第77話 神の鉄槌
気が付くと、僕は例の会議室にいた。二度のチートルーレットを行った、あの会議室だ。
辺りを見回すと、ホワイトボードの前にはチートルーレットが鎮座しており――その前には二人の女神様がいた。
僕に突進しようとしているキトン姿のディースさんと、それを羽交い締めにして抑え込んでいる巫女装束姿のミコトさんだ。
そうか。僕はちゃんと眠れたのか。
このまま朝まで眠れないんじゃないかと心配になってしまい、より眠れない悪循環に陥っていたんだ。
もしもそうなっていたら、本当に最悪だった。あんなに頑張っていたのに初狩り前にルーレットを回せず、初狩りも酷いコンディションで挑む羽目になっていた。
もうこうなったら、ユグドラシルさんに締め落としてもらおうかとまで僕は考えていたんだけど……。
ちなみにユグドラシルさんは、僕より先に寝ていた。
なんだか穏やかな寝息が横から聞こえてきて、『消えるところを見るんじゃなかったのか……』と、ぼんやり思ったことを覚えている。
ともかく、僕は無事に天界へ転送されたらしい。
……というか、ここは天界で合っているんだよね? なんとなく便宜上『天界天界』と呼んでいたが、正確にはここがどこなのか聞いていなかった気がする。ちょっと女神様に聞きたいな。
それ以外にも話したいことはたくさんあるんだ。なんせ二人に会うのは四年ぶり、積もる話もある。
――というわけで女神様と話をしたいんだけど、今も二人は激しくもみ合っている。
どうしたものかな……。
「離して! 離してミコト!」
「落ち着け!」
「四年よ!? 四年も待ったのよ!?」
「わかった! わかったから落ち着け!」
ディースさんの症状が四年前より悪化している気がする……。
なんかもうレリーナちゃんみたいになっているじゃないか……。
「ディース、おい! ……く、この!」
「え、きゃっ!」
ずっと後ろからディースさんを両腕で羽交い締めにしていたミコトさんだったが、突如その両腕を離し、拘束を解いた。
突然自由の身となったディースさんはバランスを崩し、たたらを踏む――
「すまないディース」
「ガッ」
前方によろけたディースさんの後頭部目掛けて、ミコトさんは握り締めた右拳の底面を上から叩きつけた。
いわゆる『鉄槌打ち』と呼ばれるものだ。
……そうか、これが神の鉄槌か。神の鉄槌ってこういうものだったのか。
神の鉄槌により、床に激しく叩きつけられたディースさん。それでも勢いは止まらず、大きくバウンドして吹っ飛んで行った。
椅子や机をなぎ倒しつつ会議室の端まで飛び続け、そのまま壁に激突した。
そして壁から床に落下し、ディースさんは大の字で動かなくなった。
もうめちゃくちゃだよ……。
◇
着いていきなり神対神のバトルシーンを見せられるとは思わなかった。
といっても、一連の戦闘はエルフである僕の目でも見ることができなかった。僕が認識できたのは、ディースさんがバウンドして、飛び始めたところからだ。
ミコトさんによる神の鉄槌も、『そうか、これが神の鉄槌か』などと響きだけは妙に格好良い台詞を心の中で呟いたものの、実際には打ち終わったあとの姿勢や状況から予想したにすぎない。
「ディースさんは大丈夫でしょうか?」
会議室の端で倒れたままのディースさんを見ながら、僕はミコトさんに尋ねる。ディースさんは未だにピクリとも動かない。
……どうでもいいけど、キトンの隙間から肌が見えていたり、ふとももがあらわになっていて、なんだか無駄にセクシー。
「仮にも神だし、あのくらいでどうにかなる存在じゃないさ」
「ずいぶんとその……
「普段上から君を見ているときも、あれほどじゃなかったんだけど……どうも久しぶりに直接会ったせいか、我を忘れてしまったみたいだね」
「はぁ……。というかディースさんはまだ僕のことを自分の息子だと?」
「……すまない」
「そうですか……」
ミコトさんが謝ることでもないけれど、できたら僕が来る前にどうにかしておいてほしかった。
僕がここに来てから物理的にどうにかするんじゃなくて、その前にどうにか……。
「次回のチートルーレットまでには、なんとかしたいと思う」
「お願いします。それにしても、別にあそこまで過激な対応をとらなくても……とは思うのですが」
僕としては、前回みたいにちょっと抱きしめられるくらいなら、別にまぁ……。
絶対に嫌かと聞かれると……それはまぁ……。
「少し――というかかなり我を忘れていたようだったから……。あの勢いで君に抱きついて締め上げたら、たぶんアレク君は千切られていたんじゃないかな……」
怖ぇな!
恐ろしい……。いつの間にか僕は死の危機に瀕していたのか……。それはミコトさんも必死に止めるし、神の鉄槌も下すわ。
「そ、そうなんですか……。それは危ないところを助けていただいたようで……」
「いや、いいんだ」
「やっぱり次回のチートルーレットまでには、是非ディースさんのこと、よろしくお願いします」
「うん。なんとか頑張ってみるよ」
いやしかし、来て早々に大騒ぎだな。よく考えたらろくに再会の挨拶すらしていない。ディースさんに至っては、挨拶どころかまともに会話できるかどうかも怪しいものだ。
「ディースさんが起きたら、また僕を殺そうとするんでしょうか……?」
「別にディースも君を殺そうとしたわけでは……」
「――もう大丈夫よ」
「ヒッ」
いつの間にかディースさんは起き上がっており、こちらへゆっくり向かってきた。さすが神。復活早いな……。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ええ、もう落ち着いたわ。ありがとうミコト」
「ああ、いいんだ」
『ありがとう』なんだ、あれは『ありがとう』と感謝すべき行為なんだ。ピンポン玉みたいに吹っ飛んでいたけど……
「久しぶりねアレクちゃん……」
「え、ええ、お久しぶりです」
「顔を……お母さんに顔をよく見せてちょうだい……」
両手を伸ばしながら、フラフラと僕に近寄ってくる自称お母さん。正直ホラーでしかない。
「お、おいディース」
「だ、大丈夫ですミコトさん」
またドンパチやられても困る。それに、ここで拒否するのもさすがに可哀想な気がして……。
「ありがとうアレクちゃん」
「いえ……」
目の前までやってきたディースさんは、僕の頬にゆっくりと両手を添わせた。
「あぁ、アレクちゃん……。立派に、立派になって……」
声を震わせながらそう呟き、僕の顔をじっと見つめるディースさん。
彼女の瞳から、涙がポロリとこぼれ落ちた。
――こうして僕はミコトさんと再会し、ディースさんとも感動の再会を果たした。
たぶん感動の再会だろう。母と子の感動的な再会シーンだ。
母親が赤の他人であることと、子供が顔面を握りつぶされないか怯えていることを除けば、きっと感動のシーンだ。
next chapter:総集編3
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