第99話 ジスレアさん渾身のギャグ


「全然釣れない」


 スローライフを求めて村の川原で釣りをしているのだけど……全然釣れない。


 見た感じ、魚は泳いでいるんだけどな。何が悪いんだろう? やっぱりただの棒を釣り竿にしたのがダメだったんだろうか?


「やぁ」


「え? あ、ジスレアさん」


 魚が釣れない原因を釣り竿に押し付けていると、いつの間にか近くに居た美人女医のジスレアさんから声を掛けられた。


「こんにちは。どうしたんですか、こんなところで」


「うん、散歩をしていた。そしたらアレクを見かけたから」


「散歩? 散歩ですか……なるほど、散歩もいいですね」


 なんだか散歩もスローライフな気がする。あとで僕もやってみよう。


「アレクも散歩に興味がある? 散歩はいいよ? 健康にもいい」


「……健康ですか」


 健康とか、あんまり耳慣れない言葉だ……。

 この世界には回復魔法があるからな、『病気になったら魔法で治せばいい』そんな世界だ。


 そんな考えの元締めみたいなジスレアさんが、健康のために散歩をすすめるとは……。

 もしかしたら、ジスレアさんのギャグなのかもしれない。異世界美人女医ギャグ?


「アレクは剣の訓練中?」


「……え?」


 ジスレアさんが不思議なことを言い出した。どこを見たらそう思うんだ?

 どこからどう見ても、釣りにきょうじるアレク少年だと思うんだけど…………ギャグなのかな?


「えぇと……そ、そうそう。こうやって剣を構えて素振りの訓練を――って違うわ」


「?」


 ジスレアさんはキョトンとしている……。


 ジスレアさん渾身こんしんのギャグをすべらせるわけにもいかないと、ノリツッコミで返してみたのだけれど――なんか僕が盛大にすべったみたいになった。

 やらなきゃよかった。本気でやらなきゃよかった……。


「すみません、今のは忘れてください。剣の訓練じゃないです、釣りをしていました」


「釣り? ……あ、本当だ。糸がついてる」


 やっぱりギャグじゃなかったのか……。

 ジスレアさんは僕の持っている釣り竿を釣り竿とは気付かず、僕が釣りをしているとわからなかったようだ。

 釣り竿の素材を竹ではなく、ただの棒を選んだことによる弊害へいがいが、よもやこんなところで生じようとは……。


「けどそれは――魔剣だよね?」


「はい?」


 ジスレアさんがまたもや不思議なことを言い出した。

 ただの棒に糸をくっつけただけの代物しろものを、魔剣だって? どういうことなんだろう? ……ギャグなのかな?


「えぇと……ただの釣り竿ですが?」


「え、いや、だって……前にそう言っていたような?」


「んん?」


 もうノリツッコミですべるのは嫌なので普通に返答したのだけれど、ジスレアさんは不思議そうに首をひねる。僕もひねる。


「なんだっけ? 確か、魔剣バルムンクだっけ?」


「ん? バルムンク? …………バルムンク!?」


 バルムンク! 魔剣バルムンク!


 うわ、バルムンクかこれ!

 うわー、そっか、そうだよ、なんで気付かなかったんだ、ずっと使い続けてきた僕の愛剣だ!


 なんてことだ……。最終的にそんな名前になって、世界樹の剣完成以降は放置されていた魔剣バルムンクだ……。

 一年以上放置していたのかな……。なんかもう、すっかりただの棒だと思って、大ネズミの口を開かせることに使ったり、釣り竿に改造とかしてしまった……。


 そうか、魔剣バルムンクか……。そりゃあ手に馴染むはずだわ……。


「すみません。魔剣バルムンクでした」


「うん。そうだよね」


 いやまぁ魔剣バルムンクというか、結局はただの木剣なんだけどね。

 そして今はただの釣り竿か。……魔竿バルムンク?


「あぁ、そうだ。バルムンクはともかく、ジスレアさんにひとつお願いがありまして」


「うん? なんだろう?」


「ちょっと体調が崩れ気味なので、よかったら治療を――」


「『キュア』」


「……治療をしていただき、ありがとうございます」


 相変わらずのスピード診察だな、最後まで言い切っていなかったのに……。


「じゃあ、こちらをどうぞ」


「うーん……」


「いえ、もういい加減素直に受け取ってくださいよ」


「うん……」


 僕はマジックバッグから硬貨を取り出して、ジスレアさんに治療費として渡した。

 子どもからお金を貰うことを毎回渋るジスレアさんだけど、とにかく手渡した。


「それで、体調は回復した?」


「え? えぇ、もうバッチリです」


「そう。ならいい」


 実は――体調不良ってのは嘘だ。


 僕がジスレアさんに治療して貰ったのは、大ネズミとの戦闘で傷を負ったからである。


 確かに戦闘での負傷は回復薬で完全に治療された。

 しかし、回復薬は怪我を癒やすもので、病気には効かない。――回復薬セットの中に治療薬の存在があることから、僕はそう予想している。


 なので僕は、病気の方を治療してもらいたかったのだ。

 野生動物から引っ掻かれたり、噛まれたりしたら、たぶん病気になる……よね? そのリスクは高いと思うんだけど……魔物の場合はそんなでもないのかな?

