第78話 総集編3


「いやー、悪いわね。ちょっとおかしくなっていたわ」


 僕の頭のすぐ上から、ディースさんがそんなことを言う。


 会議室の椅子に座る『自称ちょっとおかしくなっていた母親』のディースさん。その膝の上に、僕は今座っている。というか座らされている。

 依然として母親を自称し、膝の上に僕を無理やり座らせている時点で、『ちょっとおかしくなっている』状態は継続中なんじゃないかと、少し思う。


 とはいえ、かなりの錯乱状態で、今際いまわきわに息子との再開を果たした母親みたいなテンションよりは、ずいぶんマシになった気もする。

 感動の再会シーンが無事に終わったことにより、なんとか以前の明るさを取り戻してくれたようだ。


「やっぱりちょっと重くなっているわねアレクちゃん。成長したのね?」


「そうですねぇ」


 四年前の僕の重さを、しっかり覚えているディースさんの愛が重い。


 ……ただまぁ、僕自身も自分の成長を感じていたりする。

 前回は後頭部のあたりに柔らかさを感じていたが、今回は首筋から肩にかけて柔らかさを感じている……。


「とりあえず、レベル10おめでとうアレク君」


「あ、はい、ありがとうございますミコトさん」


 近くの椅子に腰掛けたミコトさんが、僕に向かって微笑みかける。

 正直な話、ディースさんよりもミコトさんの膝の上に座りたい。そこならディースさんの発作が再発したとしても、ミコトさんが僕を守ってくれそうだ。


 ――いや違う、別に膝の上に座らなくてもいい。ディースさんよりミコトさんの近くに座ればいいだけだ。

 なんだ『膝の上に座りたい』って、どんなフェチだ……。


「こうして無事に再会できて何よりだ」


「そうですね、無事ここへ――――ここどこなんですか?」


「うん?」


「いえ、かなり今更なんですけど……ここはどこなんでしょうか?」


 来て早々に湧いた小さな疑問だ。サクっと片付けておきたい。


「ここは天界だね」


「天界……」


「天界の会議室だね」


「会議室……」


 やっぱり天界で合っていたんだ。そして、会議室か。


「神様も会議するんですね」


「いや、しないけど」


「え、ではここは?」


「ずいぶん前に、そういうこともあるかと思って作ったんだ。……だけど、やっぱり神同士の会議なんてなかったよ」


「そうですか……」


「せっかく作ったけど誰も使わないんだ。それこそ誰かがここに入ったのは、前回のルーレット以来四年ぶりだね。実はチートルーレットもここに置きっぱなしなんだ」


 チートルーレットは僕の生命線なので、もう少し大事に扱ってほしい。


「その前に使ったのも、前回のルーレットからさらに六年前。君と初めて会った時までさかのぼる。ここはもう、アレク君がダーツを投げるためだけの部屋だね」


「なんだかもったいないですね、四年も六年も使わないのは」


「仕方ないさ、なにせ肝心の会議が開かれないんだ……」


 開いたらいいのになぁ……。なんか話し合えばいいのに……。


「それにしても、前回は六年かかったところ、今回は四年か。ずいぶん短縮できたね?」


「え? あぁそうですね、二年も短縮できたんですか。……なんだか、そんなに短縮できた印象はないですね。むしろ今回の方が長く感じたくらいです」


「ふうん? なんだろう、それだけ内容の濃い時間をすごしたってことかな?」


「あ、確かにそうかもしれません。前回のルーレット以降、いろいろ動き出した感じで――」


「そうね、いろいろあったわね! まずセルジャン君に木工をしたいとお願いして、断られて、それから何故か三日間引きこもって、その後教会へ行って、ローデットちゃんと出会って――」


