第90話 『アースウォール』と『パラライズアロー』


「『アースウォール』」


「ありがとうレリーナちゃん」


「うん」


 僕を守るための壁を作ってくれたレリーナちゃんに感謝しながら、僕は矢筒から矢を取り出した。


 素早く矢をつがえ、げんを引き――


「『パラライズアロー』」


「ぶもっ!」


 僕が放った『パラライズアロー』を体に受け、イノシシのような姿をしたモンスターが悲鳴を上げた。


 現在僕とレリーナちゃんが戦っているイノシシのような――というより、正直イノシシにしか見えないこのモンスターは、『ボア』という名前のモンスターだ。

 見た目通り、イノシシが瘴気しょうきを体に溜め込んでしまい、魔物化した存在らしい。


 凶暴だし、目が赤く光っているし、間違いなくモンスターなんだけど……見た目的には普通のイノシシとほとんど変わらない。

 話によると、牙と体がほんの少し大きくなっているらしいけど、正直誤差だと思う。体長も一メートルちょっとくらいだ。……大ネズミと同じ倍率で巨大化していたら大変だったな


 とはいえ魔物化して力も増しており、元イノシシらしい強烈な突進は警戒すべき攻撃だ。

 そんなボアの突進を止めるために、レリーナちゃんも『アースウォール』で壁を作ってくれたのだろう。


「お? 効いたみたいだね?」


 どうやら今回は、レリーナちゃんの壁に頼るまでもないようだ。『パラライズアロー』の効果により、ボアの動きが明らかににぶった。


 千鳥足のボアに向けて、僕は情け容赦なく矢の雨を降らせる――


「やー、やー、『パラライズアロー』、やー」


 四本に一本の割合で、『パラライズアロー』を混ぜていく。


「やー、やー、パラダイスアロー、やー」


 ごくまれに、パラダイスアローが混じってくる。


 ……これどうにかならないのかな?

 初めてモンスターと戦った初狩りにて、うっかりスキルアーツの呪文を噛んでしまい、結果として飛び出したパラダイスアロー。

 あれから一年と半年経ったけど、未だに出てくることがある。もっと滑舌の練習を増やした方がいいのかな……。


「うん。倒したみたいだよアレク」


「え?」


 後ろで監督をしていた父の言葉で我に帰る僕。軽くトリガーハッピーにおちいっていたけれど、いつの間にかボアを倒していたらしい。


 というか、倒したとかまだ生きているとか、どうやったらそんなことがわかるんだろう?

 父はどうやって察知しているんだろう? ……気? 気なの? 相手の気を探っているの?


 まぁいいや、それより――


「レリーナちゃん? もう倒したみたいだけど?」


「『アースウォール』『アースウォール』『アースウォール』アー……え?」


 なんでか知らないけど、レリーナちゃんは戦闘中ずっと『土魔法』のスキルアーツ『アースウォール』を連打していた。


 僕のすぐ前を、何枚もの壁がニョキニョキと生え続け、正直かなり気になっていた。

 弓を射つ邪魔にはならない程度の高さで止まるからいいものの……いったいどうしたんだレリーナちゃん。


「レリーナちゃん大丈夫?」


「あ、うん。ごめんねお兄ちゃん。お兄ちゃんが『アースウォール』を褒めてくれたから、張り切っちゃって」


「そうなんだ」


「うん。お兄ちゃんが『ありがとうレリーナ』って言いながら、私に優しく微笑んでくれたからつい」


「……そうなんだ」


 とりあえず呼び捨てにはしていない気がする。あと、戦闘中だというのに、のんきに優しく微笑んでいた記憶もない。


「ごめんねお兄ちゃん、結局壁も意味なかったね」


「いや、そんなことないよ? あの壁があったから、僕は安心して弓を射つことができたんだ」


「そうかな?」


「そうさ。それに今回はあっさり倒せたけど、もっと強いモンスター相手なら絶対に壁は必要だと思う」


 エルフの基本戦術は遠距離でチクチクだからな。壁があったらより安全にチクチクできるはずだ。

 ……まぁ状況を完全に無視して、壁だけを作り続けるのは、流石にどうかと思うけど。


 しかし、そういう意味じゃあ僕の『パラライズアロー』って強力だよね。

 ……というか強すぎない? 一発でもカスればもうこっちのもんだよ? チクチクし放題だよ? 安全圏から蜂の巣にできるよ?


 一つ弱点を上げるとすれば、ときどきパラダイスアローが出ちゃうことだ。本当にそこだけだな、そこだけが唯一の弱点だ。


「というかレリーナちゃん、ずいぶんたくさん壁を作っていたけど、魔力の方は大丈夫?」


「大丈夫だよ? お兄ちゃんのためなら百でも二百でも壁を作り続けるよ?」


「そうなんだ、ありがとうレリーナちゃん」


「うん」


 そんなにはいらないと思うけど……というか、そんなに作れるの? 魔力が枯渇して気持ち悪くならない?

 僕の方は、百本も『パラライズアロー』を連続して放つことはできない。


 この差はなんだろう? 『パラライズアロー』と『アースウォール』で消費魔力に差があるのか、そもそもレリーナちゃんの方が魔力量が多いのか……。


「それじゃあアレク、レリーナちゃん、ボアの解体しようか?」


「あ、うん」


「はい」


 父の指示に従って、僕とレリーナちゃんはボアの元へ向かった。


 ボアは僕の矢が体中に刺さって、なかなか悲惨な姿になっている。

 ただし、血は一滴も流れていない。瘴気を溜め込んで魔物化したモンスターは、血液の代わりに瘴気が体を流れているらしい。


 血を流さないのは見た目にも優しいし、血抜きの必要がないのは楽でいい。

 まぁ、体中に瘴気なんてものが流れていたモンスターを食べて本当に大丈夫なのか、若干不安な気持ちは未だにあるけど……。


「とりあえず矢を抜くね」


「あ、手伝うよお兄ちゃん」


「ありがとう」


 レリーナちゃんは矢を一本も射ってないので、全部僕の矢だ。しっかりと回収して、使えるものは再利用しよう。


「うーん……」


「どうしたのお兄ちゃん?」


「うん、もう使えない矢が多いなって……。壊れちゃったのは仕方ないとしても、やっぱり僕が作った矢の方が、ジェレッドパパさんの矢よりたくさん壊れているのがね」


 最近は自分で矢を作っていたりもするんだけど、やっぱりジェレッドパパ作の矢には、まだまだかなわないようだ。


「そうなんだ……。けど、お兄ちゃんなら大丈夫だよ。そんな人が作った物よりも、もっと凄い矢をすぐ作れるようになるよ」


「えぇと……うん。ありがとうレリーナちゃん」


 そんな人って……。

 ……まぁいいや、レリーナちゃんもそう言ってくれたことだし、もっと丈夫な矢を作れるように頑張ろう。

 そもそも矢を射つ方の技術も、もっともっと向上させていきたいものだね。


「じゃあ解体しようか?」


「うん」


 さて、矢を抜き終わったので解体だ。

 お腹を裂いて内臓を取り出して、皮を剥いでからお肉を貰おう――なんて簡単に言ったけど、これが結構大変なんだ。

 初狩り以後、父に付き添って狩りや解体を学んだけれど、正直解体がこんなに大変だとは思わなかった。


 なにせ前世の知識だと、ナイフを数回突き刺しただけで剥ぎ取れていたからな……。





 next chapter:ここは俺に任せて先に行け!

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