第98話 木工シリーズ第十四弾『釣り竿』


「じゃあ訓練に行こうか?」


「あ、その前に、ちょっと父に聞きたいんだけど」


「何かな?」


 やっぱり父と剣の訓練をすることに決めた僕だけど、その前に質問があったことを思い出した。

 というよりも、むしろ本題はこっちだ。


「僕の釣り竿を知らない?」


「釣り竿?」


「うん。ずいぶん昔に、父に教えてもらって作ったやつ。第十四弾の釣り竿」


 村に流れている川で、釣りでもしてみようかと昔作ったのが、木工シリーズ第十四弾『釣り竿』だ。

 ちなみに第十五弾の『竹かご』は、魚を入れる用に釣り竿と同時に製作した物だったりする。


「探したけど見つからないんだ、どこにあるか知らない?」


「あれは……確か壊れたんじゃなかったかな?」


「壊れた?」


「アレクが魚を釣り上げて……一匹目で折れたと思ったけど」


「うん? んー……? あ、そうか、壊しちゃったのか」


 そうだった、結局魚にも逃げられて、竹かごに魚を入れることもできなかったんだ……。


「そっか……。それじゃあ見つからないわけだ。困ったな」


「釣りをしたいのかい?」


「うん、スローライフといえば釣りかなって」


 なんとなくそんなイメージがある、釣りはスローな感じがする。


「仕方ないね、新しく作り直すよ。今なら『ニス塗布』もあるし、そう簡単には折れない釣り竿が作れると思うし」


 ……あぁけど、それもちょっとどうなんだろう。

 釣り竿の強度を無理矢理上げて折れなくするよりも、釣りの技術を上げて折らないように釣る方がスマートな気が……。


 まぁいいか、丈夫であることに越したことはないだろう。とりあえず後で作ってみよう。


「じゃあアレク、そろそろ訓練に行こうか」


「あ、ごめん父。最後にもう一つだけ」


「うん?」


「そのポーズは、もうやらない方がいいと思う」


「えぇ……。アレクが格好良いって言ったのに……」


 僕が妙に褒めてしまったためか、父は会話中ずっと両手を口元で組む司令のポーズを崩さなかった。


 これからもそのポーズを取られたらたまったもんじゃない。今のうちにやめさせよう。



 ◇



 父との訓練中、実戦を積んだ僕の剣に何かしら変化が現れるかと期待したけど――特にそんなこともなかった。


 剣聖さんなら何か気付くこともあるかと思って、『今日の僕、どこが変わったかわかる?』と、父に尋ねてみた。

 なんだか微妙に鬱陶うっとうしい質問になってしまった気がするけど……とりあえず父もわからなかったらしい。

 ちなみに父は、『か、髪型……?』と答えた。


 訓練が終わり、朝食を食べてから、僕は父の見送りをした。

 父がこれからおもむくのは、ルクミーヌ村。おそらくレリーナちゃんとディアナちゃんが激突するであろうルクミーヌ村だ。

 険しい表情で出発する父を、僕は激励してから送り出した。


 ――といっても、実はそんなに心配していなかったりする。なんだかんだ優しいレリーナちゃんだ、そこまでの問題は起こらない……と思う。


 そうして朝練、朝食、見送りを済ませ、自室に戻ってきた僕は、木工シリーズ第十四弾『釣り竿』の再生産に着手した。


「さぁ釣り竿を作ろう。まずは竹だ」


 僕が普段木工道具をしまっているマイマジックバッグから、竹を取り出そうと中をあさると――


「竹がない」


 いきなりつまずいたな……。

 竹自体は何本か入っていたけど、釣り竿になりそうな細長い竹がない。どうしよう。


「えー、買ってくるのー?」


 それはちょっと面倒だな……。今日は釣りをすると、もう決めていたのに……。


 買ってくるとなると、竹を買いに外出、購入してから釣り竿作成のために帰宅、釣りのために外出――

 そんな感じで外出と帰宅を繰り返すのは、ちょっと面倒くさい。


 しかし竹を購入し、そのまま外で釣り竿作製ってのもあんまり気が乗らない。こういうのは自宅でゆっくりやりたい派なんだ。


「そもそも僕は釣り竿に詳しくないんだけど、竹じゃないとダメなのかな? ただの木の棒とかじゃダメなの? 別によくない? ただの棒でも……」


 ただの棒……。


 ――自室には、なんの変哲もない『ただの棒』が転がっていた。



 ◇



 川に着いた。

 川辺にて、僕はさっそく完成したばかりの釣り竿と、以前作った竹かごをマジックバッグから取り出す。


「正直かなり不格好だ……。あんまり釣り竿には見えない……」


 僕は釣り竿の材料として、なんの変哲もないただの棒を流用した。大ネズミの口を開かせるために使った棒だ。


 といっても、たいしたことはしていない。棒の先端に糸を付けただけだ。たぶんこれを釣り竿と呼んだら、釣り人に怒られる代物だと思う。

 ちなみに、糸はグルグル巻いて結んでから『ニス塗布』で固定した。やっぱり『ニス塗布』は便利。


「とりあえずやってみようかな」


 僕は川の水面に釣り糸を垂らす。

 そして、両足を少し開き、右足を一歩前へ出し、釣り竿を体の中心へ――


「……うん?」


 何故か剣を構えるような姿勢を取ってしまった……。そして、やっぱり何故か妙に手に馴染なじむ釣り竿。


「なんなんだろうこの感覚は……むしろ違和感がない違和感」


 さておき、そんなこんなで僕のスローライフが始まった。川辺でのんびりと釣りにきょうじる僕は今、間違いなくスローライフを送っているといえるだろう。


 メイユ村で過ごす、穏やかな午後のひととき……。

 もしかしたら隣のルクミーヌ村は今頃慌ただしくなっているかもしれないけれど……とりあえずメイユ村は平和だ。





 next chapter:ジスレアさん渾身こんしんのギャグ

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