も美味しかったです」


「そっか。まぁそれは何より。……あ、ところで体調は大丈夫?」


「体調ですか?」


「ほら、初めての食事でいきなり固形物を食べても大丈夫なのかって、そんな話をしていたでしょ?」


「ああ、問題ありません。お気遣いありがとうございますマスター」


 一応朝食前に聞いておいたのだ。そのときも問題ないと言っていたけれど、実際大丈夫だったらしい。

 なんだかうらやましいな。僕は固形物を食べられるようになるまで、一年以上かかったというのに。


「それにしても、お祖母ばあ様は料理が上手ですね」


「お祖母様……? えっと、母のこと?」


「はい。私の父であるマスター――そのマスターのお母様であるミリアム様。つまりミリアム様は、私のお祖母様ということになりますよね?」


「そうなるの……? とりあえず面と向かって『おばあさま』とか呼ばないようにね……」


 たぶん追い出されるから。


「お祖母様にはずいぶんと警戒されてしまいました。やはり私の外見のせいでしょうか?」


「あー、まぁそれもあるかもね……」


 黒髪黒目のエルフなんていないしねぇ。

 もしかしたらナナさんは、この村でかなり目立つ存在になってしまうかもしれない。ナナさんが村に馴染なじめるか、今から少し心配。


「――やはり私が爆乳だから」


「え?」


 爆……え? いきなりなんの話だ? というか爆乳ではないだろう。ナナさんそこまで大きいようには見えない。


「なんですか? お祖母様を筆頭ひっとうに、貧乳しかいないエルフの村にいるのですから、相対的に見て私は爆乳でしょう?」


「そうなるの……? とりあえず面と向かって『貧乳』とか呼ばないようにね……」


 たぶん追い出されるから。


「もしかしたら、お祖母様はその部分も心配されたのかもしれません。お祖父じい様が、爆乳の魅力に取り憑かれてしまわないかと……」


「お祖父様? あぁ父のことか……。いや、さすがに父が爆乳に取り憑かれるようなことは……」


 まぁないだろう。ないとは思うけど……そうなったら本当に追い出そう。


「というか、正直ナナさんそこまでではないと思うんだけど……」


「は? 爆乳でしょう?」


 軽くこちらを威嚇いかくしつつ、頭と腰に手をやり、セクシーポーズをとるナナさん。なんだか微妙にポーズが古臭い。


「たぶん爆乳って言うなら、ディースさんくらいないとダメなんじゃない……?」


「あそこまで行ったら、もう爆乳とかいうレベルじゃないですよ、奇乳ですよ奇乳。相対的じゃなく、一般的に見ても奇乳です」


 ひどい言いようだ……。怒られるぞ? 今もきっと見られているのだろうし。

 ……見られているというのに、なんだか僕も僕でうかつなことを言った気もする。


「あ、そんなことよりさ、泊まるのは『ユグドラシルさんが来るまで』ってことになっちゃったけど?」


「ああはい。あのままだと、どう転ぶかわからなかったので」


「どうするの? ユグドラシルさんが来た後は?」


「そこまでが勝負ですね」


「勝負?」


「なんとかお祖母様の好感度を上げて、『もうナナちゃんはうちの子よ、他所よそには渡せないわ』と言ってもらえないかと」


「……そんなうまくいくかな」


 ナナさんが母の好感度をうまく上げられるかわからないし、たぶん猶予ゆうよはあんまりないと思う。


 何故かユグドラシルさんは僕が天界へ呼ばれる瞬間を見たがっているのだけど、『もうすぐレベル15に上がると思います』と伝えたところ、ここ最近はずいぶんと来訪ペースが上がっていたのだ。

