第76話 おやすみなさい


 ローデットさんが解説キャラとしての実力を遺憾いかんなく発揮はっきしたところで、僕は教会を後にした。


 スキルレベルの話は、なかなかに有益な情報だった。牧畜の話も、大変興味深いものだった。

 ローデットさん曰く、この『牧畜』スキルレベル5の逸話には諸説あり、ヤギ百頭ではなく、牛百頭だったという説もあるらしい。……まぁ僕はどっちでもいい。


 しかしながら、思えばずいぶんと悠長に話し込んでしまった。

 むしろ僕的に本番はここからで、この後のチートルーレットが本当の勝負だというのに。


 とはいえ、結局は夜まで待たなければいけない。

 チートルーレットが前回と同じ流れだとすれば、僕が夜眠った後で、例の会議室に転送されるはずだ。

 それならまだ時間的に余裕はある。というか、急いだところでどうしようもないか。


 今日は早めに寝ようかな――そんなことを考えながら、僕は自宅へ歩を進めた。



 ◇



「痛っ」


「あ、すまぬ」


 自宅へ帰ってきた僕が自室のドアを開け、一歩室内に足を踏み入れたその瞬間――僕は腕に軽い衝撃を覚えた。


「え、何? ……あぁ。えぇと、ただいま戻りました」


「うむ」


 部屋にいたのは、何を隠そう僕らエルフの神様、世界樹ユグドラシルさんだ。

 世界樹ユグドラシルが――フラフープをしていた。


 よく見ると、じんわり汗をかき、肌も上気している。……ずっとやっていたのか。


 そんなユグドラシルさんに気がつかず、またしても僕はフラフープを受けてしまったわけだ。

 ……これのおかげで、僕はレベルが上がった可能性が高いんだよね。


「それで、どうじゃった?」


「あ、レベル10になっていました」


「なんと! そうか……それは凄いのう。このギリギリで達成したか」


「はい、ありがとうございます。状況的に今日レベルが上がったと考えられるのですが、おそらくユグドラシルさんの――」


「なるほど。わしの神像を作っておった成果じゃな?」


「え?」


「今日、お主はずっとわしの神像を作っておったのじゃろ?」


「えぇと…………そう、そうですね。その成果だと思います。さすがユグドラシルさん、さすが世界樹様の神像」


「うむうむ」


 ……まぁ、そういうことにしておこう。

 『世界樹様の神像を彫るよりも、世界樹様にフラフープでぶん殴られた方が御利益ごりやくがある』なんて言われたら、ユグドラシルさんだってちょっと複雑だろう。


「それで、これからどうするのじゃ? 天界とやらへ行くのじゃろう?」


「はい。天界でチートルーレットを回してきます」


「チートルーレット?」


「あ、えーと……ルーレットって、この世界にあるんですか?」


「聞いたことがないのう」


 フラフープを回しながら、首を傾げるユグドラシルさん。


「抽選はあるんですよね?」


「うむ」


 フラフープを回しながら、うなづくユグドラシルさん。


 うーむ。まだまだこの世界の情報だったり常識に疎いな僕は。

 そのうちユグドラシルさんに手伝ってもらって、その辺りのすり合わせをしたいところだ。


「ルーレットというのは、抽選するための道具の一種です。今度作ってみましょうかね?」


「ふむ。では、チートとはなんじゃ?」


「チートというのは――」


 ……たぶん、ユグドラシルさんってチートだよね。この世界のチートキャラだと思う。


「アレク?」


「あぁ、はい。『チート』は、『ズルい』って意味です。ズルいくらいに強力なアイテムやスキルを、チートアイテムとかチートスキルと呼ぶんですよ」


「ズルいくらいに……」


「そういったチートを抽選で獲得できるのが――チートルーレットです!」


「アレクブラシはズルいくらいに強力なのか?」


「…………」


「あ、すまぬ」


 もうすぐそのチートルーレットを回せるということもあって、なんだか熱く語っていたところ、ユグドラシルさんに冷や水をぶっかけられた。


「えぇと、今度はちゃんとしたチートが貰えるといいのう?」


「そうですねぇ……」


「それで、どうやって天界へ向かうのじゃ?」


「前回の話ですが――レベル5になった日の夜にベッドで眠っていると、いつの間にか僕は天界に呼ばれていたんです」


「ふむ」


「たぶん今回も同じ流れだと思うので、夜になるまで待って――――あれ?」


「うん?」


「今寝たらダメなんですかね?」


「今?」


「別に夜まで待たなくてもよくないですか? 今ちょっとお昼寝したら、天界まで呼んでくれないですかね? ダメなんでしょうか?」


「いや、わしは知らぬが……」


 行けるんじゃないか? たぶん女神様は天界から見ているだろうし、呼んでくれるんじゃないだろうか。……ちょっと寝てみようかな?


