第66話 おままごと


 僕とレリーナちゃんは訓練場に到着した。


 相変わらず訓練場は米俵の形をした弓の的以外は何もない場所――ではなかった。


「あ、まだ残ってる」


「やっぱりレリーナちゃんか。いつ作ったのこれ?」


「昨日だよ」


 普段は何もない訓練場だが、今日は畳一畳ほどの土壁が、複数立ち並んでいた。


「どれくらいもつのかな?」


「天気によるけど、だいたい一日で崩れちゃうみたい」


「へー」


 僕は壁の一つに近寄り、手で触ってみた。

 確かに強度はあんまりないように感じる。もはや壁と呼ぶにはあまりにも頼りない土塊だ、ちょっと押しただけで崩れそう。


 昨日の時点ではもう少し頑丈で立派であっただろうこの壁は、レリーナちゃんが土魔法で作り上げたものである。

 『土魔法』レベル1のスキルアーツ『アースウォール』で生成した土壁だ。


「…………」


「どうしたの?」


「うん? それはその……」


 僕もこんなふうに魔法らしい魔法が使ってみたい、そう思った。

 未だに僕が使える魔法といったら、『百円ライターもどき、両親が側にいるとき限定』だけだ……。

 まぁそんな愚痴をレリーナちゃんにぶつけたりはしないけど。


「えぇと、一日経っても残っているのは凄いなぁってね。レリーナちゃんは凄いね」


「そうかな? えへへ、ありがとうお兄ちゃん」


 実際凄いと思う。壁を一日維持していることもだけど……そもそも壁を生やす時点で凄い。


 以前、実際に『アースウォール』を使っているところを見せてもらったが、平坦な地面からニョキニョキと土の壁が生えてくる様は、確かに凄かった。

 というより異常な光景だった。まさに魔法だ。魔法としか言いようがない。いったい土はどこからもってきたのだろうか……?


「お兄ちゃん?」


「あ、うん。なんでもないよ?」


 妙に気になってしまい、僕はいつの間にかレリーナちゃんの土壁を撫で回していた。


「じゃあ、僕は弓の練習をするけど?」


「うん。私はお兄ちゃんを見てる」


「……ん?」


 見てるの?


「えーと、一緒に弓をする? 交互に射つ感じで?」


「ううん。今日も『土魔法』の練習をするから、弓はいいの。お兄ちゃんをある程度見てから『土魔法』をするつもり」


「そうなんだ……」


 レリーナちゃんならイラッとすることもないし弓を誘ったんだけど、今日は『土魔法』の日らしい。

 というか、『ある程度見て』ってなんだろう……。


「じゃあ、僕は射つけど……」


「頑張ってお兄ちゃん」


「ありがとう」


 僕はレリーナちゃんにガン見されながら弓の準備に取り掛かった。……視線が結構気になる。

 まぁいいや、集中だ集中――


 ……集中? あれ? よく考えたら集中ってどうなんだろう?

 もしかして、弓だけに集中するってまずいことなんじゃないか?


 初バトルを前にして、初めて気がついた。僕がするのは的当てではなく、モンスターとの戦闘だ。

 弓道やアーチェリーなら、まとに矢を当てることだけに集中すればいい。だけど、モンスターとの戦闘だったらどうだろうか?

 モンスターが一体とは限らない。一体のモンスターに集中している間に、横から別のモンスターに襲われる――そんな可能性が、大いにあり得る。


 弓道で、『矢を放とうとした瞬間、横からタックルされて邪魔される』なんてことは、まずあり得ないだろう。

 だけどモンスターとの戦闘では、それがあり得るのだ。


 ――まさかレリーナちゃんは、そのことを僕に気付かせようと?


