第75話 木こりには、なりませんけど……


「恥ずかしいところをお見せしました……」


 僕はローデットさんの温かい言葉で、思わず泣き出してしまったことを謝罪した。

 ……いや違う、泣いていない。断じて泣いてはいない。ちょっと涙声になっただけだ。


「いいえー、いいんですよー? けどアレクさんのそういうところを、初めて見た気がしますー。アレクさんは普段落ち着いていて、なんだかちょっと大人びていますからねー」


「そうですか……」


 ローデットさんはクスクス笑っている。

 恥ずかしい、ほんとに恥ずかしい……。たぶんあれだ、この幼児ボディに引っ張られたんだ。

 赤ちゃん時代に泣きだすのを我慢できなかったように、どうしようもないやつだったんだ。


 ところで、大人びているのは『ちょっと』なのか……。いやまぁいいんだけどさ。


「けどー、やっぱりアレクさんは頑張っていましたから。だからみんなも応援してくれてー、それでその努力が実ったんですよー」


「はぁ……」


「『ユグドラシルさんに助けられただけ』って言ってましたけどー、アレクさんはみんなが助けたいと思えるだけの努力を――」


「も、もうやめてください……」


 ローデットさんが、さらに追加で引き続き僕を励まして――というか、さらに追加で僕を泣かせようとしているみたいだ。なんかニヤニヤしているし……。


「とにかく良かったですねー。これで明日の初狩りもバッチリですね?」


「あー、そうですねぇ」


 まぁそれは、このあと行われるチートルーレットの結果次第なんだけどね。

 ある意味、僕はようやくスタートラインに立っただけにすぎない。ここからが本当の勝負だ。


 とはいえだ、とりあえずレベルが上がったことは喜ばしい。無事スタートラインに立てて良かった。


「そういえば、レベル10に気を取られて、他を見ていませんでしたが」


「んー、『筋力値』『魔力値』『器用さ』が上がってますねー」


「なるほど。普段のやっている訓練の影響が、そのまま出ている気がしますね」


 三項目とも剣、弓、木工の影響だと思われる。『魔力値』の方も、『ニス塗布』や『パラライズアロー』で魔力を消費したことで成長したのだろう。


 その結果、水晶に映し出された現在のステータスは――


 筋力値 6

 魔力値 4

 生命力 6

 器用さ 15

 素早さ 2


 こうなったわけだが。


「……相変わらず偏ったステータスですね」


「そうですねー」


 どうしたらいいんだこれ? ここからステータスを均等にならすとか、可能なのか?

 なんと言っても『素早さ』が……『素早さ』が死んでいる……。未だに『2』しかない。『2』って……。


 さすがに鍛えた方がいい気がする。だけど、どうやったら『素早さ』って上がるんだろう?

 真っ先に思い浮かぶのが、反復横跳びなんだけど……。


 え、普段やっている木工と同じくらい反復横跳びするの? 下手したら僕は、一日四時間くらい木工をやっていたりするんだけど……反復横跳びを四時間するの?


「まぁエルフですからねー。そんなに心配しなくてもいいんじゃないですか? エルフはみんな偏ってますよー?」


「そうなんですか?」


「やっぱりエルフは弓と魔法が基本ですから、どうしても戦いは遠距離戦になるんですよー」


「ああ、ですよね」


「結果として、エルフはみんな『生命力』が低くなりがちですー」


「『生命力』が低くなりがち……」


 嫌な言葉だな、『生命力が低い』って……。


 というか、長命のエルフなのに、生命力が低いとはこれいかに……。まぁ紙装甲ってことなのかね。


「それと、気になるのがスキルのレベルなんですが……」


「スキルレベルですか?」


「もうレベルが10まで上がったというのに、スキルは全部レベル1なんですよね」


「そうですねー」


「木工くらいはレベル2に上がってもいいんじゃないかと思ったのですが」


 毎日毎日結構な時間を木工に費やしているというのに、こんなにも上がらないものなの?