「じゃが、今寝たら夜眠れなくなるじゃろ? 明日が初狩りの本番じゃというのに」


「それは……まずいですね」


「それにもうすぐ夕飯じゃ」


「そうですか……」


 ……なんだがユグドラシルさんが母親みたいなことを言う。

 優しくさとされて、危うく母性すら感じてしまうところだった。見た目は髪を振り乱しながらフラフープにふける幼女だというのに……。


 ……母性といえば、自らを母親だと言い張った、母性を全く感じないあの女神様はどうなったのだろう。もうすぐ会うわけだが……。


「では、夕食へ向かうかの」


「あ、そういえばユグドラシルさんが来ていることを、両親に伝えていませんでしたが」


「うん? あぁ、それなら問題ない。少し前にセルジャンがこの部屋に来た。お主がいない間じゃ」


「そうなんですか? じゃあユグドラシルさんの夕食も大丈夫ですかね」


「じゃな。――それにしても」


「はい?」


「セルジャンがな、何やらわしを不思議そうに見ておってのう。まぁ息子の部屋に来たはずが、息子はおらず神がおったのじゃ、不思議そうにもするか」


 けらけらと笑うユグドラシルさん。


 たぶん父は、一心不乱にフラフープを回し続けるユグドラシルさんの様子が気になったんじゃないかな……。



 ◇



「では寝るぞー」


「はい」


 僕らは夕食を終え、シャワーを浴びてから部屋に戻ってきた。


 ……いや、シャワーは別々ですよ?

 そりゃあ見た目だけならお互い九歳だし、一緒に入っても、まだほのぼのとした感じで済むのかもしれないけど、そこは別々です。

 まぁ我が家の浴室はあまり広さもないし、二人でゆったり入れるような浴槽もないしね。


 僕としては、そんな温水が出る魔道具が備え付けられただけの狭いシャワールームでも充分なんだけど……やはり異世界転生者ならば、広いお風呂を作らなければいけないのかと、ときどき悩んだりもする。


「明かりを消すぞー」


「お願いします」


 ユグドラシルさんが照明用魔道具の明かりを消してから、ベッドで横になる僕の隣へ滑り込んできた。


 初めてユグドラシルさんが家に泊まったときも成り行きで一緒に寝てしまったが、それ以降もなんとなく、僕らは同じベッドで一緒に寝るようになった。


 初回以降は起き抜けのユグドラシルさんに前蹴りをいただくこともないので、僕としては構わないのだけど……どうなんだろう。

 お互い見た目だけなら九歳だし、ほのぼのとした感じで済むかな……? 済めばいいな……。


「いよいよこれから天界へ向かうわけじゃな?」


「そうですねぇ」


 ユグドラシルさんがすぐ近くから僕に話しかけてきた。


「そうなると、お主の身体はここから消えるのじゃろうか?」


「あー、そうなるんですかね?」


「ふむ……見ていてもいいじゃろうか?」


「はい? 消えるところをですか?」


「うむ」


「別に構いませんが……」


 構わないけど、ずっと寝ているとこを見られ続けるのか。いや、それは構うかもしれない……。


「あぁ、そういえば」


「なんじゃ?」


「これからディースさんに会いますけど、何か伝えることあります?」


「うーむ……特にないのう」


 『コンビニ行くけど何か欲しい物ある?』みたいなノリで聞いてみたけど、ないみたいだ。


「そうですか。それでは行ってきます。というか寝ますね?」


「うむ。おやすみ」


「おやすみなさい」


 ユグドラシルさんに就寝の挨拶をしてから、僕は目を閉じる。


 ――さぁ、いよいよチートルーレットだ。明日の初狩りでは、戦闘用のチートは必須だ。なければ戦闘は相当厳しいものになることが予想される。僕は無事に、戦闘用チートをゲットできるだろうか?


 やはり不安だ。こんな不安を抱いたまま眠らなければいけないなんて――というか、眠れるだろうか?


 ルーレットへの不安もそうだし、ユグドラシルさんに今もじっと見られているということも気になる。

 ただでさえユグドラシルさんと一緒に寝るときは、ドキドキして眠りに入りづらいというのに……。


 いや、ドキドキすると言っても、別にそれは『隣に女の子がいるから』的な意味じゃない。さすがに幼女のユグドラシルさんではドキドキしたりしない。


 僕がドキドキしてしまうのは、幼馴染のレリーナちゃんにこの状況を見られたら、果たして僕はどうなってしまうのか、という不安からである。

 あまりにも決定的過ぎる瞬間だ。以前にあった『早朝並んで家を出る』の比じゃない。というか、あのときでさえレリーナちゃんの怒りは凄まじいものだった。


 もしも、いつものように、いつの間にか僕の部屋に侵入した彼女が、この状況を見たら――


 たぶん僕の物語は、その日で最終回を迎えることとなるだろう……。





 next chapter:神の鉄槌

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