 みんなはあんまり気にしていないし、病気になってもいない。


 元現代人の僕としては、やっぱり気になってしまう。なので戦闘で怪我をした後は、毎回ジスレアさんの元へ通うようにしている。

 さすがに回復薬セットの治療薬を使うのはもったいない。消耗品である治療薬を、病気かどうか定かではない段階で消耗してしまうのは、さすがにもったいない。


 そういえば……治療薬もそうだけど他の回復薬セットの実験も、いつかはしなければいけないだろう。

 なんとかノーマル回復薬の効果は把握できたけど、まだ他に『治療薬』『若返りの薬』『エリクサー』『蘇生そせい薬』――四種類も薬があるんだ。


 あぁ、それからあれだ。回復薬を飲む練習もした方がいいかもしれない。大ネズミとの戦闘では満を持して薬を飲んで、その瞬間むせて吐き出してしまった。


 正直あれは予想外の罠だった。飲めないもんだね案外。

 前世では、マラソン選手が走りながら普通に給水しているシーンなんかを見た記憶があるけど、結構技術がいるものなのかもしれない。後で真似して練習してみようかな?


 ……ふと思ったのだけど、現在やっているパラダイスアロー暴発対策の早口言葉。これも同時にやったらどうだろう?


 いい案じゃないか? 呼吸が乱れているときにスキルアーツを撃たなければいけない場面もきっとあるだろうし。

 激しい運動しながら液体を飲む練習と、早口言葉の練習。同時に練習するのは、なかなか合理的な気がする。


 つまり、マラソンをしながら早口言葉を言いつつ水を飲む訓練を――


「アレク、アレク」


「へ?」


 はたから見たら、頭がおかしい人にしか見えない訓練法を僕が考えていると、ジスレアさんにペシペシと肩を叩かれた。


「すみません、ぼーっとしていました。どうかしました?」


「それは引いているんじゃない? すごくわかりづらいけど」


「え? あ、本当だ」


 ジスレアさんに指摘されて、釣り竿――というかバルムンクを見ると、先端から伸びた糸が水面をちょこちょこ移動している。ようやく魚がかかったらしい。


 竹製だったら竿自体がしなって見た目にもわかりやすいんだろうけど、バルムンクだと見た目にも変化がない。微動びどうだにしない。


 とはいえ釣り糸は移動しているし、若干だがバルムンクにも力がかかっているのを感じる。

 魚がかかったのは間違いなさそうだ。釣り上げよう――


「フィーッシュ――あ」


 僕は魚を釣り上げるためにバルムンクを引いて――その瞬間、釣り糸が切れた。


「あぁ……」


「あぁ……」


「切れちゃいました……」


「うん。やっぱりバルムンクでは厳しいんだと思う」


「そのようです……」


 バルムンクを引いて、糸にテンションがかかった瞬間に切れたな。やっぱり釣り竿には、しなりとかそういうのが必要なのかもしれない。そしたら切れなかっただろうか。


急場凌きゅうばしのぎで作った物なんですけど、どうもダメみたいです」


「釣りは、急場凌ぎで釣り竿を作ってやるものじゃないと思う」


「確かに……」


 なんだか、僕のスローライフが完全否定されたような気もする……。だけど、言われてみると確かにその通りか。


「そうですね、やっぱり釣り竿は、ちゃんとした物を作り直そうかと思います」


「それがいい」


 一応予備の糸はあるけれど、魚がかかってもまた糸が切られるだけな気がする。あきらめて今日は引き上げよう。

 結局魚を入れることができなかった竹かごと、釣り竿にはなれなかったバルムンクを、僕はいそいそとマジックバッグにしまい込んだ。


「半日くらい釣りに興じようと思っていたのに、もう暇になってしまいました」


「アレクも一緒に散歩する?」


「いいんですか?」


「うん」


 これからどうしようかと考えていたところ、ジスレアさんが誘ってくれた。

 というわけで、ご一緒させてもらうことにする。ジスレアさんとお喋りしながら、僕はのんびりと川原を散歩することになった。



 一時間ほどでジスレアさんと別れた僕は、せっかくなので帰る前に教会へ寄ることにした。

 なんせ昨日はあれほど激しいバトルを繰り広げたのだ、何かしらステータスに変化があってもいいんじゃないか?

 そんな期待をしていたのだけれど……残念ながら鑑定結果は前回鑑定したものと、なんら変化はなかった。


 『剣』スキルとか生えてないかなぁと期待したのだが、まだまだ先は長いようだ。

 ちょっと落ち込んでいたらローデットさんがなぐさめてくれたので、ここでも一時間ほどお喋りをしてから、僕は帰宅した。


 釣りは失敗したけれど、今日はなんだか充実した一日だった気がする。なんとなくリア充な一日だった気がする。

 美人女医さんや美人修道女さんと仲良くのんびりお喋りする――それはすごく有意義で、とても得難えがたい体験だと僕は思う。


 二人とも会話時に金銭の支払いが発生したけれど……そこは気にしないようにしよう。

 割り切ろう。些細ささいな問題だと、割り切ろう。





 next chapter:勘違い

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