第86話 初狩り


「けど、アレク。一人でいきなり本当の狩りをこなすのは、さすがに難しいよ?」


「それはそうなんだけど……」


 いや……うん、そうだな。思わずヤラセだなんだと騒いでしまったが、父に当たっても仕方がないか。


 そもそも初狩りがゆるくてぬるい儀式だったとしても、僕としては一向に構わないんだ。別に、過酷で厳しい試練に挑みたいと思っていたわけでもない。

 しっかり安全性を確保してくれていたのだから、それは喜ぶべきで、文句をつけるのもおかしな話だ。


「ごめん父。なんだか僕が思っていたのと違ったから」


「確かにアレクが言いたいこともわかるんだ。……ごめんね? 初狩りがこういうものだって事前に話せたらよかったんだけど、言ってはいけない決まりだから……」


「決まり?」


「うん。初狩り前の子どもに、初狩りの内容を話してはいけない決まりなんだ。アレクもこのあとで、他の子に初狩りの内容を喋ってはいけないよ?」


「そうなんだ……」


 確かに父や大人たちは、初狩りについて口を閉ざしていた。やっぱりそんなおきてがあったのか。

 といっても、みんなそれとなく初狩りがゆるい儀式だとは教えてくれた気がする。なんだかおきてもゆるいな……。


「まぁ、いいか……」


「アレク?」


「あぁ、ごめん父。とりあえず初狩りのことはわかったよ。少し予想とは違ったけど、頑張ってみるね?」


「うん。応援しているよ」


「ありがとう父」


「頑張ってくださいアレクシスさん」


「頑張るのじゃ」


「レリーナパパさんもユグドラシルさんも、ありがとうございます」


 みんなの声援を受けて、僕は戦いの準備を始めた。……いやまぁ、正直戦いと呼んでいいのかすら謎だけど。

 なんというか、これ以上ないほど一方的な戦いになりそうだ……。


 とにかく僕は弓と矢を持ち、大ネズミと対峙たいじした。

 大ネズミまでの距離は八十メートルほど。距離的には問題ない。それに、対象は未だに眠りこけたままだ。まず弓を外すようなことはないだろう。


 ……とはいえ、さすがにちょっと緊張する。生き物を殺すってのは、それだけでも結構なストレスだ。

 安全でゆるくてぬるい試練だとは思うけど、試練であることに違いはなさそうだ。


 さて、どうしようかな? スキルアーツの『パラライズアロー』を使ったほうがいいんだろうか? 正直あんまり必要ない気がするけど……一応使っておこうか?

 ……そうだな、もし初撃が致命傷にならず、さらに大ネズミを起こしてしまったとしても、『パラライズアロー』の効果で動きを止められるかもしれない。


 ――よし、『パラライズアロー』だな。いくぞ、これが僕の初戦闘だ!


 僕は一度深呼吸をしてから、大ネズミに向かって弓を構えた。

 そして、いつものように弦を引き、呪文を唱え、矢を放つ――!


「パラダイスアロー」


 ……噛んでしまった。


 やはりいつも通りとはいかなかったようだ。緊張があったのだろう。

 みんなの見ている前で、盛大に噛んでしまった。なんだか妙に流暢りゅうちょうに噛んで、楽園っぽい矢を放ってしまった……。


 というわけで、残念ながらスキルアーツの発動には失敗した。

 しかし、楽園っぽい矢自体は、しっかり大ネズミに命中したようだ。大ネズミの首筋には矢が刺さっている。


 いくら相手がモンスターとはいえ、少し痛々しい。

 たぶん相手がネズミのモンスターじゃなかったら、僕はもっと躊躇ちゅうちょしていただろう。


 ある意味ネズミで助かった。ネズミは敵だ。前世では屋根裏を走り回られたり、電気ケーブルをかじられた経験があるからな。ネズミは駆逐くちくすべき敵だ。そんな考えがあったので、それほど躊躇ためらわずに済んだ。


 いやまぁ前世のネズミの中には、人々に夢を見せる黒いネズミや、電気を帯びた黄色いネズミみたいに、人気のあるげっ歯類もいたけどね……。


「とりあえず当たったけど……どうなんだろう? やったのかな? ――あ」


 パラダイスアローに続いて、二度目の失敗だ。

 ついつい攻撃後に、『やったか!?』みたいなことを口走ってしまった。


 それはすなわち――――やってないってことだ!


「くそっ――」


「うん、倒したみたいだね」


「――え?」


 慌てて二撃目を準備し始めたところで、父から予想外の報告。


 そうなのか、やったのか……。『やったか!?』と言って、本当にやっていることなんてあるのか……。


「おめでとうアレク」


「あ、うん。ありがとう父」


「おめでとうございます」


「おめでとう」


「ありがとうございます」


 みんなに『おめでとう、おめでとう』と祝福されて、ふと前世で見たアニメの最終回を思い出したり、結局劇場版を最後まで見られなかったことを思い出したりもしたけど――とにかく僕は初戦闘を無事に乗り切ったらしい。


「お疲れ様アレク。じゃあ、僕は大ネズミを解体してくるね?」


「え、あぁ、そっか……」


 確か初狩りで狩った獲物は、その日のうちに食べるんだっけ? ……そうか、ネズミを食べるのか。


 ……いや、モンスターとはいえ、僕の矢で命を奪ったんだ。命に感謝して、しっかりいただこう。

 そもそもあの大ネズミも、元はただの動物、ただのネズミだったんだ。やはりここは感謝して――なんだかネズミだったと思うと、少し感謝する気がそがれるなぁ……。


 まぁいいや、一応感謝しよう。それと――


「ねぇ父」


「なんだい?」


「僕も見ていていいかな?」


「え、解体をかい?」


「うん」


 僕が命を奪ったんだ。それなら最後まで、しっかり見届けるべきなんじゃないかな。


「あ、できたらその解体、僕も手伝えないかな?」


「うーん。やめといた方がいいと思うけど……」


「駄目かな?」


「別に構わないし、そのうち解体も覚えなきゃいけないと思うけど……たぶん見ちゃったら、夕食で食べられなくなるよ?」


「……じゃあ、やめとくね」


「うん……」


 それならまぁ……やめておこう。


 なにせ僕は、このあとの誕生日会で解体したお肉を食べなければいけない。それも大事な初狩りの儀式の一部なんだ。

 だというのに、主役の僕が食べられないのはまずい。下手したら、見ただけで吐いてしまうかもしれない。そんなリスクは回避すべきだという、至って冷静な判断だ。


 ……あと、父の言葉にちょっとビビってしまっただけだ。


「それじゃあ、僕は解体してくるね?」


「あ、私もお手伝いしましょう」


 そういって父とレリーナパパは、大ネズミの解体へ向かった。

 二人を見送りながら、とりあえず僕は大ネズミに対して心の中で合掌がっしょうした。


 ――ありがとう大ネズミ、お前もまさしく強敵ともだった。


「うむ。お疲れじゃったなアレク」


「ありがとうございますユグドラシルさん」


「解体が終わったら、さっさと帰るとしよう。お主も疲れたじゃろう?」


「そうですね……そうかもしれません。そこまで長く歩いたわけでもないですし、矢を一本射っただけなんですけどね」


「まぁ、そういうものじゃ。ともかく、無事に終わって良かったのう」


「ええ、はい」


 そうだな、無事に終わって良かった。

 帰ろう。父とレリーナパパが大ネズミを解体し終わったら帰ろう。家に帰ったら誕生日会だ。


 ……お誕生日会でネズミを食べよう。





 next chapter:初狩り後日談

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