第81話 死亡フラグ


「ヒッ」


「む、起きたか」


「……あぁ、おはようございますユグドラシルさん」


「うむ、おはよう」


 目を覚ますと、緑色の瞳が僕を上から覗き込んでいた。

 驚いて思わず悲鳴を上げてしまったけど……ユグドラシルさんか。


 そういえば、以前は僕の方が寝ているユグドラシルさんの寝顔を、こんなふうに凝視してしまったんだっけ? そりゃあ驚くし、前蹴りもくらうわな。


「あの、いったいどうしたんですか? じっと僕を見つめて」


「うむ。消えるところを見たかったのじゃが……」


「あぁ、それで」


「実はな、いつの間にかわしは寝てしまったようなのじゃ……」


 ……僕より先に寝ていましたね。


「ついさっき起きてのう。慌ててお主を見ておったのじゃが……どうやら間に合わなかったようじゃな」


 ユグドラシルさんがしょんぼりしている。というか、何故そこまで僕が消えるところを見たいのか。


「とりあえず、無事にチートルーレットは終了しました」


「お、そうか。して、何を貰えたのじゃ?」


「結構――いえ、かなり良いものだとは思うんですけど……」


 とはいえ、そもそも使う機会が訪れてほしくないってのが本当のところだよね。


 とりあえず僕はベッドから起き上がり、部屋に置いてあるマイマジックバッグを取りに向かう。


 百本も持てないだろうとのことで、回復薬セットはマジックバッグに転送してくれるとディースさんが約束してくれたのだ。


「ここに入れておいてくれると聞いたのですが」


「ふむ?」


 ユグドラシルさんの近くまでマジックバッグを持ってきて、中身をあさる僕。

 ちょっとドキドキする。ちゃんと入ってるかな? あのルーレットが夢だった、なんてことないよね?


「あぁ、ありますね。これが今回チートルーレットで手に入れた――『回復薬セット』です」


「回復薬セット?」


 よかったよかった。ちゃんとディースさんはマジックバッグに回復薬セットを転送してくれたみたいだ。

 天界で別れたときは大層グズっていたディースさんだけど、しっかり約束は守ってくれたんだな。


 ……いやしかし、あんなに駄々をこねる大人を見たのは初めてだ。床に寝転がって、泣きながら手足をバタバタさせていたぞ……。


「これが回復薬で、これがEDの治療薬で、これは若返りの薬ですね――」


「アレクー? 起きているかい?」


「あわわわわわわ」


「な、なんじゃなんじゃ」


 部屋の外から聞こえた父の声に、激しく動揺する僕。

 急いでテーブルに出したばかりの回復薬セットを、再びマジックバッグに詰め直す。


 その姿はさながら、えっちな本を見ていたら親が部屋に入ってきたときの少年のようであっただろう……。


 ……といっても、最近はもうえっちな本とかないのかな? スマホかパソコンで見れる時代だからなぁ。

 あ、いや、最近じゃないか。僕が転生する前の話だから、もう十年も前の話だ。……今はどうなっているんだろう?


「アレクー?」


「呼んどるぞ?」


「あ、すみません」


 焦って回復薬を隠していたはずが、いつの間にか青少年の性事情について考えていた……。


「どうしたの父?」


「朝ごはんだよ?」


「え? もう? ああ、そうなんだ。すぐ行くよ」


「うん」


 そうか、昨日は寝るのがずいぶん遅かったから、起きるのも遅くなってしまったのか。


「何をそんなに慌てておったのじゃ?」


「いえ、父にも回復薬セットを見られたらまずいので」


「わしがまた与えたことにすればよいじゃろ?」


「ユグドラシルさん……」


 なんだろう、このユグドラシルさんから感じる『都合のいい女』感は……。

 そりゃあ僕としてはありがたい。ありがたいのだけれど……それでいいのかユグドラシルさん。


「とりあえず、朝食へ行くか」


「そうですね」


「今日は初狩りじゃからのう。しっかり食べるんじゃぞ?」


「はい」


 さらにユグドラシルさんは、母性をかもしだしてくる……。


 このままユグドラシルさんに甘やかされ続けたら、僕はどんどんダメな男になってしまいそうな気がする……。



 ◇



「今日も美味いのう、ミリアムの食事は」


「ありがとうユグちゃん」


「ユグドラシル様、こちらもどうぞ」


「うむ」


 四人での食事も、ずいぶん回数を重ねた。最初はユグドラシルさんに緊張していた父だったけど、今ではだいぶ慣れたようだ。

 母なんて、もうユグドラシルさんを愛称で呼んでいる。


「アレクもユグちゃんも、たくさん食べて大きくなりなさい」


「うん」


「う、うむ」


 たぶんユグドラシルさんは、たくさん食べても大きくはならないと思う。


「あぁそれでアレク、わかっていると思うけど今日は初狩りだからね。朝食が終わったらすぐに出発するよ?」


「そうなんだ……。ずいぶん早くから出るんだね」


 まぁそれもそうか、日があるうちに帰ってくる予定だろう。

 僕なんて森に入ることすら初めてなのに、夜の森なんて危険すぎる。視界もきかないだろうし……きかないのかな? エルフの目なら見えるような気もするけど。


「準備があるからね、早めに出発するんだ」


「準備?」


「夕食の準備があるから」


「うん?」


「初狩りで狩った獲物を夕食で食べるから、その準備だよ」


「ああ、なるほど……」


 すごいな父……。始まる前からもう勝った気でいる。

 肝心の僕がこんなに不安だというのに、父はこの余裕だ。なんだか妙な格好良さを感じてしまった。


 ……まぁ、戦いが終わったあとの予定を話すというのは、若干死亡フラグの雰囲気をただよわせるけど――


「この初狩りが終わったら、みんなで誕生日パーティーをしようね」


 そこまでいくと完全に死亡フラグだ。





 next chapter:わからないです

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