第89話 きっとチートアイテム


 ユグドラシルさんに世界樹の枝を貰うことを約束したのち、再び荷物整理を始めた僕。


 というか無駄に時間がかかっているな、どんだけ詰め込んだんだ……。


「あ」


「なんじゃ?」


「回復薬セットですね」


「あぁ、結局使わなかったのう」


 これもフラグだと思ったんだけどなぁ。蘇生そせい薬なんて貰ったものだから、てっきり僕は初狩りで死んじゃうんじゃないかと……。


 いや、これに関して僕は悪くないと思う。初狩り前に貰ったんだから、初狩りで使うと思うだろう? 普通はそういう流れだろう?


「まぁ使わないに越したことはないじゃろう。つまりは怪我一つ負わなかったということじゃ」


「それは確かにそうですけど」


「お、そうじゃ。わしもお主に借りた回復薬セットとマジックバッグを返しておこう」


「あぁ、半分渡していましたね」


「うむ。ちゃんと使えるのか内心ドキドキしていたのじゃが、使う場面がなくてよかった」


 無駄にプレッシャーをかけてしまったようだ。申し訳ない。


「えーと、まずは、これが回復薬じゃな」


「まさか回復薬すら使わないとは思いませんでしたよ僕は」


 ユグドラシルさんがマジックバッグから出した回復薬を眺めながら、ぼんやりとつぶやく僕。


「そしてこれが治療薬。……治療薬ってなんじゃ?」


「え? あぁイー――じゃなくて、病気を治すらしいですよ?」


「ほうほう」


 まぁ正確にはそれすらもわからない。わかっているのはEDを治せるってだけだ。

 とはいえ、それをユグドラシルさんに伝えるのもなんかね……。


「最後に蘇生そせい薬と、エリクサーとやらか」


 ユグドラシルさんが回復薬セット、合計四十本をテーブルに置き終わった。


 あぁ、そういえば――


「実はもう一種類貰った薬があるんですよ。初狩りには必要なさそうだと思って渡さなかったのですが」


「ほう?」


「えぇと、これなんですが」


 僕は自分のマジックバッグに入っていた若返りの薬を、ユグドラシルさんに見えるようにテーブルへ置いた。


「これは?」


「若返りの薬らしいです」


「ほー」


 あれ? なんだかユグドラシルさんの反応がにぶい気がする。若返りの薬って、結構凄い物だと思うんだけどな?


 もしかして、長寿の僕が若返りの薬にいまいち興奮できなかったのと同じ理由だろうか? たぶんユグドラシルさんなんて、長寿とかそういうレベルじゃないだろうし。


「ふーむ。若返りの薬か。やはりこの世界の物とは違うのじゃろうな」


「……え? あれ? この世界にも若返りの薬ってあるんですか?」


「なんじゃ知らんのか、エルフが作っておるぞ?」


「へ? あ、そうなんですか。なんと、同族が……」


 そうか、知らなかったな。でもなんとなく納得できるね。長寿のエルフなら、そんな秘薬も作れちゃいそうだ。


「作って、他の種族に売っておる。……まぁその、なかなかの高額で」


「それはまた……」


 なんだか生々しい話だ……。そりゃあ売れるだろうさ。たとえどれだけ高額でも、買う人はいるだろうさ……。


「じゃが、やはりエルフの物より効果は上なのじゃろうな。なにせ神からの贈り物じゃ」


「そうなんですかねぇ。というか若返りの薬もそれ以外の薬も、ちゃんと効果のほどは知っておきたいのですが……」


 初狩りでは時間がなかったので諦めたが、さすがにぶっつけ本番は怖い。一体どんな効果があらわれるのかわからないのだ。


 ……いや、ぶっつけ本番じゃなくとも、こんな怪しい薬を使うのは普通に怖い。


「どうやって効果を確認したものか、悩ましいですね。正直飲むのが怖いです……」


「むしろ飲むのかかけるのかもわからんしのう」


「ですねぇ」


「……ふーむ。そうじゃな、やはりモンスターで試すべきではないか?」


「そうなりますか」


 まぁそうか。ディースさんは試行錯誤しこうさくごしろと言ったが、なにも自分の体を使って試行錯誤することもないだろう。こんな怪しい薬の臨床りんしょう試験を受けるのはごめんだ。