 予想では、おそらく一週間以内にユグドラシルさんはうちに現れるはずだ。


「うーん……。事情を説明して、ユグドラシルさんからも母にお願いしてもらおうか、『ナナは良い子じゃから、一緒に住ませてあげてほしいのじゃ』とかなんとか」


「それでもダメなら、ユグドラシル様にお願いして、教会の修道女にでもなりますかね」


「……どっちにしろユグドラシルさん頼みか。なんだか本当に頼りっぱなしだなぁ」


 このままでは、本当にユグドラシルさんがユグドラえもんになってしまう……。


「まぁ頼めばユグドラシル様はこころよく引き受けてくれるでしょう」


「そうかな」


「そうですよ。……マスターは気付いてますか?」


「うん?」


「ユグドラシル様の外見が、十歳で止まっていることを」


「……あぁ、まぁ気付いたけど」


 なんだかちょっとずつ僕とユグドラシルさんの身長に差がついていることに、いつしか僕は気付いた。

 男女の成長差かと最初は思ったけれど……どうやらユグドラシルさんは、十歳で成長を止めているようなのだ。


 ……いや、違うか。ユグドラシルさんは毎回この村に来るときに外見を変えているらしいから、成長を止めたわけではなく、この村に来るときは十歳の外見に固定し始めたんだ。


 どうも、以前僕が口走った『これ以上の成長しないでほしい』『普段は幼女バージョンで、いざという場面のみ大人バージョンで』という発言――というよりも、むしろ妄言――を受けて、実際に外見の成長を止めてくれたらしい。


 あのときは『意味がわからない』と言っていたし、それ以降も特に何も言わなかったユグドラシルさんだけど、なんか僕のお願いをずっと聞いてくれている。


「マスターのあんなにもアホなお願いを聞いてくれる、心優しいユグドラシル様です。今回の真面目なお願いなら、二つ返事で聞いてくれるはずですよ」


 アホって、まぁアホだと思うけど……。


「ではそういうことで、私はお祖母様のところへ行ってきます」


「母のところ? 何しに?」


「急に転がり込んできて居候いそうろうさせてもらうのです、少しは印象をよくしておかないと。まぁさっき言っていた好感度上げ、ポイント稼ぎですよ」


「『ポイント稼ぎ』って表現を使っちゃうことで、ナナさんに対する僕の評価ポイントは下がったけどね……」


「おや、手厳しい。とりあえず今日はその予定でお願いします。何か家事の手伝いでもさせてもらってきますね」


 それはいいけど、ナナさん家事とかできるのかな? 可愛らしく失敗してドジっ子アピールしても、同性からじゃポイントはきっと貰えないよ?


「あ、そうだ。それなら僕からアドバイスが」


「アドバイスですか? 何でしょう?」


「とりあえずその服を脱ごう」


「…………」


 ナナさんが冷たい目で僕を見据えた。

 その目やめろ、と言いたいところだけど……今回は僕が悪そうだ。


「いや、その、変な意味じゃなくて」


「ええ、わかっています。一瞬私の爆乳がマスターをも魅了してしまったのかと思いましたが、大丈夫です。マスターは突然そんなことを言い出す人じゃないと、私は知っています」


「そ、そう?」


「マスターは、そんな度胸のある人じゃないです」


「そう……」


 あんま褒めてないねそれ。


「それで、服を脱ぐとは?」


「そのオシャレな黒のブラウスとスカートは、あんまりこの村じゃ見慣れない物だよ。なんだか異物感がすごい」


「あぁ、確かにそうかもしれません。自分では気付きませんでした」


「郷に入れば郷に従えって感じで、その辺りから馴染なじんでいこう」


「なるほど、やりますねマスター」


「ありがとうナナさん」


 なんかナナさんがこちらへ親指を立ててみせたので、こちらもサムズアップし返した。


「とりあえず僕の方から母に頼むから、母の服を借りて着替えよう」


「お祖母様の服ですか?」


「うん」


「胸が入るでしょうか?」


「それ絶対母には言わないでね?」



 ◇



 ナナさんを母のもとへ連れて行き、服を貸してくれるようにお願いしてから、僕は自室に戻ってきた。


「どうしようかな、なんだか手持ち無沙汰ぶさただ」


 ナナさんが馴染もうと頑張っている今、外へ遊びに行くのも違う気がする。そう思って自宅待機中なのだけど……。


「まぁ木工か、木工するか」


 なんとなくナナさんの人形でも作ろうかと思ったけれど、さすがに『木工』スキルで再現できるほど仲良くはなれていない。


「あ、それじゃあナナさん用に食器でも作ろうか」


 そう決めて、マジックバッグから道具を取り出そうとしたところ――


「アレクー」


「うん?」


 部屋の外から僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 この声は――





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