第82話 わからないです


 朝食が終わり、部屋に戻ってきた僕は初狩りの準備を始めた。


「まずは弓と矢。何はなくとも弓と矢だ。矢は多めに持っていこう」


「うむ」


「そして貰ったばかりの回復薬セット。これを忘れるわけにはいかない」


「そうじゃな」


 すぐに出発ということなので、僕は大慌てで自分のマジックバッグに必要な荷物を詰め込んでいく。


「水と食料もいるな……。母からパンか何か貰ってこよう」


「水はいると思うが……食料?」


「剣はどうしよう、愛剣バルムンクは……。そうだな、一応持っていこう」


「それはただの木剣じゃろ?」


「替えの服も何着か持っていこう」


「それはいらんじゃろ……」


 ユグドラシルさんが、僕の荷造りにイチャモンをつけてくる。


 だって何が起こるかわからないんだもの。下手したら森の中で何日も動けなくなる可能性だってある。入念な準備が必要だと思う。

 むしろ何故その準備をおこたっていたのか、自分で自分を罰したいところだ。


「ユグドラシルさん、他に何かいりますかね? あ、母人形を持って行くのはどうでしょう? お守り代わりに」


「いらんじゃろ……。置け、その乳のでかいミリアムを」


「そうですか……。セルジャン落としもいらないですかね? なんか魔除まよけとかになりそうじゃないですか?」


「いらん。それを出してくるな、笑っていて怖いのじゃ。……というか、お主はこれから魔を倒しにいくのじゃろうが、魔をよけてどうする」


「それはそうなんですけど……」


「少し落ち着けアレク」


 ユグドラシルさんは若干呆れながらも僕の肩に手を置き、落ち着きを取り戻すようにうながす。


 確かに今の僕は、だいぶ浮き足立っている。お世辞にも落ち着いている状態とはいえないだろう。

 ……よく考えたら、怖いから母親の人形を持っていくってのは、かなり恥ずかしい行為な気がしてきた。


「すみません、少々冷静さをいていました」


「ふーむ……のう、アレク」


「はい?」


「わしも行こうか?」


「……ユグドラシル神像を連れて行け、ということですか?」


「いや、そうではなく……まぁわしの神像は持っていってもよいと思うが」


「じゃあ一応……」


 僕はユグドラシル神像をマジックバッグに詰めた。


「ではなくて、わしじゃ。神像ではなく、わし自身がお主の初狩りについていこうかと話しておるのじゃ」


「え……いいんですか!?」


「うむ。なるべく手は出さぬようにするが、しっかりお主を見守ろう。さすればお主も安心じゃろ?」


 それは嬉しい、願ってもないことだ。

 なんだかどんどんユグドラシルさんに依存してしまっているような気もするが、もうこの際気にしない。


「ありがとうございます。――あぁ、ではこれをユグドラシルさんにも渡しておきます」


 僕はマジックバッグに詰めた回復薬セットの中から、若返りの薬以外をテーブルに出していく。さすがに若返りの薬は初狩りには使わないだろう。


「回復薬、治療薬、エリクサー……あと蘇生そせい薬です」


「ふむ。回復薬に治療薬に……エリクサーってなんじゃ?」


「たぶん怪我がえて、体力も魔力も回復する薬かと」


「なるほど。蘇生薬とはなんじゃ?」


「たぶん生き返るのかと」


「なんじゃと!?」


 大層驚くユグドラシルさん。一瞬体を硬直させたあと、恐る恐る蘇生そせい薬に手を伸ばした。その手は若干震えているようにも見える。


「た、確かに蘇生薬と書いておる……。こ、これで死んだ者が生き返るのか?」


「わからないです」


「え?」


「もしかしたら、寝ている人を起こすだけかもしれないです……」


「それだとだいぶ違うんじゃが……」


 たぶん生き返ると思うんだけど、いかんせん女神様はろくに説明をしてくれないから。


「この世界には、死んだ人を生き返らせる薬とか魔法ってないんですか?」


「わしは聞いたことがない……」


 そうなのか、だとすると凄いな。もしも本当に生き返るとしたら、この蘇生薬は紛れもなくチートアイテムだ。

 初めてチートルーレットが仕事したんじゃないか?


「とりあえず、僕が死んだらお願いします」


「ど、どう使えばよいのじゃ?」


「えーと……わからないです」


「飲ませるのか? というか、死んでおるのに飲めるのか?」


「わからないです」


「もしかして、体にかける物なのじゃろうか?」


「わからないです」


「やはりすぐに使わねば、間に合わなくなるのじゃろうか? 猶予ゆうよはどれだけ――」


「わからないです」


「使う量は――」


「わからないです」


「なんなのじゃ、貴様!」


 ユグドラシルさんがキレた! し、仕方ないじゃないか、わからないものはわからないんだ!



 ◇



「たぶん死んだら飲めないと思うので、口にふくませていただければ」


「うむ……」


「蘇生薬は十本しかないので、できたら節約したいです。少量づつ投与していただいて、生き返ったら止めていただけると」


「う、うむ。わかった」


「では、よろしくお願いします」


 僕はユグドラシルさんに頭を下げる。


「うむ。ところで、これを入れる用にマジックバッグ貸してくれぬか?」


「あぁ、じゃあ母に聞いてきますね」


 僕はユグドラシルさんに回復薬セットの半分を預けることにした。

 若返りの薬は除いたので、現在テーブルには四十本のビンが並んでる。色とりどりのビンが並んでいて、妙に綺麗。


「しかし蘇生薬か、本当に生き返ったらすごいのう。というか、こんな物わしは作れんぞ?」


「あー……。ユグドラシルさんに貰ったことにするのは難しいですかね?」


「うむ」


「そうですか。まぁその話は初狩りが終わって、帰ってからしましょうか。……あ」


「どうした?」


 戦いが終わったあとの予定を話してしまった……。僕もまた、死亡フラグを立ててしまった……。


「いえ、じゃあ僕は母にマジックバッグと――パンを貰ってきます」


「……うむ、まぁ好きにせよ」


「あと家中から、役に立ちそうな物をかき集めてきます」


「えぇ……」


 父と息子、親子揃って死亡フラグを立ててしまったので、それを打ち消す何かを探してきます……。





 next chapter:最強パーティ

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