第88話 魔剣バルムンク
「とりあえず、荷物の整理を再開します」
「うむ」
いい加減初狩りのショックからも立ち直るべきだ。
そう決心した僕は、もぞもぞとベッドから
このマジックバッグをあさっている最中に、『異世界転生者的なピンチやアクシデントは、どこへいったんだ?』なんて思い出して、妙にショックを受けてしまったんだよね……。
一緒にいたユグドラシルさんは、さぞかし驚いたことだろう。普通に会話していたはずの僕が、突然無言でベッドに潜り込み、メソメソしだしたのだから……。
「えーと、とりあえず外に出しますか」
「ふむ」
僕は再びマジックバッグをあさりだし――
「これは……」
「パンじゃな」
パンが出てきた。結構たくさん。
確か、『何日も動けなくなる可能性がある』とか考えて、母からライ麦パンをたくさん貰ったんだ。結局一つも食べなかったし、日帰りだったけど……。
なんだか荷物整理の再開直後ではあるが、もう一度ベッドに戻ってメソメソしたい気持ちになってきた……。
まぁいい、整理を続けてよう。正直これでメソメソしだしたら、先に進まない気がしてきた。
「次は……着替えですね。何日分あるんだろうこれ」
「お主は何日森に泊まり込むつもりだったのじゃ」
やはり何日も森から動けなくなる可能性を考慮していたので……。
「とりあえず続けます……あ、水筒ですね」
「あぁ、それは使っていたのう」
「あと、弓と矢が出てきました」
「ずいぶん大量に矢を詰め込んだのう」
「結局使ったのは一本だけでしたね」
パラダイスアローの一本だけだ。
「ふーむ。初狩り前はずいぶんといろいろ準備していたが……結局使ったのは水筒と弓矢、それくらいではないか?」
二十分のハイキングとパラダイスだったし、そういわれるとその通りかもしれない。
「そうですね。準備のときは焦っていたので、自分でも何を思って何を詰めたのか……」
「正直わしは見ていて、いらんものばかりじゃと思っておった」
「そうですか……」
「うむ。いらんと思っておった」
「まぁ確かに…………あ、ユグドラシル神像も入っていました」
「…………」
「…………」
この神像は、ユグドラシルさんも持っていけと言っていた気がするけど……。
「……まぁ弓矢と水筒、それとわしの神像。使ったのはそれくらいではないか?」
「えっ」
ユグドラシルさんが自分の非を認めようとしない……。
いやまぁ、ユグドラシル神像がお守りとしての効果を
「ほれ、次じゃ次、次にいけ」
「はぁ……。えぇと、剣ですね。僕の愛剣バルムンクです」
「バルムンク……。前にも言ったが、それはただの木剣じゃろう?」
「まぁそうですが」
「というか、ちょっと前はダモクレスの剣と呼んでいなかったじゃろうか?」
「あー。確かにそんな名前を付けていたときもあったかもしれませんが……なんかすぐ忘れちゃうんですよね」
いつも適当に思い付きで命名している愛剣だけど、そもそも名前を呼ぶこともないので、結局すぐに忘れてしまう。
そしてまた適当に思い付きで命名して――そんなことを繰り返しているぼくの愛剣だ。
「ふむ。ちょっと見せてくれぬか?」
「え? 別に構いませんが、ただの木剣ですよ?」
そう伝えたが、ユグドラシルさんはちっちゃい手を僕に差し出したままなので、その手に僕は木剣を渡した。
……というか、ついつい自分でも『ただの木剣』だなんて紹介してしまった。
なんだろうな、何故だか少し寂しいような気持ちになってしまった。
今までは『魔剣バルムンク』だったり『ダモクレスの剣』だったはずなのに、突然『ただの木剣』に変わってしまったかのような……。なんだか魔法が解けてしまったかのような――
「うむ。ただの木剣じゃな」
「…………」
寂しいから、あんまりただの木剣と言わないでほしい。
「なかなか使い込んでおるな?」
「そうですね、もう二年以上使っていると思います。ほぼ毎日訓練で使用していますが、『ニス塗布』を頻繁に使っているせいなのか、案外壊れないですね」
「ふむ。やはり愛着があるのじゃろうか?」
「愛着……まぁ長年使っていますから。とはいえ、壊れたら新しく木を彫り直すだけだと思いますけど、今ならもっと上手く作れる気がしますし」
「なるほど……。どうじゃアレク、わしの枝で作ってみんか?」
「はい?」
枝? えぇと、つまり世界樹の枝ってこと?
……え、それって結構すごくない? 『世界樹の枝』でしょ? すごくない? なんだか貴重なアイテムっぽい感じがする。
――と思ったんだけど、案外そうでもないのかな? 本体の近くにはポロポロ落ちていたりするのかな?
「どうじゃ?」
「それは、本体の枝をいただけるということでしょうか?」
「本体……。まぁそうじゃな、わしの本身である世界樹、その枝じゃ」
「そうですか、それは……もしいただけるというのなら、是非お願いしたいです。なんだかすごい木剣ができそうですし」
「うむ。なんせ世界樹の枝で作る木剣じゃからな、いわば世界樹の剣じゃ。今お主が使っておるような、ただの木剣ではなく」
僕の魔剣バルムンクが、どんどんただの木剣になっていく……。
「わしからお主へのお祝いじゃな」
「お祝い?」
「お主が無事に初狩りを終えたお祝いじゃ」
「あぁ、そうなんですか。それはありがとうございます、ユグドラシルさん」
「うむうむ」
「枝を採取? 伐採? するときに、痛かったりはしないんですよね?」
「痛くはない。今度持ってくるとしよう、楽しみにしておくがよい」
痛みはないのか。なら
……しかしそうなると、長年使った魔剣バルムンクもそこでお役御免か。ちょっと寂しくなるな。
今日一日で、だいぶただの木剣に成り果ててしまったが、それでも僕の愛剣だった。
今までありがとう魔剣バルムンク、さようなら魔剣バルムンク――
next chapter:きっとチートアイテム
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