「うーん……。アレクさんは、なんだか勘違いしてますねー」


「勘違いですか?」


「勘違いというか、少し認識がズレているというか。スキルレベルなんて、そうそう上がるものじゃないですよ?」


「そうなんですか? いえ、スキルレベルの現状を見ていると、それもわかりますけど」


「そもそもレベル1の時点ですごいことなんですよ?」


「レベル1で?」


「はい、レベル1でもですー。そうですねぇ……ですから……」


 ローデットさんが指をあごに当て、中空を見上げながら「うーん」と考え込んでいる――。


 しばらくして考えがまとまったのか、こちらに向き直り、言葉を紡ぐ――


「例えばアレクさんが――木こりになったとします」


「……え?」


「木こりですから、『伐採』スキルがほしいですよね?」


「…………はい」


 ここはたぶん、うなずくしかない場面だろう。


 僕としては唐突な会話の流れに困惑するばかりだけど、ここで『木こりにはなりませんけど……』などと否定するほど、僕は空気が読めない男ではない。


「そうですよねー。やっぱり欲しいですよねー」


「欲しいですね」


 欲しいのかな……。まぁ木こりなら欲しいか。


「『伐採』スキルを獲得するには、樹木を伐採するしかないわけですー」


「はい」


「毎日何十本も、木を伐採しなければいけないわけですー」


「はい」


「毎日毎日、木を伐採し続けなければー――って、あれ? どっちにしろ、木こりの仕事なんてそれだけですかね?」


「はい…………いや、どうなんでしょうね?」


 ローデットさんが、木こりを軽くディスった気がする……。


 とりあえず話を合わせていた僕だったけど、さすがにその言い方には同意できない。木を切る以外にも、もうちょっとなんかあるだろ、知らないけど。


「とにかく、そうして木を切り続けて……二十年ほどで、もしかしたら『伐採』スキルを取得できるかもしれませんー」


「二十年……?」


「二十年ですー。普通はそのくらいかかりますー」


「母は、新しいスキルを覚えるまで五年から十年ほどだと……」


「ミリアムさんはー……ちょっと普通ではないのでー……」


 ローデットさんが、母を軽くディスった気がする……。


 『普通じゃない』はひどい。その言い方には同意できない。

 あるいは『ちょっと変わっている』だったならば、それは同意せざるを得ないけど……。


「というわけで、レベル1でも凄いことなんですよ?」


「なるほど……。よくわかりました、ありがとうございます」


「いいえー」


 となると、やっぱりチートルーレットは大したものなんだな。僕は二十年分を省略して『木工』スキルを覚えてしまったのか。

 つまり、あのとき飲んだ黄土色の美味しくないジュースには、二十年分の木工作業が詰まっていたわけだ。


 ……なんだろう。わからないけど、そのジュースはあんまり体に良くない気がする。


「あ、それではスキルを取得してから、さらにそのスキルレベルを上げるには、どのくらいかかるのでしょうか?」


「そうですねー。『伐採』スキルを取得してからも、さらに木を切り続けて――」


 やっぱり木こりで例えるのか……。


「レベル2になるまで、少なくとも五年……」


「あ、レベルアップは五年でいけるんですか」


「もしくは上がらないか……」


「えぇ……」


「アレクさんに、木こりの才能があるかどうかが重要になりますねー」


「いや、たぶん僕は木こりにはなりませんけど……」


 あぁ、結局『木こりにはなりませんけど』と、言ってしまったな……。


「というか、上がらないことがあるんですか?」


「いくら時間をかけても経験を積んでも、上がらない人は大勢いますー」


「そうなんですか……」


「五年で上がる人、三十年で上がる人、いつまで経っても上がらない人。人それぞれですねー」


「なるほど。では、レベル2からレベル3に上がるには?」


「レベル3までいくと、歴史に名前が残るレベルですねー。数が少なすぎて、上がるまでの平均なんてわかりませんよー」


 レベル3は、歴史に名が残るレベル……。


 そうだったのか。ずっとレベル1で不思議というか、不安だったんだけど……そもそもこの世界のスキルは、かなりレベルが上げづらく、レベルの上限もずいぶんと低いみたいだ。


「最高でレベルいくつまであるんですかね?」


「うーん……。レベル4で、もうお伽話の世界ですねー。……あぁ、そういえばレベル5まで上がった人の話を、古い書物で読んだことがありますー」


「へー、レベル5ですか」


「はい、『牧畜』スキル、レベル5らしいですー」


「『牧畜』スキル……」


 なんで、よりによって牧畜……。


「その書物によるとー、その人が手をかざしただけで、何もない空間からヤギが百頭出現したらしいですよ?」


 それはもう牧畜ではないと思う。





 next chapter:おやすみなさい

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