 僕の頭の上から、ディースさんが早口でまくし立ててきた。


 まさかディースさんは、レベル5以降の流れを全部振り返るつもりだろうか……。

 というか、懐かしいなぁ三日間の引きこもり。『何故か』じゃないよ、ディースさんが余計な話をしたせいで、両親の顔を見れなくなったんだよ。


「――あ、だけど母親として、ローデットちゃんとの付き合い方には疑問をていするわ」


「はい? 付き合い方ですか?」


「アレクちゃんは教会をキャバクラ扱いして、ローデットちゃんをキャバ嬢だと思っているでしょ?」


「…………」


「何を言っているんだディース……。すまないアレク君、気を悪くしないでほしい。ディースはときどきこれを言い出すんだ」


 ディースさんの発言について、ミコトさんが僕に謝罪してくれた。


 むしろ僕としては、そんなミコトさんに対して申し訳ない気持ちになる。ディースさんの言うことがだいたい事実だなんて、ミコトさんは欠片も思っていないようだ……。


 いやはや、すごいなディースさん……。母親を自称するだけのことはある……。少しだけ、そんなことを思ってしまった。


「あ、えぇと、教会で思い出しました。その教会で信仰されているユグドラシルさんは、ディースさんが命じて神様になったと」


 僕は露骨に話題を変えた。


「え? ええ、そうね、私がお願いしたの。現地にもちゃんと神様がいてほしいと思って探したのだけど、ちょうどいい人材だったわ」


「んん?」


 てっきりディースさんが『世界樹』という存在を生み出したのかと思っていたのだけど……そうじゃないのか?


「どうかした?」


「あー、いえ、なんでもありません」


 あんまり詳しく聞くのはやめておこう。それはユグドラシルさんのプライバシーな気がするから。


「それで、ディースさんの方は人族の神だそうですね? 確か創造神ディースとか」


「あ、そう、そうなのよ。――ちょっとごめんねアレクちゃん」


「え? はい」


 ディースさんが自分の膝から僕をどかし、立ち上がった。


 少し離れた場所に移動したディースさんは、両手を水平に広げ、瞳を閉じて宣言する――


「私が創造神ディースよ」


「…………え? あの?」


「私が創造神ディースよ」


「そうですか」


 ちょっと何がしたいのかわからない。


 なんだろう? もしかしたら、ディースさんの考える『創造神っぽいポーズ』なのかな?

 ひよっとすると人族の間では、このポーズをとったディース神像が流通していたりなんかして――?


「いつかアレクちゃんが人族の町に行ったら、こんな私の神像を見ることになるわね」


 合ってたわ。


 とりあえず『創造神ディース』を披露して満足したのか、ディースさんは戻ってきて椅子に座った。その途中で僕も捕獲され、再び膝の上へ連行された。


「あ、そうだわ。別にアレクちゃんも私の神像を作っていいわよ?」


「いえ、僕達エルフの神はユグドラシルさんなので……」


「けど――私の方が胸が大きいわよ?」


「……はい?」


「幼女姿のユグドラシルちゃんはもちろん、魔改造を施したミリアムちゃんの人形よりも、『ディースさんの方が大きい』わよ?」


「…………」


 やっぱり聞かれていたじゃないか……。


 前に新型母人形を見ながら僕がつい漏らしてしまった発言『こう見ると、ディースさんの方が大きいんじゃないかな?』――あれのことを言っているんだろう。


 なんてことだ……。あれだけは聞いてほしくなかったのに……。


「ああぁぁ……」


 思わず顔を手で覆い、ディースさんの膝の上で小さくなる僕。


 そんな僕に大きいアピールしているつもりなのか、ディースさんが後ろからその大きな胸をあててくる。『あててんのよ』だ。


 ……もはやどうでもいいけど、やっぱり新型母人形でもディースさんには勝てなかったんだな。

 当然実際の母ならば惨敗だ。勝負にもならない。


 たぶん母ではこの柔らかさは感じられないだろう。感じられるとしたら、肋骨の硬さくらいだ……。





 next chapter:チートルーレット Lv10

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