第97話 野に放たれたレリーナちゃん


 大ネズミとの激闘から一夜明け、僕は田舎でのんびりスローライフを送るための活動を始めた。


 そのための第一歩として、父を探す。

 リビングにて発見したので、僕はさっそく声を掛けた――


「父ー、父ー。……父?」


 父はテーブルに両ひじを立てて、口元で手を組んで何かを考え込んでいた。


 何そのポーズ……。

 どこの司令なの? どこの主人公の父親なの? 僕の父だよね?


「え? あぁ、おはようアレク。どうかしたのかい?」


「おはよう父。『どうかしたのかい』はこっちの台詞だよ。なんだか格好良いポーズをしているけど、何かあったの?」


「格好良いポーズ? そうかな? ありがとうアレク」


「あ、うん」


 軽く茶化したら、父は額面がくめん通りに受け取ってしまった。


「実はね、昨日レリーナちゃんがボアを討伐したんだ」


「あ、そうなんだ」


「アレクにも昨日話そうと思ったんだけど、ずいぶん疲れていた様子だったから」


「あぁ……」


 確かに昨日は大ネズミとの激闘で、僕は疲れていた。

 まぁ正確には大ネズミとの激闘というか、大ネズミを土に埋める作業で疲れていたわけだけど……。


「ボアを討伐って、レリーナちゃんが一人で討伐したってこと?」


「そうだね」


 そうか、じゃあこれでレリーナちゃんもソロハンターの仲間入りか。


「それはめでたいね。確か、ジェレッド君も先週達成したんだっけ?」


 僕とレリーナちゃんとジェレッド君、初狩りを終えた僕ら三人の指導員的なことを父はしていた。

 そして三人とも、無事にボアのソロ討伐を達成できたわけだ。


「全員討伐達成ってことは、これで父は自由の身?」


「まぁそうなんだけど……。レリーナちゃんがね、さっそく今日ルクミーヌ村に一人で行くって言っていてね……」


 レリーナちゃんも自由の身か。

 まぁ自由の身というか、野に放たれたというべきか……。


「それで、ちょっと心配していたんだよね……」


 それはどっちの――問いたい衝動を、かろうじて僕は抑え込んだ。


「ディアナちゃんが無事だといいんだけど……」


 せっかく衝動を抑え込んだのに、父はあっさり答えてくれた。


「考え過ぎじゃないかな? レリーナちゃんだって、そんな酷いことはしないよ……たぶん」


「アレクはここ三週間のレリーナちゃんを見ていないからそんなことを言えるんだよ……」


 父が恨めしそうな顔で僕を見た。その父の手は、若干震えている。……三週間で何があったんだレリーナちゃん。


「えぇと……案外お友達になれたりしないかな? レリーナちゃんだって同性のお友達ができたら、きっと嬉しいでしょ」


「アレクが絡まなければお友達になれたかもしれないけどね……。どうしたものかな、こっそり後ろからレリーナちゃんの後をついていこうかな……」


「えぇ……どうなのそれ……」


 事案だよ事案。


「……じゃあルクミーヌ村に先回りして、ディアナちゃんの方をこっそり見守っていようか?」


 だから事案だってば。ストーキングの対象が十一歳の少女から十歳の少女に変わっただけだ。どっちにしろ事案だよ、僕はそんな父を見たくない。


「さすがに、どっちもダメだと思うよ……?」


「……僕だって本当はこんなことしたくないよ? だけど、明らかに今日争いが起こることがわかっているのに、見ないふりをするのもさ……」


「うーん……それなら僕が行くよ」


「アレクが?」


「レリーナちゃんと一緒にルクミーヌ村に行って、もし何かあったらレリーナちゃんとディアナちゃんの間に入るよ」


「たぶん刺されるよ?」


「…………」


 刺されるのか……。それはちょっと困るな……。


 この世界にジ◯ンプはないしなぁ。そりゃまぁ回復薬は手に入ったけど……。


 しかしそうか、僕が出たらダメか。確かにそれでディアナちゃんをかばったりしたら、どう考えても火に油を注ぐことになりそうだ。


 ……というか前にもあったなそんなこと。あれは確か、レリーナちゃんとユグドラシルさんだったかな?


「まぁいいよ。そうだね、こっそりついていくのも見守るのもやめるけど、とりあえずルクミーヌ村に滞在しておくよ。騒ぎが聞こえたら急いで現場に向かう感じで」


「頑張って父。できたらレリーナちゃんとディアナちゃんが仲良くお友達になれるように、取り持ってあげて」


「無茶言うなぁ……」


 全て父に任せてしまうのも少し心苦しいが、どうにか頑張ってほしい。

 ディアナちゃんも結構気が強いから、もしかしたら喧嘩になっちゃうかもしれない。……というか、たぶん喧嘩になる。どうにか頑張って上手く収めてほしい。


「それで、アレクの方は僕に何か用かい?」


「あぁ、うん。僕はしばらくのんびりする」


「のんびり?」


「僕はこの三週間頑張り過ぎたと思うので、のんびりスローライフを送る」


「スローライフ?」


「しばらく狩りも休んで、田舎でのんびりスローライフを送ります」


「田舎って……そりゃ田舎だけれども。うん、まぁいいかもね。確かにここしばらく、アレクはずいぶん頑張っていたと思うから」


 歩きキノコ以外の獲物は全部母に渡していたので、当然父は僕がどれだけ頑張っていたかを知っている。のんびりスローライフにも賛成してくれた。


「そんなわけで、とりあえず今日は剣の訓練をお休みしたいんだ」


「そうなんだ? うん、別にいいけど」


 ほとんど毎日のようにやっている父との早朝トレーニング。のんびりすると決めた今日は、それすら休んでしまおう。

 なんせ剣は、昨日だけで二時間も振り回したからな。


 うん? いや、むしろ二時間も実戦をこなしたんだから、その復習的な意味もねてやっておいた方がいいのかな?

 ……やろうかな? なんか新たな発見もある気がする。


「アレクはお休みか、じゃあ僕だけでちょっと訓練をしてくるよ。……だから、よかったら世界樹の剣を貸して――」


「ごめん父。やっぱり僕も訓練する。だから世界樹の剣は貸せない」


「そう……」


「大ネズミの口に突っ込んだ、ただの棒なら貸せるけど?」


「なにそれ……」





 next chapter:木工シリーズ第十四弾『釣り竿』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る