「……? どうしたのお兄ちゃん?」


「うん、なんでもないよ?」


 たぶん気のせいな気がする。


 けどまぁ、周りに気を配りながら射つってことも、実際必要かもしれない。

 ここはひとつ、レリーナちゃんを気にしながら射ってみようか? なんだか初めて経験する射撃練習だ。結構難易度が高そうだけど……。


 そんなわけで僕は、レリーナちゃんを気にしながら弓を構え、レリーナちゃんを気にしながら矢をつがえ、レリーナちゃんを気にしながら弦を引き――


「やー」


「…………」


「やー」


「…………」


「『パラライズアロー』」


「…………」


「『パラライズアロー』」


「…………」


 ……気になる。レリーナちゃんは僕の邪魔をしないためか、僕を無言で見つめてくる。そのせいか、余計に気になる。

 いやけど、気にしながら射っているわけだから、気になっていいんだろうか?


 なんだか明らかに集中できていないんだけど……これもまた、『的だけに集中しない』って目標は達成できているってことになるんだろうか?


 わからない。もう、何がなんだかわからない……。



 ◇



 五十本ほど矢を射ってから、僕は休憩に入った。なんだか普段の倍以上疲れた気がする。


 レリーナちゃんはしばらく僕を観察していたが、途中で自分の練習に移っていった。たぶん『ある程度見て』満足したんだろう。


 そのレリーナちゃんだが、少し離れた場所で『土魔法』の練習をしている。見た感じ、今日は『アースウォール』で土壁を量産する作業はしていないみたいだ。


「あ、お疲れ様、お兄ちゃん」


「ありがとう、レリーナちゃん」


 レリーナちゃんに近づくと、僕に気付いてねぎらいの言葉をかけてくれた。


 レリーナちゃんは地面に座り込んで、『土魔法』で穴を掘ったり、小さな山を作ったりしていた。

 こうして見ると、砂場で遊んでいる幼女にしか見えないね。


 おや? 他にも何か作っているのかな?


「ほら見て、なんだかお兄ちゃんみたいでしょ?」


「うん? ……うん、そうだね?」


 レリーナちゃんが、土で作った小さなおわんを僕に見せてきた。


 ……どういう意味だろう? なんとなく同意してみたものの、僕はどのあたりがそのお椀に似ているんだろう?

 もしかして、『お兄ちゃんは器が小さい』的な皮肉を言われたんだろうか? いやまさか……。


「けど、お兄ちゃんならもっと上手に作るかな?」


「いやいや、レリーナちゃんのも凄く上手にできていると思うよ?」


「そうかな、ありがとうお兄ちゃん。本当はお兄ちゃんみたいに土で人形も作ってみたかったんだけど、難しくて」


 あぁ、なるほど。ものづくりに勤しんでいる姿が、僕みたいだと思ったのか。

 というかレリーナちゃんの中で、僕は食器や人形を作る人なんだね……。


「レリーナちゃんなら、土で人形もすぐ作れるようになるんじゃないかな? この食器も凄くよくできているし」


「ありがとう、お兄ちゃん」


「それにしてもいっぱい作ったね? こっちはお皿で、これはコップかな?」


「…………」


「レリーナちゃん?」


 急にレリーナちゃんが食器類を眺めながら黙り込んでしまった。


「あ、ごめんね。なんだか昔、お兄ちゃんとおままごとをしていたことを思い出して」


「おままごと……」


「これだけ食器があったら、もっとおままごとが楽しくなったかな?」


「そうだね、あの頃はドロのお団子と葉っぱだったからね」


 おままごと。おままごとか……。

 も、もしや、誘っているのかレリーナちゃん……?


「じゃ、じゃあさ、もしよかったら――」


「けどもう、さすがにおままごとをする歳ではないよね?」


「そう……かも、しれないね……」


 誘っていなかった……。思わせぶりな態度のレリーナちゃんに翻弄ほんろうされてしまった。もてあそばれてしまった……。

 いやまぁレリーナちゃんにそんな気はなかったんだろうけど。


 しかしそうか。もうそんな歳ではないか……。レリーナちゃんもそういう感覚なんだね。

 なんだかいつの間にかレリーナちゃんも大人になってしまったような気がして、少しだけ寂しく感じる……。


 それにしても困ったな。こうなると、いよいよおままごとはできないぞ?


 おままごとのことを、ずっと考えていたせいだろうか? もうレベル上げとか関係なく、久しぶりにおままごとを、ちょっとやってみたくなってしまった僕がいるというのに……。





 next chapter:カエルぴょこぴょこ

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