第107話 こっち見んな山田


 ナナさんとダンジョンについて会話を交わしていると――


「アレクー、起きてるかい?」


 部屋の外から僕を呼ぶ父の声が聞こえた。


「お、起きてるよー」


「ご飯だよー?」


「あ、うん。すぐ行く」


 もうそんな時間らしい。ずいぶん長い間ナナさんと話し込んでしまった。……というか、命名に時間がかかりすぎた。

 そのせいで、毎日朝食前に父とやっている剣の訓練もすっぽかしてしまったようだ。


「ご飯だって」


 父が部屋から離れた頃合いを見計らって、ナナさんに話を振る。


「では参りましょうか」


「…………」


 なんか前にもこんなことがあったな……。あれはユグドラシルさんだったかな?


「えぇと、食べるの?」


「そりゃあ食べますよ。朝食は一日の活力です。それに、この世界は朝晩二回の食事らしいじゃないですか。ここで食いっぱぐれたら大変です」


 食べるのか。というか食事を取れるのか。ナナさんがどういう存在なのか、いまいちわからない。


「楽しみですね、生まれて初めての食事です」


 そうなると逆に食べても大丈夫なのか不安になる。とりあえず流動食あたりから始めた方がいいんじゃないか?


「その前にさ、僕はナナさんを両親に紹介しなければいけないの?」


「はい。そもそもこれから一緒に住むわけですから、それは紹介していただかないと」


「……え、一緒に住むの?」


「え、まさか放り出す気ですか?」


「いや、放り出すというか……元いたところに戻れないの?」


「もう無理ですよ、もう生まれちゃいましたから」


「そうなんだ……」


 生まれちゃったって……。


 しかし参ったな、戻れないのか。そうなると、両親にお願いしてナナさんも住まわせてもらう以外ないんだけど……。


 どう説明したものか、いったいどこまで両親に説明したものか。

 やっぱり僕がダンジョンコアを手に入れてダンジョンマスターになったことまで説明しないとダメなのかな?

 あるいは――


「昨日ナナさんを偶然見つけて保護してきた、とかじゃダメかな?」


「拾ってきた犬猫じゃないんですから……」


 ナナさんが呆れたように嘆息たんそくする。やっぱりダメか。


「じゃあどうしよう?」


「そうですね……とりあえずユグドラシル様を頼りましょうか。ユグドラシル様の名前をお借りして説明しましょう」


「……僕はまたユグドラシルさんの名前をかたるのか」


「しかしそれ以外ないのでは? いつも通りユグドラシル様に頼る他ないのでは?」


「いつも通りって」


「違いますか? マスターはなにかに困ると、すぐにユグドラシル様を頼りますよね?」


「う……」


 そう言われると、そうかもしれない……。


「今回もそうしましょう――ユグドラえもんに泣きつきましょう」


「おい山田」


「なんですか? ちょっと名前をもじっただけですよ」


 もう名前をもじったとかいうレベルじゃなくなっているじゃないか。そのまんまの名前が含まれちゃっているじゃないか……。



 ◇



「えっと……。ユグドラシル様の?」


「友達らしいんだ」


 ――と、いつわって両親に紹介してみた。


 ダンジョンコアのことは隠すことにした。『ユグドラシルさんにダンジョンコアを貰って――』と説明しようかとも思ったけれど、回復薬セットのときと同様に、ダンジョンコアはユグドラシルさんが用意できない代物しろものかもしれない。


 なので、ナナさんはふらりとウチに来たユグドラシルさんの友達ということにした。『友達で押し通す予定』だ。


「友達……そうなんだ。えぇと、ナナ――」


「ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田です」


「ナナ・アフロ……? え?」


「アフロではありません。ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス――」


「待って待って」


 やめるんだナナさん、文字数稼ぎだと疑われる。


「ナナさん、とりあえず『ナナ』だけで許してあげて」


「そうですか……ではナナでお願いします」


「そう? ごめんねナナさん」


「構いません」


 真面目な父が一生懸命ナナさんのフルネームを覚えようとしていたので、僕は助けに入った。


 さてさて、問題はここからだ――


「それでね、えぇと、ナナさんをうちに泊めてあげたいんだけど……」


「え? うちにかい?」


「うん。お願い」


 可愛らしく上目遣いで両親に懇願こんがんする僕。

 ……しかし懇願中、何やら隣に座ったナナさんからの、冷ややかな視線を感じた。


 ナナさんは僕のことを知っているからな……。えぇと、前世と合わせると――三十九歳か。

 上目遣いでおねだりする三十九歳には、こんな視線が向けられるらしい。まぁ、仕方ない気もする。

 とはいえ、僕はナナさんのためにやっているんだ。ナナさんのためだと言うのに、この仕打ち。


「どうかな? 父、母さん、お願いできないかな?」


「ダメよ」


 恥を忍んでおねだりしたと言うのに、母には一刀両断されてしまった。


「ダメ?」


「元いたとこに戻してらっしゃい」


 犬猫じゃないんだから……。

 というか、それはダメなんだ母。もう生まれちゃったからダメらしいんだ。


「うちには若い男もいるの。何かあってからじゃ遅いのよ?」


「え……それ僕のことを言ってる?」


 一応は正論に聞こえる母の意見に、父がショックを受ける。どうでもいいけど三百歳を超えている父は、若い男と言ってもいいのだろうか。


「ち、父は大丈夫だよ、父は何もしないよ」


「う、うん。とりあえず僕は何もしないよ?」


「ナナさんは今住むところがなくて、困っているそうなんだ。お願いママ、助けてあげて!」


 僕が母を『ママ』と呼んだ瞬間、またしてもナナさんから冷たい視線が飛んできた。

 その目やめろ、誰のためにやっていると思っているんだ。


「そうは言うけどアレク、正直この子、得体が知れないわよ?」


「いやそれは……」


 うん、正直僕もナナさんは得体が知れない子だと思っている……。


「そもそもあなた――ナナ・ランボルギーニと言ったかしら?」


「言っていませんが……」


 ナナさんに新しくかっこいい名前を送る母。僕はナナさんの名前がさらに長くならないことを祈った。


「あなたはどこから来たの? 元いた場所へは帰れないの?」


「今まで住んでいた場所は、もう……」


「そう……」


 ナナさんが悲しそうに視線をそらした。命からがら戦火を逃れた避難民みたいな振る舞いにより、母のさらなる追求をかわそうとしているのだろう。

 汚いな、さすがナナさん汚い。


「それで、どうしてこの家に?」


「神様の指示です」


「ユグちゃんの?」


「……神様が、何かあったらアレク様のもとへ行くようにと」


「本当?」


「本当です」


「…………」


「…………」


「……嘘は言っていないみたいね」


 母は妙に勘が鋭いところがあるから、嘘をついたらバレると考えたのだろう。ナナさんは微妙に言葉を選びながら、事実を伝えた。


 まぁ事実だ、嘘ではない。実際『神様』が僕のところへ送り込んだわけだから、確かに嘘ではないけれど……。


「ユグドラシル様も近々こちらへ参られると思われます。それまでどうかここへ置いていただけないでしょうか」


 ナナさんが頭を下げてお願いした。


「……仕方ないわね」


「ありがとうございます」


 なんとか母もナナさんの居候いそうろうを了承してくれた。ナナさんは感謝の言葉を述べた後、再び頭を深々と下げた。


「ありがとうママ!」


 僕も母を『ママ』呼びで感謝を伝えて――こっち見んな山田。





 next chapter:爆乳

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