 やはりここは動物実験を行うべきか。となるとモルモット――――大ネズミだな。


 そうだな。申し訳ないけど彼には犠牲になってもらおう。科学の進歩、発展に犠牲はつきものだ。大ネズミ君は科学発展のいしずえになってもらおう。


「モンスターで――大ネズミで試すのは賛成なのですが」


「大ネズミ?」


「しかしそれだと試すのはいつになるのか……」


 初狩りを終えた僕は、これから父と一緒に狩りをするらしい。それは安心安全に狩りの練習ができるので、ありがたいことではあるが……。


 父の見ている前で、怪しげな薬を突然大ネズミの口に突っ込むわけにはいかないだろう。

 『え……何それ?』と、父は不思議がるに違いない。ユグドラシルさんに貰った薬だと言えたらいいんだけど――


「初狩りの前に話していたことですが、やはりユグドラシルさんに貰ったことにするのは難しいんですよね?」


「ん? うむ……。さすがに蘇生薬なんて物は無理じゃ、わしには作れん」


「そうですか……」


「そう考えると、回復薬や治療薬も無理かもしれんのう。わしでは到底とうてい作れぬほどの効果があるやもしれんし……」


「うーん。なんとかなりませんかね? 例えば……世界樹の樹液で作ったとかなんとか言って」


「と、突然おそろしいことを言うのうお主……。世界中からわしの樹液を吸いに人間が集まったらどうするのじゃ……」


「す、すみません……」


 なんだかユグドラシルさんが怯えだしてしまった。申し訳ない。


「あ、それから若返りの薬も無理じゃ。絶対無理じゃ」


「そうなんですか?」


「うむ。若返りの薬はのう……なんというか権利関係がのう……」


「権利?」


「勝手にそんな物を流したと思われたら、どんな目に遭うか……」


「えぇ……?」


 なにそれ……カルテル? カルテルなの? 巨大カルテルが――巨大若返りの薬カルテルが、市場を牛耳っているの?


 ユグドラシルさんはエルフの神なのに、そんなユグドラシルさんが恐れるほどなのか……。

 なんだろう、裏社会的な匂いを感じる……。エルフの闇を感じる……。


「というわけで、わしはあまり役に立てないようじゃ、すまぬな……」


「いえ、とんでもないです。僕が無理なお願いをしてしまったようで……。しかし、これだと表立って回復薬セットを使うことはできないですか」


「うむ……」


「少なくとも、僕が一人で狩りをできるようになるまで試せませんね」


「となると、使うのは一年か二年後かのう?」


「……え? 一年後か二年後、僕は一人で狩りをするんですか?」


「遅くてもそのくらいじゃのう」


 そうなんだ……。初狩りはあんなに手厚く介護してくれたのに、一年後にはもう独り立ちなのか。

 長命のエルフなんだし、もっとゆったり見守ってくれたらいいのに。どうせなら五十年くらい鍛えてくれたらいいのに……。


「さて、荷物整理はそれで終わりじゃろうか?」


「そうですね。初狩りのために準備したのは、もうないですかね」


 一応マジックバッグを確認してみるが、もう他には入って――――あ


「どうしたのじゃ?」


「……タワシですね」


「タワシ?」


「……アレクブラシです。そのオリジナルです」


 僕はマジックバッグから、少しくたびれたタワシを取り出した。


 そうか、忘れていたな。これも父に返さないと……。


「というと、お主が最初にチートルーレットでもらったものか?」


「はい」


「……なんでそんな物をマジックバッグに入れておったのじゃ?」


「入れていたというか……まぁ、何かの役に立つかなぁと……」


「立たんじゃろ」


「そうですねぇ……」


 ――正確にいえば、マジックバッグに入れたのは初狩りが終わってからだ。


 初狩り前、親子そろって死亡フラグを立ててしまったので、僕はそれを打ち消すためのアイテムを家中探し回った。


 そこで白羽の矢を立てたのが――タワシだ。


 なんと言ってもこのタワシはチートルーレットから排出はいしゅつされたアイテム。しかも初期アイテムだ。何かしらの力が眠っているのではないかと、僕は常々疑っていた。


 なので、たいそう困惑する父にお願いして、僕は父からタワシを借りた。

 そして初狩りの間、僕はずっと左の胸元にタワシを忍ばせていたのだ。それこそが『死亡フラグ』を打ち消し、生き残るための『生存フラグ』だと信じて――


 まぁ、結局チクチクするだけだったが……。





 next chapter:『アースウォール』と『パラライズアロー』

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